爪先の

『爪先の消えぬ冷たさしみじみと』


『洗朱(あらいしゅ) の爪先照らす薄明かり』


**********


春先の深夜はまだ冷え込む。


残業終わり、やっと帰り着いた部屋に向かって「ただいま」と言う。

いつもの習慣だ。

勿論、返事があるはずもない。


下階の住人に気兼ねしつつ、サッとシャワーを浴びる。

乾燥を防ぐ化粧水と乳液を肌につけたら、濡れた髪をタオルでふきながら手早くドライヤーで乾かす。


やっとサッパリして一息。

ちゃんと着込んだはずなのに何だか肌寒い。

そういえば、靴下を履いてなかったな。


冷えた爪先は仄かにあからんで、そこだけは泣き腫らした少女のようだ。


てのひらで包み込み暖める。

大丈夫

大丈夫

まだ大丈夫だよ。


ゆっくりと靴下を履いてから枕元の灯を消した。






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