最終話

 ★


 わたしは後ろへと身を任せた――


「美菜ちゃん!?」


『あぁ、気持ちいい。これで先輩にわたしの愛が届く――』


 そうして頭の後ろに強い衝撃が走った後、気付けば救急車の中だった。


「大丈夫だからね! しっかりするんだよ!」


 どうやらあちこち固定されているみたい。

 消防士さんが懸命にわたしを励ましている。


『……そっか。死ななかったんだ』


 死んでしまった場合は、先輩の指紋が役に立つはずと考えていた。それでこうやって生き残った場合は、わたしの証言が役に立つだろうと思った。でも、いずれにしても誰かに見られていたりしたなら、それも意味は無いのだろうなとは考えていた。


『なんて言われたことにしたのか、思い出さなくちゃ』


 頭を強く打った所為なのか、考えていた理由が思い出せない。


『でもその前に……』


 わたしは意識が飛んでしまうよりも先に、言葉を絞り出す。


「先輩に……棚橋先輩に……突き落とされました」


 そうしてふっと意識が飛んで、次に目を覚ましたのは、病室のベットの上だった――


「目が覚めたみたいだね。気分はどうかな?」


 眩しさでよく分からなかったけれど、先生みたいだ。

 どうやら先生は、私の瞼を掴んでライトを当てているようだった。


「良いみたいです」


「それはよかった。暫く安静にしないといけないから、今は無理に動かないでね」


「はい」


「話すことは苦じゃないかな? 警察の人が君に話を聞きたがっているんだけど……?」


「大丈夫です」


 痛み、吐き気、目眩……実際には先生と話している間に、いろんな症状が直ぐに押し寄せてきたのだけれど、【警察】と聞いて、今は少しでも早く伝えておきたかったし、先輩がどうしているのかの情報も欲しかった。


「やぁ、初めまして」


 そう言ってその人達は警察手帳をわたしの目の前へと差し出してくれる。


「大変な目に遭ったね。手短にするから協力よろしくね」


「はい」


 わたしは動かせない首の代わりに瞼で頷いた。


「君が階段から落ちたのは、どうしてかな?」

 

 嬉しさの余り、鼓動が高鳴る……

 

 気を抜くと笑顔が零れそうだ。


『落ち着いて話さなくちゃ』


 そうしてわたしは、考えていたスト―リーを確かめるようにゆっくりと言葉にし始めた―― 


「目撃者は、いませんでしたか?」


 話し終え、わたしは自分が怪我をしていることなんて忘れるほどに興奮していた。【お友達】と仲良くなるために、一生懸命がんばって鋸を動かしたことなんて無駄な努力だったと思えるほどに……


「今の所は、まだ現れてないね」


「そうですか……」


「でも大丈夫。我々が全力で捜査するから安心していいよ」


「ありがとうございます」


 わたしは、『どうか目撃者や会話を聞いていた人がいませんように』と、少しだけ願った。

 でも、この刑事さん達に見つからないように、私の前に現れてくれるならいいかなって思った。だって、それならクローゼットの中の【お友達】と同じようにすればいいだけだから……そうだ。瓶、何個か買っておいた方がいいかな。それに、【お友達】じゃないから、やっぱり下の段かな。


「じゃ、お大事にね」


「はい。ありがとうございます」


 わたしは刑事さん達の足音が消えるまで、込み上げてくる悦びを堪えるのに必死だった。


 ◆


 二日目の夜。

 私は次第に、『もう元の生活には戻れないんだろうな』と、そう思うようになってきていた。

 今までの、普通に学校へ行ったり、伊織と遊んだりバカやったり、壮士のことからかったり、お父さんお母さんと笑ったり喧嘩したりしてって、その普通が、今の私には遠い過去になってしまっていた。


「……」


 壁の上の方にある、暗く、温もりの欠片もない鉄格子の窓が、今の状況を物語っている。


「私の人生、もう詰んじゃったんだ……」


 あっけなかった。まだ高校二年生だというのに、将来を失ってしまった。それもやってもいない罪を背負わされて……すると次第に美菜ちゃんが夢現ゆめうつつに語っていたことが、なんとなく分かるような気がしてきた。

 これがあの子の愛の証明。

 一生消えない心の傷を私に植え付ける。

 あの子にとっては、私の中で最も近くで寄り添って生き続けることこそが大切なこと。

 何があの子をここまでにさせているのかは分からなかったけれど、それは間違いなく成功した。

 私は「良かったね」と、そう言ってあげたかった。


 だって、私はもう詰んでしまったのだから……。


 そうして翌日にもまた尋問が行われた。

 繰り返される同じ質問とその答え。

 私はもう「やりました」と言ってしまおうかとさえ思っていた。けれどその言葉を口に出そうとする度に、伊織、壮士、お父さんお母さんの顔が浮かんできた。

 同じ罪を背負うんでも、やっていないものはやっていないと、最後まで真実を貫くことが、皆を裏切らない唯一の方法だと強くそう信じているから。

 もし、また顔を合わせる機会があったとして、私は嘘を付くようなそんな恥ずかしい人間になって会いたいとは思わない。

 だから私は朦朧となっている頭でさえも、それだけは決して口に出してはいなかった。


「じゃあ、もう一回、始めから聞きますね――」


 そしてまた繰り返される……


 ▲


 本日の取り調べを夕方に終えて、いつもの場所で煙草を吹かしている。

 検察への送致手続も完了して、引き続きオレ達で取り調べを行うこととなった。

 オレは棚橋萌に何か出来ることはないかと考えて、無駄だとは思いながらも、移送後の検察の取り調べは特に被疑者の反省した態度を少年犯罪は重要視することをそれとなく語った。

 要するにオレは彼女に対して、暗に【認めてしまえ】という投げかけをした。


 しかし、案の定、彼女は背筋を正してそれをきっぱりと拒絶した。


 自分の娘であれば、正直、誇らしく思うだろう。

 だが現実社会というのは、時としてそれが仇になる。

 このままでは検察から家庭裁判所へ行った後、そこから逆送されて裁判にすら掛けられ兼ねない。最近では裁判官も責任能力の問えるあの年頃の者に対しては、以前よりも厳罰を科す傾向になってきているので、事と次第によっては前科も付いてしまうだろう。そうなれば本当に将来を失い、そこから道を踏み外して本当の犯罪に手を染めることだって起こり得る。


『……』


 オレのように白だと踏んではいるものの、証言や証拠によって見て見ぬ振りを決め込んで、定められた手続きをただ黙って熟す連中は山ほどいる。

 もっと突っ込んだことをいうと、真犯人を挙げる手間を考えたら、目の前の疑わしい奴に吐かせる方が簡単だと思ってる連中だってゴロゴロいる。

 安月給で真面目に職務を熟していたら、命がいくつあっても足りない。

 全く以て割に合わない。

 そんなことは、現場に出たら直ぐに分かることだ。

 そういったことを冷静に考えてみれば、オレ達は犯罪を減らす為の努力をしている一方で、実はそれ以上に犯罪の種を蒔いている可能性があるのも、また、事実だった。


「ふ~っ」


 オレはスッキリとしない気分を煙と一緒に吐き出して、思考を変えてみることにした。

 頭の片隅で引っ掛っかかっている、あの坂下美菜という少女について考えを巡らせてみよう。

 オレは捜査資料を確認して、彼女のことについて調べてみた……というより、坂下美菜の周りで何か今までに事件が起きていないかを調べた。

 その結果、判明したのは数年前に起こった三人の少年少女の首なし未解決事件があったこの区に、ずっと坂下美菜は住んでいて、そして被害者と同じ学校に通っていた……ということだった。

 もっというと、この内の少女二名とは、それぞれ同じクラスだったことがあり、少年とは学年が一つだけしか違わず、その学校で同じ時を過ごしていた。


『何かある』


 そう思い、オレは今日、少し当たってみることにした。


「すいません、お待たせしました!」


「よし、行くか」


「でもいいんですか? 勝手に捜査して……?」


「証言の裏取りだよ」


「はぁ」


 気乗りしない若輩の相棒を運転手にして、オレは被害者の親に坂下美菜を知っているかどうかの確認を取りに向かう――


「山名さん……これ、どういうことですか?」


 運よく三人の被害者の親に会うことが出来た。

 まず同じクラスだったことのある二名の少女の母親は、坂下の顔と名前も覚えていて、亡くなった娘さんと遊んでいたという証言を得ることができた。

 そして一つ上の学年だった少年の母親は、坂下の顔は覚えていたが、その間柄については、どこか口を濁すようなところがあった。 

 気になって直ぐに調べてみたところ、被害者の少年は、数件の幼女に対する暴行事件で罪に問われたことのある少年だった。


「ただの偶然の一致にしては、出来過ぎてんな」


 すっかり遅くなってしまった帰りの車中で、林が蒼い顔をオレに向ける。


「どうするんですか?」


「とにかく署に戻ってから考えるとしよう。なんならこの未解決事件の担当に、このまま報告したっていい」


「なんか、勿体ないっすね」


「手柄の取り合いなんぞ、出世したい奴らだけに任せておけ」


「いやぁ、俺も出世したいんすけどねぇ」


「お前の場合、出世しても直ぐに蹴落とされるのがオチだぞ」


「確かに(笑)」


 そうして日付が変わりそうになった頃、オレ達は署へと辿り着く。


「?」


 中へ入ると一人の見覚えのある少年が、血相を変えて窓口に向かって何かを叫んでいる姿がそこにはあった――。


 ■


 萌の両親と会った次の日の夜。

 俺は結局、何一つ成果を得られてはいなかった。


「ふーーっ!」


 自分のベットに仰向けになって天井を見上げる。

 こんな只の高校生が、非常に単純だけれども途轍もなく難解な事件を解決出来る訳なんてない。そんな諦めにも似た感情が湧いて出てきた頃、「そうだ……」と、ふとスマホの中に入れてある事件当日に録画した筈の動画が気になって再生してみることにした。


「……」


 手掛かりが無さ過ぎて、こんな絶対に何もないものにまですがっている俺はバカだと思いつつも見てみる。

 それは俺の無線機が、ただザーザーと音を流している映像だった。


「……」


 俺は全く期待していなかった筈なのに、気付けば自然と溜息を零しながら、その動画を何とはなしに眺め続けていた。

 

 すると――「えっ!?」


 俺はガバッ!と上体を起こし音量を最大限にして食い入るように画面をじっと見つめる!


〈ピーザザザ……先輩……わたし気付いたんです……〉


 俺は自転車を猛スピードで飛ばして警察署へと向かった!


「あの! すいません! 棚橋萌の事についてお知らせしたいことがあります!

担当の刑事さん、お願いします!」


 俺は息を切らしながら、深夜の窓口に向かって叫ぶようにそう告げる。

 自分で言うのもなんだが、今までの人生でこんなに取り乱したことは一度もない。

 それでもこの緊急事態に形振り構ってなどいられる筈もない。

 そしてそんな俺が髪を振り乱して受付の窓を必死で叩いていると、奥の方から聞こえていたんだかどうか分からない眠たげなお巡りさんがやって来て、その窓口からヒョイと顔を出す。


「あ~ちょっと待ってね……あ、山名さん! この子、話があるみたいですよ!」


 『聞こえてたんかい』と思いつつ、声を掛けた方に振り向いてみると、俺が突撃するように入って来た所から、あの刑事さん達が姿を現していた。

 俺は慌てていたにも関わらず、『意外と働くんだな』と、心の中で何処か冷静に皮肉った。


「――ふむ。じゃあ、これは君が使っていたアマチュア無線機の混信によって入ってきた会話の内容ということだね?」


「はい、間違いありません」


 俺は今、署内の事務室のような場所に案内されていた。

 そこで対面で、俺は同じ刑事さん達に動画について説明をしていた。

 ここに座る頃にやっと落ち着きを取り戻した俺は、『絶対に萌や岸谷には言えない……』と、下手をすれば黒歴史になりかねない、動揺仕切った姿を世に晒してしまった失態に、いつも以上に冷静な受け答えをすることに努めていた。

 テーブルの上にスマホを置いて、最大限の音量で見せた……というよりは聴かせた。

 その動画の音声の中には、無線機が拾った萌と坂下の【本当の】会話の内容が記録されていた。

 俺の説明を聞き終わり、暫しの沈黙が流れた後、「――お手柄だね」と、山名刑事はそう言って、俺に微笑んだ。


「……ありがとうございます」 


 その表情はどこかホッとしていて、まるで重い何かが取り払われたかのように見えた。


 ――こうして俺のスマホによって坂下の供述がでっち上げだということが証明され、更には意識を取り戻した岸谷が開口一番、「萌が危ない!」と言って跳ね起き坂下の犯行だろうと話したらしい。

 これらも踏まえて坂下本人に刑事さんが問い質したところ、「はい。わたしです」と、あっさりと犯行を認めたとのことだった。

 それから山名刑事が坂下のマンションを家宅捜索した結果、三体のホルマリン漬けにされた少年少女の首だけの死体が発見されることとなった。

 それは、紛れもなく数年前に殺害された小中学生の男女だった。

 坂下はこの件に関しても、【お友達】と言って、すんなりと犯行を自供したらしい。

 そして坂下は精神鑑定の結果、24時間施錠された閉鎖病棟に入ることが決まったそうだ。

 それと後日わかったことだったが、萌のカバンに付いていたクマのぬいぐるみの中に仕込まれていた盗聴器の所為で、俺の無線機がその電波に反応して調子が悪かったということだった。

 考えてみると、確かに萌が学校からいなくなったと思われる頃、俺の可愛い無線機の調子はすこぶる機嫌が良くなっていた。


 ――そうして今、萌のご両親と一緒に、萌が姿を現すのを署内の入り口で今か今かとソワソワしながら待っているところだった……が、俺はあくまでも落ち着き払って見えるように見えるように見えるように、している。


 ★


 あれから数日が経ったけれど、自分の怪我の状態よりも、先輩がどういう状況になっているのかを知りたくて知りたくて仕方がなかった。

 LINEしたかったけど、まだ早いかなと思ってすっごく我慢してた。

『早く会いたいな』

『裁判があったら見に行かなくちゃ』

『学校には、直ぐ来れるのかな?』

『お家にお邪魔すればいいのかな?』

 わたしは病院から出た後の事ばかりを想像して、楽しくて仕方がなかった。

 それに、もしかしたら先輩がお見舞いに来てくれるかもしれないと、そんな期待にも夢を膨らませていて、なんならもう一度、先輩の目の前で死んでしまうようなことをするのも凄く幸せな気分に浸れるじゃないかと考えていた。


「――はい?」


 わたしが想像で胸を躍らせていると、病室の扉をトントン♪とノックする音が聞こえて、カラカラとその扉が開く。

 わたしは夢の世界を邪魔されてしまったことに少し唇を尖らせた。


「どうも、坂下さん。具合はいかがですか?」


 たぶん、この間の刑事さん達だった。


「お陰様で順調のようです」


「それはよかった。今日お邪魔したのは、少し確認させて頂きたいことがあって来ました」


「……?」


「坂下さん。あなたの証言によりますと――」


「じゃあ、虚偽の証言だというのを認めますね?」


 年配の刑事さんは、優しくもきつくもない調子でわたしに確認する。


「はい」


「クマのぬいぐるみに盗聴器を仕込んで棚橋さんにプレゼントしましたか?」


「はい」


「なぜですか?」


「いっつも一緒に居たかったからです」


「……それから、他にもお尋ねしたいことがあるんですが――」

 

 そうして【お友達】についても話すことになった。


『せっかくわたしの愛が先輩に届くと思ったのに……どうしてなんだろう?』


 ふと若い方の刑事さんと目が合った。


『笑顔が足りないのかな?』


 わたしはにっこり微笑んでみた。

 するとその刑事さんは、表情を硬くして後ずさる。


『どうしてなんだろう?』


 わたしはまた考えることにした。 


 ◆


 私は検察に送致されていた。

 けれど取り調べや居場所は、暫くはこのままだということが告げられている。時間と共に確定していく犯罪者としてのプロセス。それを踏まえている実感が日に日に沸いてくる……。

 温情なのか、今日の刑事さんの話では、深く反省すれば少年院送りとなるだけで刑は免れるだろうということだった。だけど、私は否認し続ける覚悟でいたので、それも難しいんじゃないかと思っている。

 いずれにしろ、もう元へは戻れない。

 何処なのかは分からない、暗い未来に向かってとにかく進んで行くしかない。


 『今は、目の前のことだけを考えよう』


 それだけだった。


 そうして四日目ともなると慣れたもので、直ぐに眠気が襲ってきた――


「一番、起きなさい」


「……?」


 寝過ごしたのかと思ったけれど、格子窓の外は光も差さず真っ暗闇だった。


「出なさい」


「はい」


 ガチャン!と、その頑丈な扉が開く。


「……」


 留置担当官の声や雰囲気が、心なしか私には優しく感じられていた。


「これに着替えて、あなたの持ってきた手荷物を確認してください」


「……はい」


 いずれ拘置所に移送されると聞いていたので、『早まったのかな?』、そう思った。そうして指示された通りに私服へと着替え、手荷物が揃っているかを確認した後、担当官に付き従い歩みを始める。


「あの……」


「何か?」


「手錠とかは?」


「あなたの嫌疑は無くなったようです」


「え!? どういうことですか!?」


「んー、容疑が晴れた……と言えばいいのかしら?」


 それでも理解できなかった……というより、言い方の問題じゃない。けれどこの担当官の表情は穏やかそのもので、それが嘘なんかじゃないということだけは、しっかりと伝わってきた――。


 私はその担当官に伴われて、署内の一室へと向かう。

 そこは最初に連れて来られてから使用していた、重苦しく空気の薄い取調室なんかじゃなくて、普通の場所だった。


「棚橋さん。嫌疑が無くなりました」


 そこには、山名刑事さんと林刑事さんの姿があって、私が姿を見せると立ち上がり腰を掛けるよう促してくれた。

 話によれば、本来は取り調べを行った刑事さんがこういった面談をすることはなく異例とのことで、どちらかと言えば内緒にして欲しいということだった。


「一体、どういうことなんでしょうか?」


 私は喜びよりも先に、何が起こったのかを知りたかった。


「実はですな――」

 

 私は説明を聞いても、直ぐには信じられなかった。いくらなんでもそんな幸運が私に訪れて、ここから助け出してくれるなんて夢にも思っていなかったから。


『壮士……』


 私は両手で鼻と口を押さえ込むようにして、無表情な顔で必死に動いてくれた筈の壮士のことを想像して胸が熱くなってしまう……。


「ということで、あなたの嫌疑は無くなりました。署の入り口で、ご両親とご友人がお待ちかねですので、早速行きましょうか。それから、あなたの持ち物の中にクマのぬいぐるみがあったかと思いますが、盗聴器と一緒に証拠品として預からせてください」


「はい。わかりました」


 そうして私は未明に、奇跡のような普通を取り戻した――


 ☆


 あれから半年後。


「あーあー聞こえますか? どうぞ」


「この距離で聞こえないわけないでしょ? どうぞ」


「萌、お前の為に練習してやってんだから真面目にやれ」


「そうだぞ、萌!」


「じゃあ伊織が代わりにやってよ!」


「あたしはまだ頭の調子が悪いから、電波を発信する機器には近寄れないのだよ♪」


「ん? 頭が悪い?」


「め~ぐ~みぃぃぃ!」


「お~い、救世主様をないがしろにするヤツがあるかぁ」


 あれから伊織は順調に回復していって、脳に異常も見られないということで通院に切り替え、今では元気に登校するようになっていた。

 そして壮士は、「こういったコツコツとしたことが、いつか世の為、人の為に繋がるということが、少しは分かったか?」と、そういって本格的に私達をメンバーとして指導し始めていた。

 それに今回の件で壮士は学校に対しても幅を利かせたようで、担任に圧力を掛けて部として正式に承認まで取り付けていた。


「伊織、壮士……本当にありがとね」


「あたしは何にもしてないよ。頑張ったのは、壮士君じゃん」


「実際は俺じゃない。俺の無線機とスマホだ」


「ううん。二人とも、本当に私の為に頑張ってくれたよ。それに、伊織や壮士がいなかったら、私、やってもいないのに〈やりました〉って言っていたと思う……だから、ありがとう」


 私は心の底から、感謝の気持ちを二人に伝えた。

 すると束の間、二人は嬉しそうに黙り込んでしまったのだが、キラキラとしたその雰囲気に照れたように、壮士が場違いな言葉を紡ぐ(笑)。


「さぁ、練習始めるぞ」


「え~~~~! 折角良いこと言ったのにぃ!」


「それとこれとは話が別だ」


「萌、頑張ってーー!……あ!? 恋敵ライバルの萌、ガンバってーー!……ん? 恋敵ライバル応援するのって、おかしいなぁ……」


「ちょっと伊織! 場所を弁えなさいよっ!!」


「……なんのことだ?」


「なんでもな~~い! どうぞっ!!」


 穏やかな陽を格子のない窓越しに浴びて、私達は大切な普通を噛み締める――。



〈詰んだ・・・~了~〉

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詰んだ・・・ ひとひら @hitohila

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