第5話

 ▲


「山名さん、あの落ちませんねぇ」


 署の外に設置してある喫煙所で林と二人、煙草を吹かす。


「あぁ、恐らくあのはやってないだろうからな」


「え!? マジですか!?」


「〈本当ですか〉……だろ?」


「ぁ……すいません。それにしても、盗聴器仕掛けられるって、どんだけこじれた仲だったんでしょうね」


「拗れていたか、あるいは一方通行の片想いみたいなものだったのか……その辺は分からんが、いずれにしても被害者の証言と指紋がある以上、どうしようもないな」


 オレは煙を吐き出した。


「じゃあ、このまま勾留して検察へ送致ですか?」


「だろうな……」


「なんか、嫌なもんですねぇ……」


「仕方ない。それがオレ達のメシの種だ」


 だからと言って、心が痛まないのかと言えば嘘になる。なんとかしてあげたいところだが、オレ達に出来ることと言えば、追及の手を緩めて検察の先の家庭裁判所の判断に委ねるぐらいしか方法がなかった。


『それにしても……』


 あの被害者という女子高生には、何か引っ掛かるものがあった。昨日の夜遅くに面会の許可が出たのだが、話す目が被害者のそれではなかった。

 何か満足感というか、充実感に溢れたような、強いて例えるならば犯罪者側の目だった。それにあの瞳の奥にあるものは、昨日今日出来上がったような代物じゃあない。


『……』


 オレの睨んだ通り今回の件が狂言だったとして、それだけではない何かが、あの少女にはある……そう感じていた。


「ま、型通りに進めるぞ」


「はい」


 そういって、何とも言えない心の重さを灰皿に煙草を擦り付けることでやり過ごして署内へと戻った。


 ■


 俺はあのあと急に腹が痛くなってしまい、無線機のボリュームを調整して、スマホを録画にしたままトイレへと駆けこんだ。本来であれば、一度止めてから行くべきだったのだが、腹痛が俺のことを急かした。そして不本意にも長居をしてしまい、戻ってみればスマホのバッテリーは完全に切れていた。


「……」


 仕方なく動画については諦めて、暫く無線を楽しんでから帰宅しようと時間を過ごす。

 実のところ、ユーチューブの動画再生回数は俺が再生した1回のまま更新されずにいた。再生回数だけを考えるならば、おそらく俺がお経でも唱えて安眠を約束する動画に切り替えた方が遥かにマシだと思う。しかし、アマチュア無線の素晴らしさを世に伝える為、こうして今は出来る限りのことをしてみようと取り組んでいるわけだ。

 そして現在、俺の可愛い無線機はツンデレの如く激しい機嫌の波をみせており、今は途轍もなく不機嫌なようで、俺の言うことを全く聞いてはくれない。

 しかし、まだまだ不慣れな俺としては、恰好だけでも取り繕えていることに結構満足していた。


「……萌?」


 一頻ひとしきり無線機片手に独り言を満喫した後、下校しようと校舎を出た時、俺は見知らぬ男達に連れられて行く萌の姿を目撃する。

 萌の様子からやや不安に感じたものの、学校から出て行くのだから怪しい奴らではないだろうと、その不安を拭い去って俺は帰宅することにした。


 ――そして次の日の朝、萌の姿は学校にはなかった。

 担任もその事について触れることもなく、ただ、「皆さんに警察の方が事情を聞きたいそうです」ということだけを告げられて、午前中は授業中にも関わらず、一人一人、進路室へと呼び出されていた。

 そして俺の番となり、そのドアを開く。


「小松原壮士君だね?」


「はい」


 失礼しますと言って入ったそこには、昨日、萌と一緒にいた男達がいた。

 年配の方が椅子に座るよう俺に勧める。


「君は、クラスメートの棚橋萌さんと、一つ学年が下の坂下美菜さんのことは知っているかな?」


「棚橋のことは当然知っています。よく一緒にいる後輩のことを〈美菜ちゃん〉って呼んでるのを聞いたことがあるので、その坂下っていう後輩のことも知っていると思います。苗字は、今はじめて知りました」


「うん。それで、クラスの前で棚橋さんが坂下さんに対して怒鳴っていたのは見ていたかな?」


「声がしたので見てみたら棚橋でした」


「どんな様子だった?」


「何か言われたんだろうと思いました」


「それで怒鳴っていたということだよね?」


「怒鳴っていたというよりも、は? 何言ってんの?……っていう感じです」


「というと、声を荒げていたという感じかな?」


「そうですね。それも【やや】です」


「他には何か知っているかな?」


「というと?」


「棚橋さんと坂下さんの仲や、岸谷さんとの仲について……とか?」


「仲良さそうでしたよ」


「他には? 何か揉めていた……とか、好きな異性を取り合っていた……とかは?」


「いえ、そういったことはまったく感じませんでした」


「……なるほど。どうもありがとう」


 出て行くように促されたが、俺は質問した。


「昨日、棚橋どこかへ連れて行きましたよね? 今どうしてますか?」


「彼女なら少し話を聞かせて欲しいので、署の方で協力してもらっているよ」


「いつごろ戻って来ますか?」


「まだなんとも言えないかな……どうもありがとう」


 これ以上の話は聞かせてくれそうになかったので、俺は一礼してから出て行った。

〈なんかあったのか?〉

 俺は直ぐに萌にLINEした。


 そして次の日も萌は姿を現さなかった。


『おかしい』


 LINEの返事もなく既読にもならないし、学校にも来ない。

 俺は担任に聞いてみた。


「先生も詳しいことは分からないけど、お家の事情で少しお休みするかもしれないということです」


「……そうですか」


 明らかに何かあった。この担任はそれを知ってて隠している。

 そして担任は、如何にもそれ以上聞かれたくないというふうに顔を強張らせて、朝のホームルームを終えてさっさと出て行ってしまった。


「……」


 俺は放課後、萌の家へと足を運ぶ。


「……はい?」

 

 呼び鈴を鳴らすと、直ぐにインターホン越しに硬い声が聞こえてきた――


「おばさん、お久しぶりです。壮士です」


 子供の頃はよく遊びに来ていたので、おそらく分かるだろうと簡潔に告げてみると、やや間があってから「壮士君!? 今開けるからちょっと待ってて!」と、悲鳴にも似た声が俺の耳の奥の方まで飛び込んできて、それから慌てふためくようにして直ぐにガチャリとそのドアが開いた――


「――と、弁護士から聞いた話はそういうことなんだ」


 おじさんも今日は会社を休んだらしく、弁護士が刑事から聞いたという内容を俺に伝えてくれた。


「そうだったんですか……」


 俺はまさか萌が警察に逮捕されているなんて夢にも思っていなかった。


「あの子、お風呂好きなのに留置場っていう所では、お風呂も五日に一回だけらしくて……」と、おじさんの隣に座っていたおばさんが声を詰まらせ涙ぐむ。


「萌が人様の子を突き飛ばすなんてことするわけがない……なんで警察にはそんな簡単なことも分からないんだ!」


 おじさんもはらわたが煮えくり返っているようだ。

 弁護士の話では、追っかけ……坂下美菜の制服に付着していた萌の指紋と彼女の証言によって、警察は逮捕に踏み切ったみたいだった。

 そして坂下の詳しい証言内容はというと、「伊織を突き飛ばしたことを他の誰かに喋ったりしたら只じゃおかない。あんたも少し痛い目に遭った方がいい!」と、そう言って萌に突き飛ばされたというものだった。

 また岸谷の件については、あいつが萌の名をうわ言のように仕切りに呼んでいたということと、女子高生と思われる人影が走り去って行ったという目撃証言から、警察は、最初から疑いの目を萌に向けていたようで、今回の坂下の証言が決定打となったらしい。


「……あり得ない」


 俺は独り言のようにして、その言葉を吐き出す。

 するとおじさんもおばさんも俺のその言葉に救われたように、「ありがとう」と、そう言って泣き出してしまった。

 そうしておじさんから、「もし学校の方で何か分かったら、直ぐに知らせて欲しい」と頼まれたので、俺は「もちろんです」と答えてその場を後にした。


 帰り道、俺は歩きながら『学校は、警察が介入したから手を引いたんだ』と、そう考えていた。

 どこもかしこも、お役所の決まり事で真剣に取り合おうという姿勢はないのだろう。あの担任を見ていればよく分かる。

 俺達には真面に事情を説明しようとしない。

 もっと真剣にこの件について掘り下げようという積もりもない。

 我が身可愛さが先で、萌の将来なんて知ったこっちゃないのだろう。

 只の公務員。

 そんなふうにこっちが割り切るしかない。

 だけども、どっかでプレッシャーを掛けてやらねば、俺の気が収まらん。


「……それにしても、どうやって萌の無実を晴らせばいいんだ?」


 本来ならば昨日の時点で既にお見舞いに行っていたはずの岸谷のことを考えながら、萌は独りで心細いだろうということに自然と気持ちが向いていた――。


 翌日、俺は学校で萌と坂下の口論を聞いた奴がいないかを片っ端から当たってみた。しかし、ことごとくそれを目撃した人間は現れなかった。

 誰も見ていない、誰も聞いていないからこそ、坂下の証言が全てになってしまっている……。


「完ぺきなトリックだな」


 俺は苦い物を吐き出すように一人呟いた。

 狙ってなのか、はたまた偶然だったのかは分からないが、坂下は見事に完全犯罪を遣って退けたわけだ。


「俺があの時、ついて行ってたら……」


 そんな非現実的なことを寄る辺なく考えてしまっている自分を情けなく思った。

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