第2話

 そうこうして、今では美菜ちゃんとも学校でお昼を一緒に食べるようになった。そして私がいつも売店でパンなどの簡単なもので済ませているのを見た美菜ちゃんは「作ってきました!」と、そういってお弁当をくれるようになり、流石さすがに毎日のようにもらっている事に気が引けた私は、五日目にしてようやく断ろうとしたのだったけれど、「美味しくなかったですか!?」、「先輩に尽くしたいんです!」と、真顔でそう言われて断り切れなくなっていた。

 そして、次第に美菜ちゃんからのLINEや通話も頻繁になっていき、今では朝・昼・夕・夜と、会っていない時には必ず連絡が入るようになっていった――。


「ごめん、美菜ちゃん! 今日は用事あるから、伊織と先に帰って!」


「あ!? じゃあ私も残り――」


「美菜ちゃん、今日は私と二人だけで帰ろう!」


「わっ――!?」


 伊織に事前に頼み、美菜ちゃんを連れて帰ってもらうことにしていた。

「貸しだかんね!」と、伊織から法定利率じゃ済まない感じで言われてしまったけれど、このままじゃ私の身が持たないと思って、お願いをした。


「ハァ~……さて、と」


 時間を少し開けてから帰ろうと、私は、壮士のいる同好会の部屋に足を運ぶことにした。


「よー、オタク。邪魔するよ」


「オタクとは失礼な。高尚な趣味に対して、なんてこと言うんだ」


 ドアを開けると、無駄に背の高くなった壮士が窓越しに無線機を色んな方向へ動かしていた。

『一時は私の方が高かったんだけどな』と、子供の頃を振り返りながらも、その頼もしくなった背中を見上げる。


「……何してんの?」


 幼い頃と今の壮士を重ね合せながら聞いてみた。


「ん? 最近、調子悪いんだよ。何か関係ない音とか拾っちゃうしさぁ……買い替えなきゃダメなのかな」


 壮士は少し悲しげな表情を無線機に向けながら、キーキーガラガラ鳴っているそのスピーカーに耳を近づけた。


『あんまり、変わってないかな?』


 見た目はどんどん男らしくなっていっているけれど、その仕草は昔と殆ど変わらない。

 私はその様子に、なんとなくホッとするものを覚えた。

 ちなみに、こういった壮士の感情の色合いは、付き合いの短い相手ではその表情の変化に殆ど気付くことが出来ないだろう。

 だから私が「機嫌良さそうだね」という具合に壮士に声を掛け、「まぁな」というやり取りをしていると、伊織が口をあんぐりと開けながら「なんでわかるの!?」と、問い詰めてきたりする(笑)。

 長年一緒に過ごしてきたからこそ分かる、極僅かな違いなのだ♪


「あんまり無駄遣いばっかりしてんじゃないよ」


「無駄ではない。こういうコツコツとしたことが、いつか世の為、人の為に繋がるんだ……ん? 岸谷とお前の追っかけは?」


「あぁ。伊織に連れて帰ってもらったとこ」


「……そっか。大変そうだな」


「……」


「まぁ、適当にうまくやれよ。なんかあれば、いつでも相談に乗る」


「……うん」


 壮士には特に何かを話したわけではない。けれど、私の様子から察したのだろう。私はその言葉に、つい口元がほころぶ。


「んじゃ、お前もメンバーなんだから、今からユーチューブにアップする動画撮るから付き合えや」


「え~~~~!?」


 淡々とそう話す壮士は、逃がさないとばかりに素早く指示を飛ばし始めた。

 そして結局、この日は下校完了時刻ギリギリまで付き合わされることになってしまった(涙)。


 ◆


「んじゃ、行きますか!」


 放課後、今日は伊織と二人でショッピングをする約束をしていた。

 先日の貸しがあったので、本日の晩御飯は、私がおごることになっている。


「美菜ちゃんに少しだけ悪いことしたね」


「うん……罪悪感だわ」


「いやぁ、ほんと……」


 いつものように三人で帰った別れ際、駅で美菜ちゃんが、「どこかへ遊びに行くなら、わたしも付いていきます!」と言い出した。だけど今日は伊織と二人で行こうと決めていたので、どうしたものかと私が困っていると、「美菜ちゃん、ごめん! 今日はうちの家族と萌のとこの家族同士で会う約束があって、これからそこに行くことになってるんだ!」と、伊織が横から助け船を出してくれた。

 すると美菜ちゃんは残念そうに「わかりました……」と、そう言って、トボトボと帰って行った。


「わ!?」


「ん?……あちゃ~」


 私がスマホを取り出してみると、美菜ちゃんからのLINEが途切れることなく立て続けに入ってくる。それを覗き込んで見る伊織は顔をしかめた。


「……今日はとことん、伊織に付き合うよ!」


 私は夜までは気付かなかったということにして、スマホの電源を落とすことにした。


「よっろしく~!」


 そんな私を慰めるように、伊織は片手を高々と挙げて颯爽と歩きだした――


「それにしても、美菜ちゃん凄いよね。どっからあのエネルギーが沸いてくるんだろ?」


「ん~~いい子なんだけどねぇ……ちょっとだけ、しんどいかなぁ……」


 私達は二人で思いっきり楽しんだあと、予定通りに夕飯を食べて帰ることにして、「公園前のファミレスにしよう!」ということで一瞬で食事を平らげ、今はデザートを頬張りながら女子トークで盛り上がっていたのだが、ふと伊織が口にした。


「このままじゃ、萌の為にも、美菜ちゃんの為にもならないと思うよ? 萌だって嘘ついたりするの嫌でしょ?」


「……うん」


「そろそろ言った方がいいんじゃない?」


「なんて?」


「少し距離を取って仲良くしよう……とか?」


「ん~~……」


「傷つけるかもしれないけど、言わなきゃ分かんないと思うよ? なんなら代わりに言ってあげようか?」


「……ううん、自分で言うよ」


「……そうだね。頑張って」


「伊織……」


「うん?」


「ありがとう」


「……うん♪」


 実は今日のショッピングも伊織から、「我がまま放題やりたいから、二人だけで行こう!」と、そういって誘われていた。

 それは私に向けられる美菜ちゃんの気持ちが私にとって重たくなっていることに対する、伊織なりの気遣いであることに違いなかった。

 伊織は、ガサツなように見えて、実は繊細ですごく気のつく良い子。

 だから壮士のことも、私に遠慮して、もう一歩踏み出せないでいるんだと思う。

 これから先、お互いどうなっていくのかは分からなかったけれど、伊織とはずっと友達でいられる……それだけは確信していた。


「じゃ、また明日ね!」


「うん! バイバイ!」


 そうして私達はすっかり遅くなってしまったことにやっと気が付いて、それぞれの家路に着いた――。


 ▲


 あたしは萌と別れた後、いつもの帰り道をイヤホン越しに音楽を聴きながら歩いていた。

 そこは少し暗がりの遊歩道だけど、家までの最短ルートだ。


『少しは萌の気持ち、軽くなったかな?』


 どんなに慕われていたとしても、あれだけベッタリとされていては参ってしまうだろう。聞けば家に帰った後も絶え間なく連絡が来ているという。

 あたしは隣で美菜ちゃんを見ていて、最近、少し【怖いな】という感覚を持ち始めていた。

 萌に向けている、あの熱意は尋常じゃない。このままだとどうなってしまうのか、正直不安にさえ思う。だから美菜ちゃんには、少し話をした方がいいんじゃないかと考えていた。


「悪い子じゃないから、少しだけ言えば、分かると思うんだけどな……」


 音量を上げているので自分の声の大きさは分からなかったけれど、あたしは呟いた。

 そしてあたしはいつも通り、この石段をテンポよく下りようと視線を下げる……一番下まで視界に入れると、そこには左右へと続く歩道があって、その先のガードレールが車道との境界線の役割をきっちりと果たしている。

 この石段を正確に数えたことはなかったけれど、二十段弱といったところで、結構傾斜が急になっている所為なのか、その中央には、古びた手摺てすりも設置されていた。だけどあたしはこの手摺りに触れたことはなかったので、今日も同じようにしてその足を伸ばした。

 

 すると――「っ!?」

 

 誰かに後ろから勢いよく押され、一瞬、グニャリとなった体が前方へと倒れ込みバランスを崩す!

 あたしは咄嗟に何とか受け身を取ろうと体を出来る限り小さく丸める!

 けれど地面と空の方向感覚すら全く分からないままに一気に下まで転がり落ちていく!


 イヤホンをしている所為で、石段にぶつかる度に耳の中でその音が激しく響き渡る……


 痛みを感じている暇なんてない。


 本能的に、怪我を最小限に、そして、【生き残る】、只それだけを行っていた―― 


「う“っ!」


 歩道まで物のようにして辿り着くと、その勢いのまま、ガードレールへ頭と体をしたたかに打ちつけ歩道に突っ伏す。


「……」


 あたしは無意識のうちに今起きた出来事を確認しようと、ついさっきまでいた場所にやっとの思いで顔を僅かに持ち上げて、懸命に仰角を作りだした……


「――!?」


 シルエットしか見えなかったけれど、あの姿は間違いない!


 あたしの脳裏には、次に狙われる相手の顔が直ぐに浮かんできた!


『萌が危ない! 萌に知らせなきゃ!!』


 頭と心に激しく警鐘が鳴り響く。

 次の行動に移りたい……けれど、次第に目が霞んでいき、額を伝って、熱いような、冷たいような、そんな赤くヌメリとする感覚のものが流れ落ちてくるのが分かった。


「萌……」


 声に出せるのは、そこまでが限界だった。

 それでもあたしは意識が遠のくその瞬間まで、ずっとその名を呼び続けた――。

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