詰んだ・・・

ひとひら

第1話

 夕方、ホームルームも終わり、皆それぞれの目的に向かって一斉に席を立つ。


めぐみ、一緒に帰ろ!」


 同じクラスで親友の伊織いおりが、直ぐに私のもとへとやってきた。


「うん! 壮士そうし、あんたは?」


「俺はこれやってく」


「あんた相変わらず趣味が陰湿よねぇ」


「うっせい、お前らだってメンバーなんだぞ?」


「でも壮士君、あたし達そういうの持ってないよ?」


「あぁ、バイト代入ったらもう一つ買うから、それ、お前ら兼用で使っていいよ」


「……あ、ありがと」


 伊織は然も有り難くなさそうにお礼を言う。 

 斜め後ろの席に座るこの壮士とは、小学校からの腐れ縁だ。

 子供の頃から、壮士の興味を抱くものは全くと言っていいほど私には理解の出来ないものばかりで、今はアマチュア無線というものにハマっており、トランシーバー型のそれを撫で回している姿は実に不気味だった。

 しかもそれを部として成立させようと、私と伊織を同好会のメンバーとして先生に報告をすることによって、ほとんど使われていない物置のような一室を確保していた。

 私は勝手に名前を使われたことに腹を立てブーブー文句を言っていたのだけれど、伊織はこのことについて、あっさりと壮士にOKを出していた。

 その理由は、伊織の壮士と話す時の態度を見ていれば、直ぐに分かる。


「あ、萌……あの子また来てるよ」


「?」


 伊織の視線の先の方に目を移す。するとそこには、ショートカットの良く似合う、目のクリッとした小柄な女の子の姿が廊下にあった。


「よく飽きもしないで来るよね~。話しかけてあげたら?」


 その子は一つ下の学年で、下校時刻には、必ずと言っていいほど私のクラスを覗きに来ていた。まぁ、クラスというより、何故か私を見に来ている。


「なんか用があれば、向こうから話しかけてくるでしょ?」


 その子は私が廊下へ出ようとすると、いつもスッと距離を置いて、私の姿をジッとその目に焼き付けているような印象だった。そしてその背中越しに伝わってくる熱い眼差しが、なんともむずがゆいというか、気恥ずかしいという思いを私はしていた。


「さ、伊織 帰るよ!」


 そうしていつも通りだろうと思って、伊織と一緒に廊下へ出てみると――


「あ、あの!?」


「!?」


 初めてその子が私に話しかけてきた。


「せ、先輩!」


「!? な、なに?」


「い……一緒に帰っても、よろしいでしょうか!?」


 相当な勇気を出したのだろう。

 その子は顔を真っ赤にしながら、私にお願いをしてきた。

 私は少し驚いて、どうしたものかと伊織の方を見る……すると伊織は『あたし、知~らない♪』とばかりに、横目でニタニタと私がどうするのかを興味津々といった様子で見ていた。

 私は心の中で『伊織ぃーーっ!』と叫びながらも、「いいよ♪ 一緒に帰ろう!」と、その子に笑って答えた。するとその子は一呼吸の間を置いてから、満面の笑みを浮かべて、「ありがとうございます!」と言って、深々とお辞儀をした。


 ☆


「名前、なんていうの?」


 三人で帰りのバスに揺られながら話しをする。

 空いているにもかかわらず、その子は「畏れ多い」と言って座ろうともせずに緊張した面持ちでつり革に掴まっていた。


「坂下……坂下美菜さかしたみなです!」


「美菜ちゃんかぁ……私は岸谷きしたに伊織。で、美菜ちゃんの憧れの先輩が、棚橋たなはし萌ちゃんと申します♪」

 前の席に座る私に手の平を開いて指し示しながら、何故か私に変わって伊織が紹介をする(苦笑)。


「美菜ちゃん、よろしくね!」


 私が美菜ちゃんにそういって笑顔を向けると、美菜ちゃんは突然、ポーッと目を虚ろにしてしまった。


「……?」


 私と伊織は顔を見合わせ、美菜ちゃんの目の前で手を振ってみる……すると瞬きするのも忘れてしまったかのような美菜ちゃんだったけれど、急に我に返ったように慌てて何度も私達へ必要のない謝罪を繰り返した。


「私、先輩みたいな綺麗な人に〈よろしく〉なんて言われて、つい嬉しくなっちゃって……」と、顔の色を更に赤くしてモジモジとそう話す。


「綺麗だなんて、そんなの持ち上げすぎだよ!」


 私は恥ずかしくなり、お茶を濁そうと左右に手を振って否定すると、「そんなことないです! 先輩は、本当に綺麗です!」と、身を乗り出すようにして美菜ちゃんは私に告げた。


「あ……ありがとう」


 美菜ちゃんの表情は真剣そのもので、私は、すっかりその勢いに気圧されてしまった――。


「先輩、また一緒に帰って頂けますか……?」


 三人で駅前のバス停で降りると、電車のホームが違う美菜ちゃんは、懇願するように両の手を組んで私に尋ねてきた。


「ぅ……うん!」


 私には断る理由もなかったし、ここまで後輩に慕われることなんて今までなかったので、その姿に自然と首を縦へと振る。

 すると美菜ちゃんは、とても幸せそうな柔らかい表情を作ったあと、「失礼します!」と、小走りに立ち去って行った。


「ずいぶん気に入られたみたいね♪」


 伊織は、からかい半分に私の二の腕を肘でコンコン小突く。


「あはは♪ なんなんだろうね?」


 照れはあったものの、それでも私の事ぐらいであんな顔をしてくれているのだから、やはり嬉しい気持ちがそこにはあった――。


 それから毎日のように三人で帰るようになり、LINEの交換もして、一緒に遊んだりもするようになって、私と伊織の家からちょうど中間地点にある公園前のファミレスで何時間もお喋りしたりもしていた。

 そしてある学校帰りの日、駅前のカラオケボックスで三人ではしゃいでいると、「先輩!これ、よかったら付けて頂けますか?」と、美菜ちゃんがスクールバックの中からホルダー型のクマのぬいぐるみを差し出してきた。


「わ!? 可愛いね! これくれるの?」


 見た目よりも重さのあるそのホルダーを、私は片手に乗せながら、もう片方の指で頭を優しく撫でる。


「はい!よかったらお揃いで付けてもいいですか?」


 そういうと、美菜ちゃんはもう一つ用意していたようで、それをバックの端のDカンにササッと取り付けた。

 私もそれにならって同じように付けてみせる。

 すると美菜ちゃんは満足そうに、にっこりと笑った。

 そして私も、その笑顔につられて微笑む。


「おうおう、お二人さん! ずいぶんとお熱いね~!」


 伊織が羨ましそうに、私達のことをマイク片手に茶化してきた。


「今度、先輩のも用意します!」


「美菜ちゃん、無理しなくてもいいんだよ~」と、伊織が嬉しそうに気遣うと、

「はい! わかりました!」と、美菜ちゃんはあっけらかんと答えて、それを見た伊織は、ガクッと肩を落とすのだった。

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