YMJKは静かに眠る(2/3)

 むかしむかしあるところに、ごめん嘘。国公立の大学入試も終わりを迎える一ヶ月前の二月末、わたしは上野公園のベンチで日向ひなたぼっこをしていました。西洋美術館とか科学博物館とか一年中混んでる駅側じゃなくて、ちょうど芸大との境目にある奥のほう。音楽科が練習するドゥオルザーグを聴きながらウトウトとしていると幽霊が現れました。女子高生の幽霊です。ちょっとパーマの入ったウルフカットがお似合いの、かわいい女の子でした。この辺りでは見かけないブレザーにスカートだったな。さびしそうに立ってるからベンチの片側を開けて「おいでおいで」って、ジェスチャーしたら隣に座ってくれたの。今年最後の冬空ってやつかな、東京のくせして珍しくキレイな青空で、空気は冷たいんだけど、風はなくて、日差しがポカポカしてました。わたしみたいにだらしなく座って、背もたれのフチに首のっけて飛行機雲でも眺めてりゃいいのに、その幽霊はピンと背筋伸ばして股も閉じて両手は重ね合わせて膝の上、卒業式かよ、なんて思ったね。そんな顔してたし。で、わたしは気まぐれの優しさを発揮しまして、ぐいぐい近寄ってみたわけです。「きみ何年生? どこ住み? 見かけない制服だけどワケありちゃん? 怨念とかある?」幽霊は触れるんだよ。ずっと外で突っ立ってたみたいな冷たい手で、そう言えばコートも着てないしマフラーも無いしで、そりゃ冷え切っちゃうよね。わたしは手を引いてあげました。美術館横のスターバックスでひとやすみ、わたしはお気に入りのストロベリー・エスプレッソで彼女は本日のホットコーヒー。「わたしはヤヒルっていうの。夜に昼って書くんだよ。昼夜じゃなくてヤヒルだよ。よろしくね」彼女の名前は詩音ちゃん。なんで死んじゃったのかは教えてくれなかったけど、本当は死にたくなかったんだって。べつに怨みとか無くても、そういうのってヤリキレナイ気持ちになるじゃん。分かるよ、わたしYMJKだし。えっ、知らない? わい・えむ・じぇー・けー。幽霊の見える女子高生。「せっかくだし女子高生っぽくデートでもしてみる? どうせ学校はサボりだし」なんて口説いてみたら、なんと詩音ちゃんは一度もサボったことのないマジメ女子高生だったのです! 上野公園でパンダ見てゲーセンでヌイグルミ取れなくてタピオカ飲んで三百円ショップで髪留め買ってカラオケで渚にまつわるエトセトラの「カニっ食っべ行こう」歌ってたら袖つかまれてさ、幽霊が真っ赤な顔して言うんだよ。「好きな男子がいます」あんまりにも声ちっさいもんだから、耳を口元まで思いっきり近づけてようやく続きが聞けました。「彼とエッチしたいんです」どんとこい超常現象、ばっちこい憑依体質。「憑いてもいいよ」だから憑かれました。私は詩音になりました。彼女の美容院に行き、彼女の制服を着て、彼女の化粧を覚えました。彼女の高校に行って、こっそり期末試験を受けました。詩音は登校拒否ということになっていて、なんだか先生は嬉しくなさそうに笑いました。テストは午前中で終わって、校舎をぷらぷら歩いたり、窓から外の陸上部を見たりして時間をつぶしました。私の教室は二階で、彼の教室は三階でした。先輩は受験生で「まだ後期試験があるから」と一人ぼっちで小論文の勉強をしていました。テーマは地球温暖化対策と経済成長の両立について。イスを引っ張ってきて、彼の小論文を三行読みました。彼の肩に頭を乗せて、なで肩なんだな、なんて思いました。「そんなのどうだっていいじゃん」なんてこと言ってみたりして。「遊びいこ。高校生活おわっちゃうよ」バスに乗って電車に乗り換えて、私たちは上野公園でパンダを見ました。カフェでストロベリー・エスプレッソを飲みました。UFOキャッチャーのヌイグルミは彼が取ってくれました。プリクラの代わりに自撮りして、カラオケで宇多田ヒカルを歌いました。歌と歌の間に勢いでキスしちゃいました。あとはもう、我慢なんてできません。外は暗くなってました。「オレンジセンチメンタル」の看板が光っていました。鍵を渡すガラスの向こうの人は、たぶん私たちが高校生だってことに気づいてたんだとは思います。みんなやってることなんでしょう。幸せな時間を邪魔しない大人たちのほうが、私は好きです。夜は少しだけ眠りました。次の日、まだ外も暗い早朝でした。彼は静かに眠っていました。その顔が愛しくて仕方なかったことを覚えています――詩音っぽく言うとこんな感じかな。実はね、彼女とはここで別れたの。「彼に憑いたって幸せにはなれないよ」そう忠告したんだけどね。私は昨日と同じパンツと制服で家まで帰ったよ始発でさ。そう、カラダを貸してあげたときの記憶はここまで。だから大人が死んだとかクスリがどうとかいう話はなんにも知らない。だって一ヶ月前の話だもんね。どう、参考になった?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る