第90話 帰蝶の紫禁城探訪

 ここは日本のはるか上空、既に上方に雲はなく大気もほぼ無くなり昼にも関わらず星が瞬いていた。


「あっ、亜里沙お帰り~。どうだった、信長の元服式?」


亜里沙こと帰蝶がチナチアットに帰って来るとエリカが出迎えてくれた。


「滞りなく終わったわよ。やっぱり儀式は退屈ね。校長先生の長い演説の様な演説がやっぱり有ったわよ。もう、誰があいつ呼んだの。」


「誰?」


「爺よ、爺。平手政秀よ。」


「あー、それは仕方ないでしょう。逆に来ない方がおかしいでしょ。」


「十五分越えてたわよ、あれは。もう、昔ばなしから始めちゃって私のことまで話始めた時にはトイレに行こうかと思ったくらいよ。」


「あなたが居た時代は、長い話はトイレに避難するのが一般的だったの?」


「そんなことはないけど。ところで、昨日、中国の皇帝から呼ばれて助けに行ったでしょ。?」


「うん、行ったね。」


「その時皇帝がゴビ砂漠で見つけた女性を、と言っても15歳って言ってたかな、その女性を妻にするから一緒に紫禁城へ帰ろうとしてたの。」


「15歳って言ったら私と同じね。」


「その娘が一緒に話したいって言ってたから連れて来て言い?」


「良いよ。一緒に話してみたい。」


「それじゃ、千奈、紫禁城上空へ行って。」


『はい、帰蝶様。既に紫禁城上空です。会話の流れから判断しました。』


「凄い。シリとはちょっと違うわね。じゃ、エリカ待っててちょっと行って来る。」


「え、一人で?わたしも紫禁城行きたいいぃ!」


「じゃぁ、一緒に行こうよ。千奈行ってくる。」


『行ってらっしゃいませ。』


二人は紫禁城の正陽門前へと転移した。正陽門は紫禁城の南にある外城と紫禁城のある内城を繋ぐ門だ。


「ここ、門?何門?」


「ここは正陽門ね。私、来たことがある。修学旅行で。」亜里沙は楽しそうだ。


「修学旅行で中国に来たの?私が居た時代は中国といえば売られてくるところだった。悲しい思い出だね。よし。この紫禁城爆発させて!」


「ちょっとぉ、危険思想?それはあなたの居た世界の話だから。少なくともこの世界ではまだ行われていないんだから。」


「う~~ん、我慢する。」エリカはあまり納得していないようだ。


北京の空はどこまでも晴れ渡り、隠蔽されているチナチアットは上空にいるが見えないものの、何処までも見えそうなほど澄んでいて、空気は北京とは思えないほど清涼だった。

 前にそびえる正陽門は亜里沙が過去に見たのと同様に赤い外壁に赤い柱、屋根の下には青と赤の横に渡してある柱の装飾がとても綺麗だった。


門の前で衛兵が呼び止める。ここを通らないと紫禁城の外城の周りにも、その北側の紫禁城がある街の周りの内城にも高い城壁が聳え立ち外敵の侵入を阻んでいる。


「(中国語)【何の用で内城に入る。】」


「なんて行っているかわからない。エリカどうする?」


「(中国語)【皇帝に会いに来ました。通して頂けないでしょうか。】」


「ちょっと、エリカ、神様に能力もらった?」


「違うわよ。私たちの時代は普通よ。だって、日本も中国だったんだから。中国語は必須科目よ。」


「あ、なるほど。」神様がエリカを贔屓して自分にはない能力を与えていたのではないことを知って少し安心した亜里沙であった。自分が他の人より多くの能力をもらっていることは棚に置いているのは言うまでもない。


「(中国語)【まぁ、会えないとは思うが、お前たちは高貴な格好をしているから貧乏人ではないのでろう。入っていいぞ。多分、この先の午門まではいけるとは思うが、そこまでだろうな。】」


彼の予想通り、エリカと亜里沙は午門の前まで来た。

この門はコの字型に両翼がせり出した独特の形をしている。

しかし、衛兵が通してくれない。衛兵はお前らが皇帝の知り合いのわけないだろと言うばかりだ。


仕方がないので亜里沙は厚熜に電話した。


「もしもし、厚熜こうそうくん?私よ私。」


『誰だよ私って?私私詐欺かよ。って、誰が厚熜くんだよ!』


「あなたが居た時代はそんな詐欺が流行っていたの?亜里沙よ。」


『誰だよ亜里沙って。』


「あ、帰蝶よ、帰蝶。最近亜里沙ってしか呼ばれてなかったから。」


『あ、帰蝶か?どうした?』


「今、午門の前にいるんだけど、衛兵が通してくれないの。迎えに来て。お願い。」


『皇帝に迎えにこさせるな!まぁ、そこまで誰かに行かせるから暫く待ってろ。』


ガチャッ


暫くすると、ちょっと気の弱そうな少年がやってきた。先日帰蝶がゴビ砂漠のウイグルで会った将軍だった。外観からは彼が無敵の猛将だとは誰も思わない。彼は生前剣道の達人であった。彼は生まれ変わる時に神にお願いした。もっと剣道を極めたい。すると神は剣に力を与えた。その剣故に彼は猛将と呼ばれるようになった。


「あれ?盧くんじゃない。久しぶり。」


衛兵は将軍がわざわざ迎えに来たことに驚き、そんな人物を足蹴にし通さなかったことに顔が青くなっていた。


「帰蝶さん。久しぶりですか?さ、一緒に行きましょう。そちらの人は誰です?」


「聞いて驚け、実は上杉謙信よ。」


「え、上杉謙信。有名人じゃないですか!しかも女性?確かに女性説は有ったけど。」


「はじめまして、エリカです。あなたも転生者ですよね。」


「はい。2020年から転生してきました。」


「ほんとに?だったらあの交差点に居た?」帰蝶が驚いて尋ねた。


「え?帰蝶さんも?神の車に轢かれたんだ!?じゃあ、俺たち前世も同じ世界で生きていたんだね。エリカさんはいつの時代から転生してきたんですか。」


「私は2200年から転生してきたよ。」


「あれ?どっかでこの話聞いたな。」


「なんか新鮮な反応。普通は必ず『ヤ・・』や『ガ・・』や『流・・・』とか言ってくるのに。」


「その会話も何処かでしたんだよな。思い出せない。まぁ、そのうち思い出すでしょ。さ、行きましょう。」


こうして、三人は盧将軍の説明を聞き紫禁城の中を散策しながらのんびりと皇帝のもとへと向かうのであった。


その頃、皇帝厚熜こうそうは式典などが催される太和殿たいわでんという場所で数名の家臣とディルラバとともに結婚に向けての話し合いをしていた。専ら結婚を承諾した場合の贈り物の家などのディルラバが貰えるものについての話し合いだ。


「これで承諾するか?」


「まずは信長に会ってみたいわ。女は男と違って一人としか結婚できないんだもの。あなたと違って慎重にもなるわ。あなたは、『これ、次これ。いや、やっぱりこっち。』って言ったふうに、欲しいと思ったら躊躇なく選ぶでしょ。」


「一理あるかな。」


「いえ、一理も二理もあるわよ。」


「ところで、帰蝶は何しに来たのかな。」


「遊びに来たんじゃないの?」


そこへ、帰蝶とエリカを連れた盧将軍が現れた。


「帰蝶、先日は世話になった。」


「いえ、いえ、どういたしまして。」


「それで、俺の妻になる決心はついたか。」


「残念。そんな気、毛頭ないから安心して。」


「残念だ。ところで今日は何しに来た?観光か?」


「観光はもう済ませたよ。その美人のお姉さんと遊ぼうと思って誘いに来たの。どう?行く?」


「本当?行く、行く。ねぇ、遊びに行っていいでしょ?」


「そうだな。良いぞ。楽しんでこい。」


「良し、行くわよ。」


そう言うと、帰蝶、エリカそしてディルラバの三人はチナチアットへ転移した。


「凄いな、転移魔法か。俺も欲しいな。盧将軍、お前も持ってないよな。」


「はい、羨ましい限りです。でも、転生者でも持ってる能力は一つか二つです。彼女は重力魔法というすごい魔法も使えますので攻撃魔法は使えないでしょう。」


「そうだな。」


まさか帰蝶が攻撃魔法も使えるとは夢にも思っていない二人であった。


『おかえりなさいませ。』


チナチアットは暑い夏にも関わらず涼しい。


「うわ、涼しいって、ここどこ?え?未来?あっ、あの飛行機の中だ。凄い。未来に帰ったみたい。モニターもあるぅ。だからドラマを見るとか言ってたんだ。ドラマ見れるんでしょ。」


「見れるわよ。ねぇ、あなたはいま未来に帰ったみたいって言ったけど、この飛行機が普通の時代から転生してきたの?」


「私は西暦2200年から転生してきたの?」


「え?私も。」エリカは驚いた。


「ほんとに?意外な反応に驚いたけど、それ以上に驚いたわ。もしかしてあなたも中国軍に殺された?」


「そう、私は中国人の市長に愛人にされそうになって逃げ出そうとしたら殺されたの。あなたの名前は?だってディルラバだと名前長過ぎ、馴染みなさすぎよ。」


「私の名前は南原梨乃だった。」


「え、本当に?おんなじ高校だったかも。校長室に呼び出されて連れて行かれたでしょ。それに市長の大奥であなたに会ったけど覚えてる?私は増田エリカ。」


「あ、知ってるハーフだったでしょ?有名だったもの。次はあいつだって。今は生粋の日本人みたいね。でも市長の大奥でのことは覚えていないの。精神的におかしくなってたのかも。でも、市長が死んでたのは覚えてる。頭から血を流して死んでたわ。」


「ほんと?それ多分私が殺したんだ。花瓶で市長を殴って逃げたから。あれで死んだんだ。良かった。復讐できてた。次は大中華帝国政府に復讐するわ。」


エリカは目に涙を浮かべていた。たった一つだけど、簡単な方の一つだけど、復讐してたことの喜びで目から溜めた涙が溢れていた。



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