第89話 皇帝の花嫁探求 3

 皇帝厚熜こうそうらほか四名は強烈な日差しの降り注ぐゴビ砂漠にあるウイグルの街をモハメドの店から徒歩でセスナまでやって来た。


「あれ?これ動くの?タイヤが砂に埋まってるわよ。」ディルラバがおやおやという顔でセスナのタイヤを見ながら厚熜に尋ねた。


「そうだった。動かなかったんだ。」


「陛下どうしましょう。」盧将軍も不安げな面持ちだ。


「仕方ない。どうにかならないか造ったやつに聞いてみよう。」


「え、信長に聞くの?でも、どうやって。」ディルラバは嬉しそうだ。


「これでだな。」厚熜は吉法師にもらった携帯と言う名の通信機を取り出した。


「え、この時代に携帯電話があるの?」ディルラバは本当に驚いている。


「在るんだよ。あー、もしもし、吉法師か?」


『ダーリンは今いないわよ。』


「お前は誰だ?ダーリンって、帰蝶さんか?」


『帰蝶でいいわ。どうしたの、陛下?』チナチアットでは誰からの電話か千奈が教えてくれる。


『いまゴビ砂漠にいるんだけど、セスナが砂に埋まって動けないだ。」


『そうなんだ。ちょっとまって10分ほどで行くから。』


「十分?どこにいるんだ。近くにいるのか?」


『いいえ、まだ日本にいるけど。』


「転移でもするのか。」


『とんでもない。飛んでくわ。ちょっと待ってて。』


「どうだった?信長だった?」ディルラバはワクワクしている。


「妻の帰蝶だったよ。」


「え?有名な帰蝶に会えるの?美人とかいう話だったけど。」


「気にするな。まだ十一歳だ。」


「あそうなんだ・・・って、あれ何?あれ、光ってるやつ!隕石?こっちに向かってくる!うわぁ、止まった!?何、UFO?この時代にもいるの?」


「UFOだな。きっと宇宙人だろ?俺が皇帝だからセスナを浮かべてくれるのかもな。」


 勝手な想像をふくらませる二人の前に黒髪の洋服を少女が現れた。勿論帰蝶だ。洋服なのはチナチアットの中では着物は大変だから着なくなった。


「あなたが厚熜こうそうさん?助けに来たわよ。」


「そうだ、帰蝶か?もしかして、あれに乗ってきたのか?」


 厚熜は上空に浮かぶUFOを指さしている。


「そう、あれ私の飛行機よ。」


「いや、飛行機じゃないだろ!UFOだろ。」


「あらァ、ほんとにタイヤが埋まってるわ。これじゃ動かないわよね。」


「どうやって動かすんだ?それより、あれに乗せてくれよ。」


「今度ね。セスナを私が浮かべるから。途中で操縦交代して。さ、さ、乗った、乗った。」


 こうして、帰蝶が操縦席に座り助手席に厚熜が座った。


「動かすわよ。」


 すると機体は前ではなく上方に動き始めた。


「何だ、これは?念動力か?」


「これは重力魔法よ。重力をマイナスにして上に落ちている状態ね。それで、ここから、モーターを回して速度が出たら重力魔法を解除してモーターだけで動かせるのよ。」


「なるほど、重力魔法が使えるのか。良いな。俺の嫁にならないか。」


「オー、それ良いわね。それで私が信長の嫁になるのね。」ディルラバは半分本気のようだ。


「何だ、それは、お前は俺の嫁になるんだろ。」


「何言ってるの。可愛い女と見ればすぐ嫁にしようとする浮気者の男は駄目でしょ。」


「仕方ないだろ。皇帝なんだから。子作りは皇帝の責務だよ。」


「この娘誰?すっごく綺麗ね。何歳いくつ?」帰蝶はディルラバの美しさに見とれた。


「15歳よ。」


「こんな綺麗な人この世界で始めてみた。日本にはいないわね。信長の嫁になりたいなら大歓迎よ。でも、信長も子作りは責務よ。」


「それでも良い!でも、いいの?だったら立候補するぅ。でもその前に有名人にあってみたい。どんな顔してるのか見てみたいし。帰蝶は北京まで一緒に行くの、それとも途中で降りるの?もっと転生者同士、女同士話ししたいよ。」


「あなたも転生者なの?そりゃそうよね、信長知ってるんだから。でも、私はこの辺で消えるわよ。あ、皇帝に渡した携帯で連絡してくれればいつでも迎えに来るわ。あれ、このセスナ自動操縦付いて無いの?」


「今の時代にそんな機械が作れるわけ無いだろ。」


「うちのセスナには付いてるわよ。これは古い型だからだね。」


「もしかして、あの上を飛んでるUFOも自動操縦か?」


「そう。高性能のAI積んでるから。」


「はぁ!この時代にAIがあるわけ無いだろ。」


「それが有るのよぉ、奥さん。それじゃ私はドラマの続き見なくちゃいけないから、ほら運転変わるわよ。それじゃあね。」


 操縦を厚熜こうそうに代わると帰蝶は消えてしまった。


「なにあれ?凄い、転移魔法?初めて見た。やっぱり使える人いるんだ。でも、ドラマってどういうこと、この時代テレビないでしょ。私もドラマ見たいな。」


「あれってUFOだよな。」


 そう言っている間にUFOはもの凄い速さでセスナを離し見えなくなった。


「おい、あっという間に見えなくなったぞ。何キロくらい出てるんだ、あのUFO。」


「私の居た世界ではあんな形が普通だったわよ。まぁ、この世界では未確認というか、無いのが普通だしUFOにしか見えないわよね。」


 くだらない話をしながら一行はまるで永遠に続くかのような広大なゴビ砂漠を越え北京の紫禁城にやっと帰り着いた。


「へぇ~、紫禁城だ。映像でしか見たことないけど。本当に紫禁城の人だったんだ。」


「まだ、皇帝だとは信じていないのか。」


「そりゃそうでしょ。本当は小間使いかもしれないし。小姓かもしれないし。掃除夫かもしれないでしょ。」


「疑い深いなぁ。」


 厚熜こうそうは、その後、会う人、会う人すべての人に俺は誰だと問い、皇帝だと言わせて回った。彼女は彼をやっと皇帝だと信じたようだ。



 そしてその翌日、ここはそのお隣の国日本。その中の小さな国、尾張。城主の嫡男の吉法師は、元服の儀式を終え部屋で西瓜を食べながら寛いでいた。横には帰蝶ではなく珠、そして対面には三好政勝とその妻となる予定の妻木が仲良く座っている。


そこへ帰蝶が戻って来た。


「それじゃ、私はチナチアットへ戻って支度するから。あ、昨日皇帝から助けて欲しいって連絡があったから助けに行ってきたわよ。」


「転移で行ったのか?転移が使えるってバレたんじゃないのか?」


「チナチアットで行ってきたわよ。チナチアットは見られたけど。」


「それ‼一番駄目な奴‼チナチアットは最重要機密だろ、それを他国の皇帝に見せるなんて機密にならないだろ‼」怒り心頭の吉法師、もとい、信長であった。


「大丈夫よ、外から見ただけだし。21世紀の人だった皇帝には分からないわよ。それに同盟国でしょ。」


「それはそうだけど、戦国時代の同盟は破る為の同盟だぞ。規則は破る為に、同盟は破棄する為にあるんだ。」


「大丈夫だよ、多分。同じ時代に同じ環境で育った同じ元日本人でしょ。裏切らないのが同盟だと思ってるわよ。それに、話したら良いやつだと感じたわよ。ダーリンもそう思ったから仲良くしてたじゃないの。」


「まぁ、帰蝶が言うなら大丈夫だろ。」


「それじゃ、私帰るから。あ、そう言えば皇帝の彼女があなたに会いたいって言ってたわよ。」


「え、俺のこと知ってるのか?」


「転生者だからね。今度連れて来るわよ。多分あなたが見た事が無いほどの物凄い美人よ。楽しみにしてて。」


「そんなに凄い美人なのか?早く連れて来いよ。」


「皇帝から嫁になれって言われてるけど、彼女はあなたの嫁になりたいって言ってるわよ。」


「ほ、ほんとうか?」


「楽しみにしてて。」


そう言って帰蝶は消えてしまった。


「なぁ、吉法師、帰蝶様を一人でヨーロッパに行かせて良いのか?」


 三好政勝は吉法師を上司とは思っていないので一切へりくだらない。


「珠がいるから良いよ。それに、歴史でも会って結婚するのは十四歳。つまり、三年後だし。」


「なるほど、そうか。それより、今日の儀式で受け取っていた日本刀、いいなあれ。」


「あー、あれね。あれはヒヒイロカネで造った刀身に鞘と柄とつばを付けてもらったんだ。それに、刀身に『織田信長作』って彫ってもらったぞ。」


「えー‼良いなそれ。俺にもくれ。家宝にするから。」


「三本作って一本は剣の師匠である一益にあげたから一本余ってるぞ。ちょっと待ってろ。そう言うと金庫の中に銃と一緒にしまってあった白い柄で、白いパールのような輝きを放つ鞘をつけた日本等を取り出した。


「ほら、やるぞ。有り難く頂け。」


「サンキュー。綺麗だな、この日本刀。家宝にして大切にするよ。」


 そう言うと正勝は最早吉法師ではなくなった信長の知る限りでは誰も持っていないアイテムボックスに刀をしまった。


「あ、それは日本刀じゃないぞ。」


「日本刀じゃないのか?」


「なんでも日本刀は素材と製法が決まっているらしい。だから、ヒヒイロカネで作った時点で日本刀じゃないらしいぞ。」


「そうなのか?だから草薙剣くさなぎのつるぎは刀ではなくつるぎなのか?」


「どうなんだろうね。どうでもいいけど。」


他人が決めた事、特に無意味な風習、習慣、伝統等合理性のないものには興味がない吉法師、もとい、信長であった。

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