第83話 琉球國視察

 弁護人であるセリアはマルガリータの牢まで来ると兵に二人っきりにしてくれるようお願いした。しかし、兵は二人きりには出来ないと二人を監視し続けた。


「マルガリータさんですか。私は弁護人のセリアです。あなたのクラスメイトアレクサンドリーヌ・ド・サヴォイアの依頼で来ました。アレックスは私の妹です。」


「おー、では、あなたがサヴォイア公爵の長女のセリア様。」


「ちょっと、大袈裟よ。今日は事実確認に来ました。調書の内容は真実でしょうか。強要はされてませんか。」


「はい。貴族の娘の所為か拷問も強要もありませんでした。」


「あなたがた二人以外で事件を目撃したのは、兵を倒しあなたとカリーヌを治療した通りすがりの人の他にはいませんか。」


「いないと思います。」


「その人が兵を倒すところは見て無いのですよね。」


「はい、私が治療してもらい意識を取り戻した時には既に兵は倒れてました。既にカリーヌは治療し終えた後でしたが未だ意識は戻っていませんでした。横で名前を呼んでたら意識を取り戻したんです。」


「兵を倒した人はどんな人でしたか。」


「身長が190cm以上ありそうな大男で黒髪、黒目、黒い髭を生やして平民の格好で、茶色のズボン、茶色のシャツを着てました。兵はどうやって殺されてたんでしょうか。」


「兵は外傷は無く、首を絞められたわけでもなく、只死んでいたという事です。」


「私達が疑われているのですが私達にそんなことは出来ません。」


「そうですよね。そもそも原因不明なわけですから。」セリアはマルガリータに優しく微笑んだ。


「裁判は大変ですか。」


「いいえ。裁判は起訴した検察側と弁護する側がそれぞれに主張して裁判官が判決を下して終わり。簡単に終わります。全ては裁判官と権力によって決まります。」


「じゃあ、判決に不服だからと言って文句は付けられないってことですよね。」


「そうですね。窃盗の件は証人によって無罪になるとして、もし、助けた人が見つからない場合、無罪で投獄されようとしてロープが痛いと言ったら殺されそうになったために反撃して相手を殺してしまったと正当防衛を主張するしかないでしょうね。見つかれば、正当防衛を主張するまでもなく無罪ですけど。ねっ!(^_-) 」セリアはなぜかウインクした。


 マルガリータは助けてくれた大男は見つからないと既に諦めていた。二人が殺されそうになるのを見ていた人は誰もいなかった。そう。マルガリータは誰もいないのを見て確認していた。だからこそ知っていた。このままではカリーヌもマルガリータも死刑になるかもしれない。兎に角裁判まであと二日だ。マルガリータは決断を迫られていた。



 ここはサヴォイア公国の首都シャンベリから遥か東へ10,000キロ。強烈な陽射しが降り注ぐ琉球王国。皇帝厚熜こうそうはその10キロ手前の上空500メートルまで来ていた。

 厚熜はその能力ワールドマップで明の軍艦の存在を確認していた。ただ信じられなかった。自分の目で見るまでは。10万の大軍が戦争もせず、只琉球国に存在していた。


「どういうことだ?なぜ、我が軍団10万が戦いもせず、征服もせずここにいる。急げ。」現在吉法師がセスナを運転している。

 皇帝厚熜は珍しく慌てていた。可能なら目的地まで転移しているだろう。その点において、武田義信の転移の能力よりも劣ると言える。彼が行った事もない場所に転移できるのは地図の能力との組み合わせによるものだと考えた場合、地図の能力を持つ厚熜には転移の能力がない事になる。本当だとすれば一つ弱みを見つけたことになる。


 吉法師は琉球國のセスナが着陸できる場所を探す。今回紫禁城まで乗ってきたセスナもこのセスナにもタイヤが付いている。重力魔法が使える事を知られないために離陸も着陸も普通のセスナの様に地上で加速して離陸し、着陸は着陸後も地上で減速するという普通のセスナの様に離着陸を行っている。その為、慣れない離着陸と、その場所の確保に苦労していた。ただ、セスナは軽い為、短い直線道路があり、周りに何もなければ離着陸できることが救いだ。


 吉法師は船が停泊している港の近辺にセスナを着陸させた。厚熜はワールドマップで宰相である厳嵩げんすうを探した。程なくして厳嵩は見つかった。首里城に滞在しているようだ。港から首里城まではそれほど近くはないがセスナで行く距離でもない。中国人の団体15名と吉法師は歩いて首里城へと向かうのであった。


 首里城近辺まで来ると瓦屋根が多くなる。しかし、シーサーは無い


「シーサーが無いな。」孫権四郎こと吉法師はふと呟いてしまった。


「あー、シーサーは17世紀から始まったらしいぞ。」皇帝厚熜が予想外に答えた。


「詳しいんだな。」


「そりゃ、俺は前世でパイロットだったからな。世界各地に飛んでたから地理とか詳しいぞ。国内線も飛んでた事があるから日本国内の地理にも詳しいぞ。」


 皇帝厚熜は、その地位に似合わず気さくだ。別に戦う必要が無いのかも知れない。上がきちんとしていれば部下が強姦に走る事もないだろうからな。と吉法師は考え始めた。その考えが正しいのかどうかは分からないが。


 歩いて行くうちに吉法師は何か忘れていると思い始めた。何だろう。しかし思い出せない。何だ?何を忘れてる。このままいけば信行がいるのか。信行?だったら、皇帝に俺が吉法師だってバレルじゃないか。


「陛下。ちょっとトイレに行って来る。」


「あー分かった。先に行ってるぞ。追い付けよ。」


 こうして吉法師は首里城へと続く道を外れ横の林へ入って行った。


「千奈、聞こえるか。」千奈と会話をするときは首のデバイスで電話は必要ない。


『はい、吉法師様。何でしょう。もしかしてこのままいけば顔がばれてしまう事にやっと気づかれたのでしょうか。』


「あーそうだ。やっと気付いた。何かいい案あるか?」


『ダーリン、聞こえる?今頃気付いたの?今まで気づかなかったの?信行にばらされると楽しみにしてたのに。後数十メートルに来る迄気付かないなんて。ひーーっ、ば、ばか、ばかなの?ひーひーっ、も、もう、笑わせないで!はーーっ、はっひーっひっひっひっひ。どうして気付かないの。沖縄には信行がいるのよ。気付かないの?あほ、ああ、阿保なの?信行にばらされて唖然とする顔見たかったのに。』


「帰蝶、気付いてたならどうして教えないんだ。ご主人様のピンチだぞ。」


『どうしよう。バレて唖然とする顔が愉しみで対策とってなかったわよ。ほんと、どうしよう。千奈、何かいい案ある?』


『そうですね。お面被りましょうか。』


『そんなんで良いの?お面あるの?』


『お面はありませんが、それしか思いつきませんでした。』


 結局良い案も思いつかずあと数キロ歩けば信行に気付かれ皇帝に吉法師であることがばれてしまう。吉法師は自分でおもう以上に危機に陥っていた。



 一方首里城ではちょっとした騒ぎが起こっていた。騒いでいたのはたったの二人。織田信行と武田義信であった。


「おい、吉法師が来たぞ。」


 武田義信が叫ぶ。吉法師が来たことは既にばれていた。それも当然、義信は吉法師と会った事がある訳であり、地図によりその存在が表示されてしまう。その事を吉法師は自分で地図を持っているにもかかわらずすっかり忘れていた。

 というより、皇帝に地図のスキルを持っていない振りをし、それを徹底する為に実際に使う事さえ、考える事さえしなかった為だろう。というより単に馬鹿なのかもしれない。

 ここで吉法師がお面を着けようが、隠れていようが、皇帝と信行たちが顔を合わせれば孫権四郎の素性がばれてしまう事は確実だ。


「吉法師と一緒にいるのは誰だ。名前の表示か厚熜?読めないぞ。」


「どちらにしろ吉法師の仲間だろ。一気に義信の魔力でとどめを刺すか。」


「そうだな。そうすれば一気に日本侵略が簡単になるぞ。問題は帰蝶だが、地図に表示が無い。ここから30キロ圏内にはいないぞ。」


「だったら大丈夫だな。」


「よし、サンダーボルト。」


 義信は地図で確認した場所に強烈な雷を轟音と共に落とした。


 吉法師は轟音に驚き上空を見ると雷が上空10メートル程の所で横に曲がっていた。そこに雷の動きで半球状の目に見えない壁がある事に吉法師は気付いた。この壁は見た事がある。これは以前帰蝶が張っていたバリアと同じものだ。しかもこの強烈な落雷を逸らすほどの頑強さがあるようだ。しかし、雷は通り道を作れば簡単に曲がることには吉法師は気付いてはいなかった。


 このバリアによる防御に驚いた者がいる。武田義信と織田信行だ。


「おい、義信。あいつら死んでないぞ、動いてるぞ。」信行は窓から既に肉眼でも見える程の距離にまで近づいて来ていた吉法師達を見て驚愕した。


「どういう事だ?吉法師はバリアが張れたのか。しかも今のサンダーボルトはほぼ全力だぞ。帰蝶はいないよな。」義信は再度確認するが帰蝶の姿はどこにも無い。それもそのはず帰蝶はチナチアットにいて、チナチアットは科学の力で存在を隠蔽している。義信の魔法でも分からないようだ。


「帰蝶がいないという事は吉法師以外にも魔法が使えるやつがいるのかも知れないな。」


「中国の皇帝が来るとか言っていたよな。皇帝じゃないのか。」


「馬鹿だな。それは皇帝が大軍と共に攻めて来るという話だろ?あいつらは16名だぞ。」


「そうか、そうだよな。じゃぁ、次は『スワールヘルファイアーフレイム‼』(地獄の火炎よ、渦巻け‼)」これは魔法の呪文ではなく義信が単に英語でそれっぽく言っているだけだ。


 竜巻の様に渦を巻いた直径10メートルの三本の炎が吉法師達を襲う。しかし、皇帝が張り巡らせたバリアーが中の人間にはその熱さえ感じさせない。


「凄いなこのバリアは?どうなってるんだ。」


「驚いたか。これはディメンションバリアだ。こことバリアの外側とは別の次元が存在し連続性がない。たとえ核爆弾でも繋がっていない以上影響を受けないぞ。」


 これは、勝てない。戦っても全ての攻撃が防がれてしまうだろう。


「ん?」


 吉法師は気付いて声に出してしまった。別次元で途切れているのはバリアの外と内。だとすればバリアの中から攻撃すればダメージを受けるだろう。今攻撃すれば倒せるのではないのか?でも、もし、倒せない場合の不安が残る。未だだ。未だ情報が足りない。帰蝶にここに転移させてれば良いのかも知れないが、帰蝶は一度来た事がある所にしか転移できない。多分地図のスキルを持っていない所為だ。そう考えた吉法師は暫く様子を見ることにした。


「おい、吉法師!何しに来た。」信行が首里城の窓から外に向かって叫んだ。


「おい。四郎、お、お前は吉法師なのか?う、嘘を付いていたのか、この嘘つきめ‼」皇帝厚熜こうそうは吉法師に向かい勃然と沸き上がった憤怒の表情で叫んだ。


 吉法師は追い詰められた。



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