第82話  沖縄視察

 1545年7月、明の皇帝厚熜こうそうによる日本侵攻は始まった。第一陣10万人は琉球国から北へ向かい日本を征服する予定で北京を出発し琉球国へと向かった。皇帝厚熜はそのまま侵攻を続けているものと思っていたが実際は吉法師の弟の信行によって10万人もの兵隊は盗まれ信行の兵隊と化していた。

 その事実を吉法師は知っている。その為、このまま日本へ向かってよいものか迷っていた。

 トイレに立ったついでにチナチアットのAIである千奈に良い案は無いか聞いてみることにした。

 しかし中国のトイレはこの時代から20世紀末に至るまでほぼ変わらないのが不思議だ。なぜ一本の溝に人々が連なって用を足すのか、それがなぜこの後400年も変わらないのか。なぜ個室が無いのか。流石に皇帝のいる紫禁城、個室があるのだろうと思ったが皇帝は一人では用を足さないからかここにも個室が無い。何処で、こっそり千奈と連絡を取れるのか。プライバシーが無い。だが気付いた。どうせ日本語で話すのだから中国人には理解できない。悩む事はなかった。日本語の分かる皇帝のいない場所でならひとりごとのように話せばバレるおそれもない。


「千奈。聞こえるか。事情は分かるな。どうすれば良いと思う。」


『聞こえます。ケンシロウ様。私の考えでは、まず琉球国へ行かせて軍を信行様が我がものとしている事実を皇帝に知ってもらいます。次に、信行様と皇帝とが潰し合い、兵を削り合うのが最善の策かと思います。皇帝の力も分かるでしょう。』


「そうだな。それが良いかな。って俺はケンシロウではないぞ、孫権、四郎だ。区切る所を間違えるな。」


『冗談です。』


「ほう、未来のAIは冗談も言うのか。すごいな。兎に角、皇帝に沖縄から回ろうと進言する必要があるな。」


『琉球国で皇帝と信行の戦いに時間を掛けてもらえれば、その間に戦略兵器を製造できます。設計図はあります。材料が無ければ三好政勝様に集めて頂きます。』


「政勝もチナチアットにいるのか?」


『いえ、政勝様は、現在、那古野城で妻木様と子作りに励んでおられます。』


「どうしてわかる。」


『監視用ドローンを放っておりますので。抜かりありません。』


「そこは抜かれよ。じゃあ行って来る。危なくなったら助けろよ。」


 孫権四郎こと吉法師は、皇帝と共に一台のセスナに向かった。


「なぁ、陛下。沖縄から行った方が良くないか。」


「いや、予定ではすでに九州は制圧しているころだ。九州北部を目指した方が良いと思うぞ。」


「いや、日本は現在、戦国時代だろ。兵は実戦で磨き上げられ精強だと言える。どこかで停滞していても可笑しくない。だからこそ沖縄から攻め込んだのなら沖縄から見て行くべきだ。」


「何だ?もしかして、沖縄に観光に行きたいのか?まぁ、有るのは首里城くらいで後はただの田舎だと思うがな。俺がこれから沖縄を観光地兼保養地にして発展させていく予定だ。観光するならその後だな。」


「それは良いな。やっぱり、沖縄には沢山ホテルが存在していて欲しいよな。」


「じゃあ、ご要望にお応えして沖縄から行くか。」


「海じゃ方角とか分からないんじゃないか?」


 吉法師は相手の能力を探るために自分に地図の能力がないかのように皇帝に聞いてみた。


「大丈夫だ。俺がワールドマップのスキル持ってるぞ。」


「じゃあ、沖縄へも迷うことなく行けるな。」


 なんかいろんな能力持ってそうだなと吉法師は全ての能力を聞きたかったが教えてくれないだろう。色々話を振ってみて所有する能力を確かめる必要があるな。吉法師は無い頭を振り絞って考える。


 皇帝と吉法師はセスナに乗り込んだ。しかし、吉法師が今回乗ってきたセスナにも人が乗り込もうとする。


「あのセスナにも乗り込むのか?別々に行くのか?」


「いや、魔力が使える部下がいると言っただろう。そいつに運転させて幹部16名で行こうと思ってるんだ。そいつにはこのセスナを運転させた事があるからな。大丈夫だろ。」


「そいつにはどんな能力があるんだ?」孫権四郎こと吉法師は探りを入れてみた。


「勿論内緒だ。」


 流石帝国、ここに二人魔力が使える人間がいる。人間の数の多さから言ってもっと多くの転生者の存在が予想される。ただ、もし魔力が使える人間が転生者に限られるものであれば、そして、その転生者の出生場所を神が任意で決めているのであれば、やはり出生する人物は将来有名になる可能性のある、少なくとも別の多元世界では有名になっている人物だろう。だとすれば中国はその人口の多さに比例して転生者が多い訳ではなく、只の兵の多さに鑑みれば逆に割合的には少ないと言えるのではないのだろうか。


 但し、それでも尚、転生者の数は他の国より多い可能性は高い。その数とその能力、そして、皇帝の能力が分からなければ明とは戦えない。確実な敗北が訪れるだろう。


 まぁ、敵の能力が分からず、戦っても負けそうな時は、戦わずにこのまま部下になって明の属国として日本の統治を任せてもらえれば何の問題も無いのかも知れない。エリカには悪いが。吉法師は結局は楽天的に考えていた。


 こうして2台のセスナは沖縄を目指し紫禁城を飛び立った。今回吉法師が乗ってきたセスナも当然重力魔法が使える事を隠す為にタイヤを付けてあり、普通のセスナの様に離着陸する仕様になっている。吉法師は慣れない離着陸に苦労していた。


「なんだ?お前が作ったセスナなのに離陸がへたくそだな。」


「バイオリン作った人が上手に演奏できないのと一緒だよ。慣れないよな。その点、皇帝は離陸が上手だな、先日見たけど。」


「勿論だ。前世でパイロットだったからな。」


「へぇー、給料高かったでしょ?」突然敬語になる吉法師であった。高給取りにはトラウマがあるらしい。



 その頃、遥か東の神聖ローマ帝国の隣のサヴォイア公国、サヴォイア公爵の治める国。この国で裁判が始まろうとしていた。

 訴因は反逆罪。求刑は死刑。被告人はマルガリータ・ド・サボイ及びカリーヌ・ド・サボイの2名だ。ここは中世ヨーロッパ、偏波なき裁判など夢のまた夢、権力という予断を加えて裁判をおこなう。接見交通権も無ければ弁護人依頼権も黙秘権もない。ミランダウォーニング?ミランダ、誰それ、何したの?という世界であった。

 通常であれば、被告人は取り調べの時、取調官の欲しい証言を証言するように強要される。証言しなければ拷問も当然であり、女性であれば強姦も辞さない。真犯人を捕まえることなど考えない、単に犯人が捕まれば、たとえそれが真犯人でなくてもそれでよい世界である。

 しかし、今回の被告人二人は貴族であり強引な取り調べも強姦もない。拷問のない取り調べと、それを基にする裁判が行われる。


 弁護人は、父親であるアルフレッド・ド・サボイ男爵が依頼した女性であった。

 名前はセリア・ド・サヴォイア。

 マルガリータのクラスメイトであるアレクサンドリーヌ・ド・サヴォイアの姉でサヴォイア公国のサヴォイア公爵の長女だ。いわゆるお姫様である。

 男爵が寄親である公爵にお願いした事もあるが、マルガリータのクラスメイトのアレクサンドリーヌが姉に頼み込んだ。それでセリアは引き受けた。


 セリアは長身の濃い茶髪で茶色い目をした細身の女性だ。彼女は今日被告二人に牢獄に会いに来た。

 彼女は接見がなかなか認められないこの世界でも公爵の娘であることから簡単に接見が許された。

 彼女はまずカリーヌに会った。


「あなたがカリーヌね。私はセリア。あなたの弁護人を務めるわ。それで詳細を知りたいのだけど。調書は読んだから私がその内容を言うから違う点があったら言って。まずは財布を盗んだ事は本当?」


「盗んでません。当日のアリバイは父と義母と二人の姉妹が証言できます。」


「分かった。証人の申請はしておく。窃盗罪に関してはそれで何とかなりそうね。次は衛兵に対する殺人。これが反逆罪に当たるかが判断されるわ。これは事実?」


「いえ。事実ではありません。マルガリータが痛いからロープを緩めてと言ったら衛兵が怒って彼女の頭を槍で殴ったんです。それで彼女は倒れて動かなくなったの。すると、衛兵が殺してもバレない、伯爵家が味方してくれるぞ、と仲間内で話し合い、私に背中を向けと言って私の背中から剣で刺したんです。その後、目が覚めると私の横にマルガリータが座っていて衛兵が倒れてました。これが私の知る事実です。」


「衛兵は通りがかった人が倒して、その後であなたとマルガリータを治療したという事だけど。本当?」


「私はマルガリータに聞いただけです。ただ胸を刺されたのは事実です。心臓が止まったと思います。気付けば服は血まみれだったけど傷はありませんでした。治療されたというのは本当みたいです。」


「あなたが実際に治療しているところを見た訳ではないのね。」


「はい。」


「ただ、その治療方法が分からないわ。魔法で治療するにしても、胸を貫かれた傷を治すとか、止まった心臓を動かすとか言う魔法は聞いたことが無いし、おとぎ話の世界の様な話で誰も信じないと思うの。刺された場所を見せてもらってもいい?」


「はい。良いですよ。」


 そう言うとカリーヌは服を脱ぎ刺された場所を見せた。見れば傷は完全に消えている訳ではなく薄っすら残り、少々赤くなっている


「これね。本当だ。背中にも胸にも傷がある。ただ、本当に魔法で治療したとして、これを見ても治療した証拠にはならないわね。」


「そうですか。」


 神は私に美人になれるように力を与えた。その力を魔法に使った人がいるに違いない。その人は絶対、心臓を貫かれて殺されたとしても治療できるほどの魔法が使えるはずだ。そんな人が多分私達を助けてくれたんだ。だけど、見ない事には誰も信じないだろう。だから現れて欲しい。彼女は彼女達を助けてくれたという人物が現れる事を祈った。


「治療した人が出て来て実際に治療するところを見せるとか、兵があなた達におこなった行為を証言してくれれば良いのだけど・・・その人の他に見ていた人はいなかった?」


「いなかったとは思いますが、ちょっと、思い出してみます。」


「私はマルガリータに話を聞きに行くから思い出してみて。兵を殺害した人がほかにいた場合、あなた達は殺人罪にも反逆罪にもならないし、あなたの聞いた証言が本当なら、その人には正当防衛が成立する可能性もあるから。よろしくね。」


 そう言って、セリアはマルガリータのいる牢へと歩いて行った。









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