第60話 景虎

 標高が少々高い位置にある甲府の夜は冷え込む。降り続く梅雨の季節の小雨がそれを加速させる。温暖な尾張で過ごしている上に京の帰りに寄っただけの薄着の帰蝶には耐えられない。耐えられないが我慢してエリカと一緒に義信と信行を探す


「凄く寒いわね。」


「これで?私は全く平気。上杉領の越後も寒いからね。冬は雪で動けないし。」


「ダーリンにお願いしてスノーモービル作ってもらえば。」


「え、スノーモービルが作れるの?」


「大丈夫だと思うわよ。ここへはセスナで来たし。」


「飛行機まで作れるの?一家に一台織田信長ね。AGPDは作れる?」


「何それ?」


「Anti-Gravity Propulsion Device、半重力推進装置よ。未だ発明されてなかったんだった?」


「でも、重力魔法が使えるから、それで似た様な乗物は作れるはずよ。」


「でも、魔力は大丈夫?足りる?」


「魔力を溜める物質を見つけたの。」


「あ、ヒヒイロカネね。」


「知ってるの?」


「勿論。神に聞いたのよ。ただ、ヒヒイロカネの作り方が分からなくって。」


「熱田神宮にヒヒイロカネで出来た草薙剣があるの知ってる?あれを鑑定したら材質が分かったから材料あれば作れるようになったわよ。」


「本当に?熱田にあったんだヒヒイロカネ。出来たら私にも頂戴。もう材料あるの?」


「これからよ。今日、京から帰る途中で熱田神宮によって分かったばかりだから。」


「そうか、楽しみね。外国行くなら連れて行って。」


「じゃあ、吉法師愛人連盟に加入する?」


「なにそれ?」


「名前のとおりよ。加入するなら同盟も結べるし、外国へも行けるようになるわよ。」


「そうよね。行きたいわね。ハワイ。でも同盟は無理よ。」


「どうして?」


「だって、私、まだただの一武将に過ぎないから。未だ上杉でもないし。」


「だから間諜やってるのね。織田に来る?寒くないわよ。どうせ越後も織田が貰うし。」


「考えとくわ。外国にも行きたいし。越後でのし上がるよりいいかも。でも歴史上上杉謙信がいなくなるわね。」


「それは、エリカや私がいた世界の歴史であってこの世界の歴史ではないから関係ないんじゃないの。この世界では上杉には謙信は存在せず景勝が上手くやるんじゃないの?どうせ養子でしょ。あなたの子じゃないし。」


「そうだよね。」


二人は、弾む話を中断し義信と信行の二人を探し始めた。


「ところで、この屋敷の見取り図の立て看板が欲しいわね。」帰蝶が素直な感想を述べる。


「そんなぁ。観光名所じゃないんだから。今は、信濃と甲斐の国の行政機関なんだから機密事項でしょ。でも、ある程度は分かるわよ。今までにも来た事あるから。今、私達が潜んでいる場所は本主殿の前の庭園の中。本来の義信の部屋は一番東北にある建物が義信の部屋。だけど、今はいつも晴信がいた部屋にいるかも知れないわね。前に三つの建物があるけど真ん中が会所で右が主殿、左が本主殿。本主殿の奥に常御座所があるの、そこに義信がいるかも知れない。」


「なるほど、行ってみるか。でもあなたが上杉謙信?女でしょ。」


「神にお願いしたの。出来たら、女性説のある上杉謙信にしろって。お前が殺したんだろ!一番強くしろ!って。お願いしたの。」


「それ脅迫したんじゃないの?」


「はっはっは。まぁ、そうとも言うわね。良いのよ、私も殺されたんだもの。要求は出来る限り聞いてもらわないと。」


 二人は本主殿の左横を通り常御座所へと忍び込んだ。その中の一室にいる義信を見つけた。彼は既に寝ていて、暗殺の為に忍び込んだのではなく情報収集の為に忍び込んだので二人はまた外へ戻り、次に信行を探した。義信の部屋へいると考えていたので一番北西の建物の中へ忍び込むとその中の一室に信行は寝ていた。


「どうやら時間が遅すぎたみたいね。私は牢屋へ戻るわ。エリカはどうする?」


「私は、仲間とキャンプしてるからそこへ戻るわ。明日夜また情報収集するから。亜里紗とは明後日また会いましょう。」


「オッケー。じゃあ私は牢屋にいる振りして明日尾張の様子見て来るよ。」


「え?どうやって?セスナ取られたんでしょ。」


「私転移できるから。早い方が良いわね。今から行って状況報告した方が良いかも。ちょっと尾張迄行ってまた戻って来るわ。」


「転移できるの?凄いわね。それ、かなりの魔力使うからちょっとくらいの魔力では転移できないはずよ。私にも無理。」


「でも、義信も出来るみたいよ。それも併せて調べてみて。じゃあね、エリカ。」


「バイバイ、亜里沙。」


 そう言うと帰蝶はその場から消え、次に現れたのは尾張だった。帰蝶は平手政秀を探した。


「爺、起きて。早く起きなさい。」


「あれ?帰蝶様、もう帰られてのですか。お帰りなさいませ。もう少し寝てていいでしょうか。」


「爺、何言ってるの!大変よ、大変。ダーリンが武田に捕まったの!」


「え?京に武田が攻めて来たのですか。」


「違うわよ、この寝坊助。京から帰る時に今川義元さんと躑躅ヶ崎館つつじがさきやかたに寄ったのよ。そしたら、武田晴信の息子の義信が謀反を起こして、晴信さんも義元さんもダーリンも捕まっちゃったの。」


「ほ、本当でございますか?若は御無事でございますか。」


「今のところは大丈夫よ。でも、もしかしたら武田が攻めて来るかも知れないわ。武田義信の力が分からないからあんまり無茶な抵抗しないで。反撃しても無駄だと思ったら銃を隠して。少しの銃だけしか存在しないかのように思わせて敵に銃を渡さないようにして。それから、若い女性はダーリンが作ったお城の地下シェルターに銃と一緒に避難させて。他の城にも伝えて。那古野城はダーリンが作り直すから攻撃されて壊されても構わないわよ。兎に角、誰も殺されないようにして。殿様には、私がこれから伝えに行くから。」


「承知致しました。」


「それじゃ、私は殿様に伝えてから檻に戻るから頑張ってね。」


 帰蝶はそう言うと那古野城から消え、次の瞬間には末森城にいた。


「殿様いる?一大事よ。至急案内して。」


 帰蝶は門番の兵士に案内するように命令した。


「は、これは帰蝶様。承知致しました。こちらへお越しください。」


 兵士は帰蝶を連れて信秀の寝所迄連れて行った。


「殿様大変よ。」


「何だ、嫁殿。こんな夜中に。」


「夜中でも急用だから来たのよ。あなたの息子が武田に捕まったのよ。」


「うーん、ほっといても大丈夫だろ?嫁殿が助け出すだろぉ。」信秀は興味無さそうに答える。信秀は息子の事より帰蝶に絶大な信頼を寄せているようだ。


「それはそうだけど、武田が攻めて来るかも。息子の義信が謀反を起こして、晴信さんも今川義元さんも一緒に捕まってるの。呉呉も用心して。いざとなったら殿様は隠れて。出来れば尾張の地下シェルターに隠れて欲しいけど。殿さまだけは首ちょんぱされちゃうからね。絶対隠れてね。」


「何だ、その首ちょんぱとは?」


「打ち首の事よ。刀で首を『ちょん』と切れば『ぱ』って首が飛んでくのよ。」


「何だそれは?首は飛ばないぞ、落ちるだけだぞ。」


「私の故郷ではそう言うのよ。」


「そうなのか?それで嫁殿はどうするんだ。」


「私は、躑躅ヶ崎館の檻に戻って、捕らわれてる振りして解決策を講じるわよ。強い味方も出来たしね。」


「そうか。まぁ、尾張は吉法師と嫁殿がいれば何とかなるだろう。安心しているぞ。二人で協力して尾張を経営していけよ。」


「そんな、最後の別れみたいに言わないでよ。銃は持ってるでしょ。いざとなれば、銃で戦いながら地下牢まで逃げてね。」


「あー、わかったぞ。」


 信秀の顔にはおそれも不安も無く、一点の曇りもない晴れ晴れとした笑顔が浮かんでいた。


 帰蝶が甲府へ戻った時には既に東の空は明るくなり始めていた。帰蝶はこっそり見張りを短時間の睡眠状態に陥れ独房に戻ると兵士の睡眠を解除し、その後は牢の硬い床に寝るのは嫌なので体を10cm程床から浮かせ体の周りをシールドで覆い寒気を遮断して眠りにつく。帰蝶は快適さの中で眠りについた。


 その日、目が覚めると外では馬揃えをしているような馬のいななきや兵士のざわめきが聞こえて来る。帰蝶には予想通り義信が兵をあげ、これから戦地に赴く準備をしているのだという事が分かった。帰蝶は、義信が今川領を占領しながら進んで行けば尾張迄近代兵器を使っても1カ月はかかる、それまでには何とか義信と信行を倒す算段が付くかもしれない、帰蝶は楽天的にそう思案した。


 そして、その日の夜、帰蝶は義信も信行も見つけることが出来ず、それどころか重臣もいないため諦めて牢に戻った。まぁ、情報は間諜のエリカが見つけてくれるだろう、とエリカに任せて眠りについた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る