第48話 帰還

 日が昇り始めたばかりの駿府は今日も晴れ渡り雲一つなく山からほんの少しの湿り気を帯びた風が心地よく吹いていた。安倍川には陽光を受けて立ち昇り始めたもやがうっすらとかかり、逆光の所為もあって駿府城が暗くぼやけて見えている。


 吉法師達は一益の引越荷物を積み込み、不要な荷物を近所に貰ってもらっている。


「一益、全部荷物は積み込んだか。」


「はい、これで終わりです。」


「布団も必要ないからな。」


「本当にこれで行けるんですか。羽根付きの箱を馬で引くんでしょうか。」


 一益の奥さんの富さんは疑り深い。きちんと説明しないと納得しない。これでは一益が浮気しようものなら、いや、帰りが遅くなるだけでも浮気を疑い大変だろうと考える吉法師であった。その点、帰蝶は寛大だが、帰蝶が選んだ人物以外との浮気は許さないような気もする。理由は単にそれをネタに苛めようとするだけかもしれないが、と不安に思う吉法師であった。


 帰蝶は飛行機に乗り込みエアコンを作っていた。既にピトー管を作り速度が分かるようにしてある。人工水平儀と呼ばれる姿勢指示器も付けた。高度計も付けた。これは気圧高度計で、あくまで仮想高度だ。レーダーも作りたかったが無理だから、今度神にお願いしてみることにした。帰蝶は新しい玩具に顔がほころんでいた。


「あなた達早く乗りなさい。出発するわよ。(#^.^#)」


「帰蝶、機嫌がいいな。今日は落ち着いて運転しろよ。」


「は?嫌よ。昨日一益に婆ぁって言われたのよ。」


「いえ、言ってません。帰蝶様が勘違いされただけですよ。」


「わかったわよ。緩い罰で勘弁してあげるわよ。みんな乗り込んだわね。行くわよ。」


 そう言うと帰蝶はセスナを一気に上昇させた。


「え?なんで浮かんでるの?」


 一益の奥さんの富は頭の中がクエスチョンマークで一杯になっていた。理解しないと納得できないらしい。


「富、妖術よ、妖術。」


「あーなるほど、そうなんですね。」富は納得したようだ。


 100メートルほど浮かべたところでモーターを回して前進し速度が出て揚力が発生し始めた。ここで負担のかかる重力魔法からモーターを回す単純で魔力があまり必要でない雷系の魔法へと移行する。帰蝶は向きを尾張の方へ向けながら加速していった。

 右に高い山々、左手に太平洋、ほぼ平地の上空を飛んで行く。来る時はあれほど苦労したのに帰りは楽ちんだ、平地を車で走行するのとエネルギーはあまり変わらない。揺れもほぼない。快適な飛行を続けている。

 帰蝶は後ろを振り返ると、皆はこれ程快適にも関わらず今にも吐きそうな顔をしている。


「一点をじっと見つめているから気分が悪くなるのよ!外を見て気楽にしてなさい。怖くないから。そもそも、飛行機が壊れても、墜落はしないから。」


 慰めてみるが、無意味だった。


「ダーリンは大丈夫よね。」


 隣を見ると昨日よりも平気そうな顔をしている。


「昨日よりはマシだな。」


「宙返りしていい?錐揉みとか?」


「そんなことしたらセスナの中は大惨事だぞ。止めとけ。」


「分かったわよ。私のセスナが汚れたら全員で掃除してもらうから。」


 飛行機は浜名湖上空辺りから機種を北西に向ける。左手に渥美半島その先に三河湾が見える。

 三河湾を左に見ながら北西に北上して十五分ほどで那古野城上空に到着した。

 那古野城上空で停止し、ゆっくり下降し始める。

 那古野城内が何事かと騒がしくなる。那古野城の三の丸の曲輪にセスナを止めた。周りを銃を持った兵士が取り囲む。吉法師が外に出ると安堵あんどの溜息が漏れた。


「爺、いたか。」


「若様、これは何でございますか。ご旅行はかなり時間がかかりましたね。」


「これは飛行機だな。それと時間がかかったのは今川を救っていたからだ。同盟の話をまとめて来たからだ。末森の親父殿に来月同盟の調印に今川義元がこの城にやって来ると伝えろ。それから、こいつは滝川一益。俺の銃部隊に入れる。近所に家を用意してやれ。家具もな。それまでは客間に住まわせるから用意しておけ。」


「は。承知しました。あ!これは、これは帰蝶様お久しぶりで御座います。」


「あら、政秀。元気?あ!政秀さん、これ乗りたくない?楽しいわよ。明日乗せて上げるわ。」


「いえ、結構でございます。」


「何?断るの?爺の分際で断るの?断らないわよねぇ?明日が楽しみだわ、一度断ろうとしたわね。もしかして虐め?嫁に対する虐めなの?うぅぅぅ、私泣いちゃうわ。ダーリン、爺が虐めるの。私泣いちゃうぅぅぅぅ。」


「帰蝶様、明日乗りますので。泣かないでください。」


「は?泣く訳ないじゃない。振りよ、泣き真似よ。さぁ、爺、明日は覚悟なさい。」


「帰蝶。爺をあんまり苛めるんじゃないぞ。」


「爺って、政秀はまだ52歳よ。まだ若いじゃない。老人ではないわよ。」


「爺、今から風呂に入るから一時間後に食事を用意してくれ。帰蝶、俺が風呂入れるからちょっと待ってくれ。」


「早くしてよね。私ずっと運転で疲れてるんだから。」


 吉法師は露天風呂にお湯を溜めると帰蝶を呼んだ。


「帰蝶、入っていいぞ。」


「ありがと、一緒に入る?」


「若いうちから一緒に入ったらダメだろ。だから珠と一緒に入って体洗ってもらうから。」


「だからと言って、他の女と入って良い事にはならないでしょうが。」


「何言ってるんだ?珠は公認愛人一号だぞ。駄目なわけないだろ。」


「( ̄□ ̄#)」


「なんて顔してるんだ、帰蝶。」


 こうして尾張の一日は終わり、尾張の夜は更けてゆくのであった。



 そして、翌月、天文十三年皐月、今川義元が京へ向けて大群二万を擁し駿府の城を出発した。

 人々は噂した、とうとう御屋形様が天下を取りなさると・・・




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