第35話 駿府旅行 六

 三河の海沿いを走る。日が昇り始めてそれほどの時間は経ってはおらず、吹く風は少々冷たい。先程もらった地図を確認する。地図と言っても本ではなくARだった、目の前に地図が見える。確認するとここらは形原かたはらという地名でこのまま海岸沿いに行けば左1.5キロほど北東に深溝城が見えるようだ。そこの武将や兵士に見つからないように慎重に進まなければいけない。


 暫く進んだ、そろそろお城が見えてくる頃だ。


「このまま海岸沿いに進むけど、もうそろそろ左側にお城が見えるかも知れないぞ。兵士がいるかも知れないから隠蔽魔法を掛けてくれ。」


「分かったわ。はい。掛けたわ。ねぇ、あれじゃない。遠くの丘の上にある屋敷、あれがお城?お城?只の屋敷だよね。何城?」


「深溝城らしいぞ。」


「なんか、屋敷に毛が生えたというより、産毛が生えただけというか、やっぱりただの屋敷だよね。」


「そうだな。岡崎城が大きいんだろう、多分。それでこっちが小さいのかな。」


 城を左手に見ながら何事もなく進んで行く。


「次は吉田城の北側2キロ北を通過して東門沢から山を越えるか、吉田城のすぐ横を通って南下して半島を遠回りするかだな。どっちがいい。安全なのは山越えだろ。」


「じゃ、山越えで。」


 話していると馬に乗った武士らしき者が五名で馬を小走りさせながら移動している。方角から深溝城へと向かっているようだ。帰蝶は気にする必要なはない、隠蔽の魔法掛けているから大丈夫だと言う。吉法師御一行は武士の一団を気にせず武士の十数メートル離れたところを通過した。しかし、武士はこちらをあんぐりと口を開けて見ている。驚いている。確実に車を認識している。などと考えていると武士たちは吉法師たちを追いかけ始めたのであった。


「おい、追いかけて来たぞ。」


「隠蔽の魔法も、これだけ見た目が大きいとさすがに気づくみたいね。」


「撃ちましょうか。」


「珠、それは駄目だぞ。警戒される。兎に角逃げるぞ。」


 しかし、畑の中の一本道ではあるが狭く曲がっている上に舗装されていないから速度を出せない。馬を引き離せない。


「珠、妻木。銃で馬の足元を狙って馬を驚かせろ。フルオートで連射した方が驚くと思うぞ。」


「はっ。」


 そう言うと二人は銃を持ち屋根の上に上がった。馬の足元に狙いを付けて銃をフルオートにして弾を放つた。すると連射の反動で馬と人一人に弾が命中し落馬した。


「申し訳ございません。武士一人に弾が命中しました。」


「当たったものは仕様がない。これで逃げおおせられるだろう。」


 しかし、武士三名は諦めなかった。依然として追い掛け続ける。


「ダーリン。ここ松平よ。揉めるのは良くないわよ。」


「どうして、松平は敵だろ。皆殺しにするか?」


「止めて!これ以上問題を大きくしないで!」


「じゃあ飛んで逃げるぞ。」


 車が飛んで物凄いスピードではるか彼方へと飛び去るのを武士三人はあんぐりと口を開けてみているのであった。


「今のは妖怪か?」


「そうだな物の怪だな。鬼だろうな。」


「そうか鬼か。空飛ぶ鬼だな。」


「急ぎ深溝城へ知らせろ。空飛ぶ鬼が出たと。俺は吉田城へ知らせる。お前は野田城だ。」


 こうして駿河・遠江・三河の今川領三国で空飛ぶ鬼の包囲網が始まるのであった。


「今のは危なかったな。」


「危なかったじゃないわよ。一人撃っちゃったのよ。今川に宣戦布告したのも同然よ。」


「でも、尾張の若様御一行が撃ったとは分からないだろう。徳川家康のせいにするしかないぞ。」


「でも、これからの行動が取りにくくなるわ。」


「空飛ぶ鬼が出たとか言って警戒してたりしてな。」


「どうして鬼になるのよ。ただの車じゃない。」


「いや、車を知らないから物の怪だと思うだろ。物の怪って言えば日本じゃ鬼だろ。鬼が襲ってきたと思ってるかも。」


「そんな訳ないじゃない。ねぇ、ダーリン、何笑いこらえてんのよ。何かムカつく・・・そもそも私鬼じゃないわよ。」


「分かってるって。お腹空いたね。お昼ご飯作って。」


「どうして私が料理するのよ。ご飯作って。お腹が空いたわ。」


「やっぱ、鬼じゃねーか。」


「何か言った!?」


「いえ何も。もう直ぐ蒲郡って村があるけど、食堂って無いのかな。」


「嫌よ。有ったとしてもそんなところで食べたくないわ。車の横にテーブルとイス出して。そこで優雅にお茶するわよ。コーヒー無いの?胡椒とコーヒーも買い付けに行かないとね。魔力増強するデバイス作ればマッハで飛ぶVTOL機作れるでしょ。」


「垂直離着陸機造るの?」


「そうよ。当り前じゃない。UFOと言えば垂直離着陸がスタンダードよ。」


 暫く行くと蒲郡の海岸に到着した。沖に島が見える風光明媚な海岸だ。心地よい風が潮の匂いを運んで来る。


「この海岸でご飯にするぞ。やっぱり日本人は一日三食だな。二食の風習は止めさせないと。日本人が小さくなるぞ。」


 吉法師は土魔法でテーブルとイスを作り焼いた肉を並べた。


「また肉?飽きない?魚食べたいな。捕って来て。」


「無理、帰蝶、我儘ばかり言わない。後で漁村で買ってあげるからな。」


 四人で昼食を食べのんびり沖に浮かぶ島を眺めながらお茶を飲んで寛ぐ。


「ねぇ、ダーリン。あの島何?」


「あれは竹島だな。千歳神社があるぞ。安徳天皇の養和元年に、藤原俊成卿によって創建されたらしいぞ。」


「養和元年って何年よ。」


「西暦1181年だな。」


「それ神様から貰った地図で分かるの?凄い地図ね。」


「遠くで牛が鳴いているぞ。馬の鳴き声もするな。のんびりと寛げる時間だな。ん、馬の鳴き声多くないか?多いぞ。」


 気付いた時には兵士に囲まれていた。


「おい、鬼!大人しく捕縛されろ。」


「大変だ帰蝶。呼ばれてるぞ。」


「なんで私よ!私じゃないわよ。」


「気を付けろ!」


 兵士たちが口々に騒ぎながら威嚇してくる。


「鬼は石を投げて馬と人間を殺したらしいぞ。化け物だぞ。物の怪だぞ。」


「大変だ帰蝶。お前のことが知れ渡ってるぞ。」


「なんで私よ。しかも、殺したのは珠でしょ。」


「黙れ鬼!大人しくしろ。石を持つなよ。くそー幼女の皮をかぶってやがるぞ。幼女を殺したのか。幼女を食ったのか。幼女の皮をかぶった鬼め。」


「ありゃ、恐ろしい顔をしてるぞ、幼女の恐ろしい顔をした鬼だ。」


「恐ろしい幼女だ。」


「あー、恐ろしい、鬼幼女だ。」


 余りの言い草に吉法師は反論した。


「違うぞ。鬼幼女じゃないぞ。鬼嫁だぞ。」


「それも違ぁ-う!!」帰蝶もすかさず突っ込む。


「いやそれは違わないだろ。なぁ、珠、妻木。」


「そ、そうですね。それは間違いないかと。」


「珠、妻木後で覚えてらっしゃい。裸にして木に括りつけるわよ。」


「おっ、それいいな。頑張れ帰蝶。」


「何を頑張るの!」


「おい。兵士たち。俺は徳川家康だぞ。控えろ。」


「黙れ、鬼の部下。」


「なぁ、やはり帰蝶が鬼らしいぞ。俺は部下らしい。」


「うるさい!」


「飯作らないから鬼と呼ばれるんだぞ。」


「違うだろ!」


「おい兵士たち。俺は徳川家康だぞ。旧姓は松平だぞ。」


「ま、松平様ですか。」


「あーそうだ。改名して徳川家康にしたぞ。」


「そうですか、鬼を捕らえられたのですね。」


「まぁ、そんなところだな。ところで腹が減ってないか。美味しい肉を食わせるぞ。」


「本当でございますか。」


「あー俺の部下にしたいくらいだからな。俺が有名になったら部下にしてやるぞ。そのあたりに座れ、今から肉を焼くからな。」


「はっ、ありがたき幸せ。」


 こうして吉法師は肉を兵士全員に与えるのであった。


「これは美味しい肉ですね。美味しい。ところで、その大きな小屋は何ですか。」


「これは秘密兵器だな。」


「それで鬼を捕まえたのですか。」


「まぁ、そんなところだな。それからこれは鬼だが俺の嫁だ。安心しろ。」


「それは凄いですな。鬼を嫁にされているのですか。鬼嫁ですな。」


「そうだ。まさに鬼嫁だな。」


「ちょっとダーリン、後で電撃お見舞いするわよ。」


「電撃とは何でしょうか。」


「それで相手を痺れさせるんだな。動けなくなるぞ。」


「それはそれは。まさに鬼ですな。」


「そうだ、まさに鬼だな。」


 帰蝶の顔は真っ赤になり怒りを我慢するのが大変であった。


「しかし、奥方様は赤鬼ですな。」


「そうとも言うな、赤鬼だな。」


 そうして帰蝶の怒りが爆発し、その電撃で兵士はもとより吉法師も痺れたのであった。


「分かったか、これが電撃だ。もう鬼とは言わない方が良いぞ。」


「ま、未だ痺れております。これは痛いですな。」


「全員飯食べたな。それじゃ俺は先を急ぐぞ。」


「もしかして駿府に行かれるのですか。」


「なぜだ。」


「今川義元様に、鬼を捕らえた報告に行くのかと思いまして。」


「おっ、それいいな。鬼を捕らえた報告に行くぞ。先触れを出しその旨を駿府の御屋形様に使えてくれぬか。」


「はっ、承知致しました。」


「俺の顔をよく覚えておけよ。有名になったら部下にしてやるからな。」


「ははっ。」


 こうして吉法師御一行は求人募集をしながら駿府へと向かうのであった。











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