第31話 駿府旅行 弐

 尾張の春は心地良い風が吹く。車で飛ばせば尚更心地よい風を感じる事が出来る。吉法師、帰蝶、珠、妻木の四人を乗せたハンビーは快調に進んで行く。


 道は良く分からないが海沿いに行けば、到着するだろう。道は現地の人に聞けば分かるだろうと安易に考える吉法師であった。

 尾張の領地は色々行ったから少しは詳しくなった。先ずは南へ熱田神宮の近くを通り鳴海城へ向かう。鳴海城は山口教継のりつぐが城主を務めている。


 到着するといつもの如く魔物でも現れたかのように車に槍を向けて警戒して来る。


「那古野城から来た吉法師だ。城主の山口殿はいるか。」


 城内へはいり車を降りると畳の部屋へと通された。上座には山口教継のりつぐが座っていたが、吉法師は上座に座らされた。


「今日は如何されたのでしょうか。今は吉法師様がほぼ全て取り仕切っておられるとか。」


「今日はちょっと挨拶に寄っただけだ。ついでにな。」


「そうですか。今後ともよろしくお願いいたします。」


 丁寧なあいさつをして来た。すると、突如荒々しく、まだ二十歳かそこらの少年の様な武士が入って来た。


「何だ、未だガキじゃねぇーか。なに偉そーにしてるんだ。」


「いや、偉そーにしてるのはお前だろ。少しは控えろ。こいつは息子の教吉のりよしです。」


 すると叱られているのも気にせず聞いて来る。


「外に置いてあるでかいのは何だ?俺に呉れ。」


 吉法師はあきれた。現在ガキとは言え、尾張の政務と軍事を取り仕切っている吉法師に対してクソガキ扱い。吉法師はその傍若無人ぶりに呆れると共に、とある人物像と重なった。それは父親の葬儀で位牌めがけて焼香の灰を投げた人物である。


「お前が織田信長かぁ!」


「違ぁーう!」帰蝶が突っ込んだのは言うまでもない。


「おい、教継のりつぐ、息子をしっかり躾けないと自分の価値を下げるだけだぞ。息子の為にも良くない。今回は許す。次回は無いぞ。」


 気分を害されたので早々に鳴海城を後にした。


「あいつ、凄かったな。あいつが信長どろうな。あの我儘な性格。」


「まだ言ってるよ。違うって。」


「若様、あの息子の性格、そしてそれを許容している父親、かなり自分に甘い自分勝手な性格の様です。早急に対処しないと今川が攻めてくれば寝返るかもしれません。特にこの国境にある鳴海城の城主です。寝返られた場合の影響が大きいです。」


「そうだな。まぁ、使えるうちは使うさ。その内寝返る気にもならないだろう。今川が無くなればな。」


「えー簡単に言うけど。大丈夫。」


「今川は信長が潰す前に潰すさ。」


「違うわよ。裏切る人は。結局は裏切るという事よ。」


「そうだな。もう直ぐ三河あたりは徳川家康の領土になる。そうなれば山口は徳川家康に寝返るぞ。すると、徳川家康が織田信長と同盟結んで山口教継のりつぐとそのバカ息子を先鋒にして尾張に攻めて来るんじゃないのか。」


「いや、それは無いから安心して。」


 もう真実を話してしまった方が良いのではないかと思う帰蝶であったが、いまさら話しても信じないかもしれないと不安にも思う帰蝶であった。


 ハンビーは鳴海城を後にして、暖かで涼しく心地よい春の尾張を沓掛城くつかけじょうへと向かっていく。沓掛城くつかけじょうまでおよそ5キロ。ただ道が悪い。しかも細い。車が通らない。仕方が無いから吉法師は重力魔法を使いハンビーを浮かべ時速100キロほどで沓掛城くつかけじょうへ向かい、あっという間に到着した。しかし疲れる魔法だった。

 沓掛城くつかけじょうに到着すると、浮かんでやって来たハンビーを見た沓掛城くつかけじょうの兵は「すわ、妖怪か。」と槍を向け弓で攻撃して来た。


「待て、俺だ。那古野城の吉法師だ。城主の近藤景春かげはる殿はいるか。」


 子供が中から出てきたこともあり安心した兵士たちは素直に城主に取り次いでくれた。


「ようこそいらっしゃいました。本日はどのような御用向きで。」


「ただの挨拶だ。ところで、お前は鳴海城主の山口教継のりつぐとは仲が良いのか。」


「はい。それなりい付き合いはあります。」


「そうか、それは結構だが今川がもし攻めてきても一緒になって今川に寝返るなよ。織田の軍事力は今最強だ。これが分かるか。これが銃だ。これは近頃この日ノ本へ入って来た火縄銃とはわけが違う。これが今の織田の力だ。寝返る必要はない。国境の城は敵に真っ先に狙われるだろうが安心しておけ。何かあればすぐに駆け付ける。見たろ?空に浮かんだ車。馬の何倍も早いぞ。」


 近藤景治かげはるは、現在の尾張は経済が潤い人口が増加し、兵の数も増えている、しかも最近日本へ入って来たという鉄砲というものを多数所持している事も噂では聞いている。そして、その経済を発展させ軍備を増強させている者こそ吉法師であると。がだ、織田信秀が息子の名前で活動しているに過ぎないのだろうと思っていた。そして息子本人を見ればまだ十歳の子供にしか見えず、その思いは確信へと変わろうとしていた。しかし、吉法師と話してみてその考えが間違いであった事に気付く。山口教継のりつぐからは今川が攻めてきたら一緒に寝返ろうと常々誘いを受けてはいた。しかし、織田の経済状況や軍事力を考えれば今川へ寝返ることが躊躇ためらわれていた。そこへ、空を飛んできた車を見、銃を見て、吉法師と話した時に寝返るべきではないと決心していた。


「ただ一つだけ懸念材料がある。今川が滅びたとしても、この先の三河の元の領主松平家が領地を取り戻すかもしれない。そこに徳川家康と言うのがいる。聞いたこと無いか。」


「いえ、聞いた事はないです。」


 当然である。まだ産まれてもいない。


「その徳川家康が織田信長というやつと同盟結んで尾張を襲って来るかも知れない。それでもそいつらに寝返るなよ。絶対だぞ。約束だぞ。」


 そう言って自分の首を絞める吉法師であった。


「承知致しました。織田信長にはくみしません。ところでこれからどちらへ。」


「これから、修学旅行だな。行き先は内緒だ。」


 吉法師御一行は沓掛城を後にして海岸沿いに駿府を目指し出発した。運転は吉法師、助手席は帰蝶。後部座席に珠と妻木が座っている。後ろから珠が話しかけて来た。


「若様、宜しかったのですか。近藤が今川に密告する可能性もあります。今川領に行くかもしれないと。今川方に知られては途中で襲われるかもしれません。」


「まぁ、賢かったら密告しないだろうな。ただ、今川は大大名だからな。普通に考えれば数が多い方が強いと思うだろうな。しかし、そんな馬鹿なら尾張には必要ない。今川ともども滅ぼしてやるさ。」


「しかし、今川に知られれば今回の旅で今川の情報をつかにくくなりますよ。」


「旅にハプニングは付き物だ。ハプニングが道を開く。死地に活路を見出すんだ。死地におとしいれて後生のちいくという事だ、孫武だな。」


「ねぇ、これから地理が良く分からないわよ。どこかに神社無いの。」


「どうするんだ。」


「神様にお願いして、地図出してもらおうと思って。ただ海岸沿いを走行してたら目立つし、近くに城もあるかも知れないから通報されるよ。」


「村があったら神社もあるんじゃないか。取り敢えず海岸沿いに東へ進んで村を目指そう。」


 吉法師と帰蝶と珠と妻木を乗せたハンビーは今川領に突入した。海岸沿いに駿府を目指して走って行くのであった。




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