第20話 戦闘訓練

 雲一つない晴天に恵まれた盛夏の尾張は陽光が恫喝しているかのように容赦なく大地を照り付け、熱せられた空気はさながら薪をくべた火の様に渦を巻き上空へと立ち昇る。


 那古野城の前には既に弓兵三十名が立ち並び吉法師の参上を待っている。誰もが暑さで朦朧とした意識下で「早く出て来いよ、馬鹿様が。大うつけが。糞が。」と思っているとしても口には出さない。


 一方、吉法師は未だエアコンの効いた涼しい部屋で西瓜を食べていた。


「ふー、食ったな。では兵を訓練しに行って来るぞ。帰蝶お前も来るか。」


「はー?なんで私が行くのよ?こんなか弱い乙女を尾張の真っただ中に立たせようって言うの?平和的生存権が害されるわ。」


「帰蝶、紫外線の字が違うぞ、尾張に対する悪意を感じるぞ。お前は本当に鬼嫁だな。実はお前が信長なんじゃないのか。」


「そんなわけある訳ないじゃない、早く行って来なさい。」


 と尻を叩く帰蝶であった。


 弓兵達はかなり遅れて登場した吉法師をの降り注ぐ直射日光の下で苛立ち、うつけに対するいきどおりを込めて見つめている。


 すると吉法師は兵士たちの前に立ち、空に向けてアサルトライフルを連射した。


 余りの轟音に兵士たちは驚愕し中腰になって吉法師を恐怖の表情で見つめている。


「おまえら、今三十発撃った。この一発で人間は死ぬ。これだけで三十人は殺せる。お前らが全てこの武器を持って敵に挑めば、たったそれだけで900人を殺せるという事だ。しかも弓よりも離れて敵を殺せる。お前らは怪我をすることも無く相手を殺せる。しかも、弾は一瞬で交換できる。そうすれば1800人を殺せるという事だ。この武器をお前ら全員に渡す。これでお前らは無敵だ。織田信長何するものぞ!」

 言い放つと更に銃を空に向け轟音と共に30発の弾丸を撃ちつくす。

 兵士たちから歓声が上がった。

 死の恐怖があるいくさから、死の恐怖が拭い去られた喜びからか、それとも、いくさに使う強い武器を与えられる事の単純な喜びからかは分からないが、兵士たちは歓喜していた。

 最早、この中に吉法師を馬鹿様だ、大うつけだ、糞だ思うものはいなくなった。爺を除いて。


 その頃、政秀は縁側で茶を飲んでいた。今日は別の仕事があるから吉法師の勉強は中止だと信秀に止められていたからだ。

 すると外から爆音が鳴り響く音が聞こえた。

 政秀は思った。


「また、あの馬鹿様は。大騒ぎをしおって。何をやってるんだか。だからいつまでたっても馬鹿様なんじゃ。」


 と、茶をすする政秀である。


 今日も政秀は平和であった。


 屋外では炎天下の中、吉法師が銃の使い方を教えていた。


「これがトリガーだ、ここを引けば弾が出る。が、撃つ時以外は指をかけてはいけないぞ。指は伸ばしてトリガーの周りのトリガーガードの上に置いておけ。そして、撃つ時以外は人に向けるな。これは大事だからな。間違えたら死ぬぞ。間違えて帰蝶にでも向けたに日には一族郎党殺されるぞ、帰蝶に。あいつは鬼だぞ。これから銃を渡すがまだ弾は渡さない。使い方を覚えたら渡す事にする。それから、銃の件は機密だ。もし、他国に漏らしたり、いくさのドサクサに紛れて他国へ持ち出したりすれば、俺が殺す。」


 そうして、銃を兵士全員に渡し、使い方をレクチャーした。


「次は弾を一人十発ずつ渡す。弾を込めた後で銃を俺に向けるなよ。たとえ間違いでも向けたヤツは殺す。本気か間違いか分からないからな。」


 そう言い弾を配る。


「先程教えたように、このサイトの点と的を合わせろよ。そして合ったら引き金を引け。」


 そして、三十人が横に並び一斉にまとを撃ち始める。一人十発ずつ丁寧に狙い、そして撃つ。その動作を繰り返す。終了すると的を見て中心に当たっている数の多い兵を右から順番に並ばせた。


「今一番右にいる兵が一番良く的を撃ち抜いたという事だ。つまり、一番高い給金が貰えるという事だ。左へ行くにしたがって少なくする。その日の最後に順位を付ける。毎日並ぶ順番は変わるぞ。金が欲しければ努力しろ、どうすれば的に当たるのか考えろ。そして上に行け。どんどん上に上がるごとに給金が増えるぞ。各自努力しろ。」


 今日の訓練は終了となった。自分の銃だと分かる様に名前を書いた札を付けさせ、銃を回収した。


 そして吉法師は帰蝶の待つ部屋へと帰って行った。


「帰蝶。疲れっちゃったよ。」


「どうしたの、突然甘え始めて?」


「俺八歳だよ。でも母親には嫌われてるし。弟と一緒に末森の城に住んでるんだよ。まいっちゃうよ。乳母はいるけど所詮は乳母だし。」


「なんか、喋り方が偉そうじゃないね。」


「あれは、対信長の戦略だよ。侮られないための。どうしても前世の記憶があるから、気を抜けば普通になっちゃうよね。」


「だったら私の前だけは気を抜いて普通に喋ってね。私は裏切らないから。」


「ホントに裏切らない?それいつか裏切るってフラグじゃないよね。」


「立ってないよ。」


「でも、母親はいつだって弟の味方して、弟も俺に対して敵対的なんだよな。はっ!そうだ!そうかも!いや、絶対そうだよ!」


「って、何が?」


「いや、弟だよ。弟が織田信長だよ!絶対だよ。もう決まりだ。」


「ちょっと、ちょっとぉ。そんなに簡単に決めない方がいいよ。ダーリンが決めてもしょうがない事だし。」


 いや、それ絶対違うし・・お前だし・・・とは言えない帰蝶であった。


「そうだよな。そうだ!今から車作りに行くぞ。目指すはハンビーだな。MRAPでもいいな。」


「何よそれ?」


「米軍の後方支援用の車?かな。道ががたがただし、四輪駆動は必須だろ。後、最低地上高もある程度無いとデコボコ道でスタックするかもしれないし。屋根の上には機関銃だな。」


「分かんないけど。任せるよ。シートには綿入れる?」


「そうだな。周りは牛皮で中に綿だな。ウレタンつくれればいいけど。原料が分からないしどうやって作るのかも分からないからと無理みたいだし。原料はどうしても必要だよね。」


「なるほど、鉄の豊富な場所に行くんだね。」


「そうだな。他にアルミとチタンがあればいいんだけど。この辺りの鉄は取り尽くしたからね。銃用に。徒歩で行くよ。」


「ホント、車ないと不便だよね。バスも地下鉄も無いし。」


「俺、帰ったら風呂に入りたいぞ。」


「お風呂あるの?」


「無いな。」


「どうするの?作る?」


「帰ったらもう魔力無いかもしれないから今日は無理かもな。でも風呂に入りたいな。」


「だったら、今日はお風呂作って明日車造りに行こうよ。」


「そうだよな。明日午前中車作って午後に訓練だな。今日は訓練で汗かいたから風呂には入りたいしな。庭に作るぞ。囲いも立てて。爺、爺はいるか。」


 外に向かって爺を呼ぶと遠くの方から足音が聞こえ程なくして政秀はやって来た。


「は、ここにいますぞ。」


「爺、明日の銃の訓練は午後からだ。午前中は忙しい。今直ぐ弓兵に伝えてこい。」


「はっ、直ちに。」


 そして、政秀は予定の変更を伝えに行くのであった。


「帰蝶、今日、銃を盗みに誰か来ると思うか?」


「あー、来るかもね。敵の間諜は何処にでもいるからね。特にあれだけでかい音出してたら間諜でなくても気が付くよ。」


「だよな。だから、銃は金庫を作って入れて置く。風呂と金庫を作るぞ。そしてダミーの銃を置いておけば、間諜が誰か分かるし誰が命じたかもわかる。まぁ、命じたのは清州か岩倉の織田だろうけど。弟が信長だと判明した今となっては清州も岩倉も余裕で倒せるな。」


「いや、判明してないから・・・」


 理由は言えない帰蝶であった。

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