第16話 同盟 壱

 那古野城の朝は早い。今日は捕虜の引渡しと同盟締結の日だ。そして、帰蝶を連れて帰る。どうだ織田信長、これでお前に一つ勝てるぞ。


「親父殿もいくのか?」


「当り前だろうが。」


「だったら、少々多めに兵を連れて行っても良いぞ。不安だろうからな。」


「当然だ。100名は連れて行くぞ。」


「はっ!臆病者だな。爺、爺は何処じゃ。」


「は、ここですじゃ。」


「先に出るぞ。」


「時間は正午ですぞ。」


「早く行って、誰かが隠れてないか調べるだけだ。」


「行く前に勉強はせぬのでございますか。勉強したくないから早く行くだけではないのですか。どうせ、馬鹿様は付いて行くだけでしょうから。」


「そうだ俺は付いて行くだけだ。って俺は馬鹿様じゃないぞ。付いて行くだけでもない。」


 こうして、まだ日が昇ったばかりの早朝の那古野城を出発し、護衛もつれず馬に揺られながら聖徳寺へと向かう政秀と吉法師であった。那古野の早朝はまだ日が出たばかりだが既に噎せる様な熱気と湿気が二人に纏わり着き心地よさとは程遠い蒸し蒸しした気候になっている。

 那古野城から北西に直線距離で20km弱、二人は凡そ一時間強で富田に辿り着いた。


「爺、ここで待て。」


「爺は犬ではないですぞ。」


「お代わり!」


「だから、犬ではありませんぞ。」


「ちょっと行って来る。」


 そう言うと、吉法師は隠蔽の魔法を使い辺りを散策し始めた。

 暫く歩くと建物の中を慌ただしく人々が出入りするのが見えた。その様子を眺めていると見た事のある男とその連れが建物の中へと入り床几椅子に腰掛け寛ぎ始めた。この道はこれから俺たちが通る予定の道だなと気付いた吉法師は、その男の目的を悟りその建物の中へと侵入した。当然周りの部下と思しき人々は訝しむのだがあまりの堂々とした態度に誰も咎めない。


「義父殿、久しぶりだな。こんなところに隠れて尾張から来る信秀一行の行列を見物するのか。」


「これは婿殿、よく気が付いたな。朝早くから来て下見か。良い心がけだな。」


「帰蝶はまだ来てないのか?」


「まだ来てはおらん。後で来るぞ。」


「そうか、楽しみだな。それから、先日渡した銃は持ってきたか。一か所不備が見つかった。あれでは弾が真っ直ぐに飛ばない。」


「持ってきたぞ。これだな。」


「貸せ。」


 大仰にそう言うと、銃を受け取り、魔法でバレルにライフリングを刻んでいく。


「この中を見てみろ。溝が沢山あるだろ。これで弾道が安定し真っ直ぐに飛ぶぞ。」


「それはありがたい。少し離れれば弾が同じ所を狙っているのに違う場所に着弾するので困っておったのじゃ。弾ももう無いぞ。」


「弾は持ってきたぞ。これだ。薬莢は返せよ。それが有れば弾頭と火薬を詰めてまた使えるからな。」

 そう言うと肩から掛けたバッグに入れた弾頭を取り出し渡す。このバッグは便利だからと侍女に作らせたものだ。


「ところで、今回の件について義龍は何か言っていたか。」


「何も言わんが。苦虫を潰したような顔をしていたぞ。あれは、土岐頼芸よりよしを実の父親と思っておる顔だな。」


「そうか、頼芸よりよしを殺害すれば義龍は反乱を起こすのではないのか。気を付けた方が良いな。ところで、頼芸よりよしは、俺は見た事はないが体が大きいのか。」


「いや普通だな。どちらかというと小柄だな。」


「なぁ、義龍は本当は誰の子だ?」


「それが分からんだな。頼芸の子であっても、俺の子であっても可笑しくはない状況だったからな。」


「だが、普通に考えれば義父殿の子だろう?」


「どうしてだ?」


「遺伝というのを知っているだろ。親が体が大きければ息子もデカいと言うやつだな。下ネタではないぞ。義龍は体は大きいな。そして義父殿もな。可能性としては義父殿の息子の可能性が大きいぞ。」


「そうだな。それを根拠に説得してみるか。」


「そうだ。それが真実か虚構かに関わらず説得出来無ければ美濃は荒れるな。納得させた上で処刑しろよ、義父殿。生きてもらわねば困るぞ。」


「任せろ。」


「それと、あと二丁銃を渡す。これを腹心の部下に渡し守らせろ。信頼のおける部下にだぞ。」


「ところで、お前はこの銃を何丁持っとるんだ。まぁ秘密だろうが聞きたいと思ってな。」


「百丁ほどだな。」


 そう言った後、義父殿に耳打ちした。本当は十丁ほどだ、間者がいては困るからな・・・まぁ百丁ならすぐに作れるがな。


「百丁なら一斉に三万発を発射できるという事か。凄まじいな。」


「そうだな。一万の兵でも100人で倒せるかもな。そろそろ、親父殿が来るな。義父殿はここで行列の見物でもしててくれ。それじゃ調印の席でな。あ、そうだ。未だ織田信長は接触してきてないか。」


「まだ来てはおらんぞ。」


『絶対、同盟なんか結ぶんじゃないぞ。あいつは大悪党だからな。殺されて頭蓋骨で酒を飲まれるぞ。気を付けろよ。」


「気を付けるぞ。」


 そう言うと政秀の元へと向かう吉法師であった。自分の首を絞めながら・・・




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