第10話 篭絡

 夏の尾張は午前中も熱い。既に日は昇り始めたとは言うもののまだ頂点まで登るには一刻半は掛かろうかという頃合いにして既に盛夏の光の洗礼を大地に浴びせながら湿度と気温を上げ、噎せた熱気を人々の周りに纏わりつかせ不快な気分を上げ続けている。

 吉法師はいつもの如く縁側で寝そべり思考する。そう言えば俺のフィアンセはどうしてるかなと浮かんだ途端ある考えに思い至った。

 そう言えば、俺は未だフィアンセの顔を見ていないぞ。それよりもすっかり蝮との約束を忘れていた。これじゃまるで子供だ。蝮との約束を果たしに行かないといけない。約束を果たさなければ、信長が蝮の娘をめとってしまう。


「爺、爺はおらぬか。」


「ははぁ、ここにおりますぞ。若様、早く朝の勉強を始めますぞ。」


「そんな事より大事な事が有るぞ。蝮との約束を果たさないと蝮の娘が信長に取られてしまうのだ。」


「若様、またそんな世迷いごとを。馬鹿様が蝮と会えて、あまつさえ、交渉するなどあり得ぬではございませんか。夢でも見たのでしょう、この馬鹿様は。」


「あー、また馬鹿様って言ったぁ!しかも二回も。罰じゃ、親父殿のいる那古野城へ連れていけ。」


「もう、勉強はされぬのでございますか。そんな事だから馬鹿様と呼ばれるのでございますよ。」


「だから、そう呼んでいるのは爺だけだろ。とっとと馬を用意せよ。」


 そして、政秀と吉法師はまだ日の高く昇らぬのに既に熱い尾張を馬に跨り那古野城へと向かうのであった。


 那古野城は勝幡城の東に15km程の場所にある。二人は1時間もしない内に那古野城へと到着した。吉法師は考えた。何の知識もない現状でははったりをきかせるしかないなと。


「おー、親父殿ここに居たか。今日は話があって来てやったぞ。」


「吉法師、何しに来た、ここはお前が来るところではないぞ。」


「何を言うとるんだ親父殿は。ここに俺じゃなくて誰がいる場所なんだ。」


「何でお前はそう偉そうなんだ、いつもいつも。誰が教育したんだ。」


「政秀だ。文句があるなら政秀に言え。俺はまだ子供だ文句を言われる筋合いはない。犬が御手をしないのは飼い主が悪い。」


「また、訳の分からぬことを。お前はそんなこと言ってやりたい事しかやらぬからうつけだ、阿呆だ、馬鹿様だと言われるんだぞ。」


「言いたい奴には言わせとけ。」


「で、何用で来たのだ。」


「先日、蝮と話した。」


「話した夢を見たのか?」


「ちがーう!実際に話した。端的に言う。土岐頼芸よりよしを蝮に渡せ。」


「何を言うとるんだ、お前は。お前は政治の事も何もわかっとらんじゃないか。いいか、織田が美濃の守護土岐頼芸よりよしと子の頼次よりつぐを匿っとる。そして、越前で朝倉が土岐頼純よりずみを匿っとる。その朝倉孝景と連携して斎藤を破り美濃を取るのだ。そんなことも分からんからお前はうつけと呼ばれるんじゃ。」


「うつけは親父殿じゃ。朝倉に何の力がある。朝倉は自家保守一辺倒で何の努力もせぬ、何の新しい事をしようともせぬ。結局はいざとなれば自家優先で直ぐに逃げるぞ。それに比べ蝮は成り上がり者だ。右肩上がりでこれからも伸びて行くだろう。ここで朝倉と手を組めば朝倉と共に没落の一途を辿るのは目に見えとる、それが分からんのか、親父殿は。ここは、頼芸よりよし親子を蝮に返し同盟を結ぶ。そして娘を俺の嫁にするんだ、それで上手く行くぞ。早くしなければ、大変な事になるぞ。」


「お前の言う事も一理あるような気がするしばらく時間をくれ。それより大変な事とは何じゃ。」


「親父殿は知っとるとは思うが、織田信長と言うのがいる。早く親父殿が同盟を結ばないと、その織田信長が蝮と同盟を結び、蝮の娘を手に入れて尾張を手中に収めるぞ。だから早く同盟を結べ、親父殿。」


「織田信長か?織田というからには家中の誰かか。知らんな。聞いたことが無いぞ。じゃが、気を付けておこう。その信長という男はそれほどの野心を持っとるのか?」


「そうだ。気を付けておかないと、斎藤と同盟を結び徳川家康とも同盟を結びこの日ノ本を手中に収めるぞ。」


「本当か?徳川家康と言うのは聞いたことが無いが、それほどの人物か。まぁ子供の言う事だから話半分だな。」


「親父殿明日まで待つぞ。それまでに決めてくれ。もしその前に開戦でもしようものなら、斎藤との同盟が不可能になるぞ。そうすれば織田信長の思う壺だ。だから呉呉くれぐれも開戦だけはするな。朝倉なんぞ放っておいてもその内その信長に滅ぼされるだけだぞ。賢い親父殿の事だ、当然俺の提案に乗って来ると思ってるぞ。八歳のクソガキの言う事が聞けるかなどと変なプライドが思考の邪魔しないとは思うがな。」


「プライドとはなんじゃ。」


「自尊心だな。自惚れともいうな。自信過剰かも知れん。ま、自己に対する過剰評価だな。オーバーエスティメイトだな。」


「何を言うとるんだ、半分は意味が分からんぞ。まぁ、明日まで待て。」


はやるなよ、親父殿。」


「そうだ吉法師、この城をお前にやるぞ。俺は別の城へ行くぞ。」


「本当か?那古野城をか。金のしゃちほこは何処だ?」


「何だそれは?そんなものはないぞ。」


「だったら自分で建てるぞ。」


 そして、吉法師は政秀の元へと向かうのであった。


「待たせたな爺、城へ帰るか。それからこの城貰ったぞ。今度こっちへ越して来る。というか、明日また親父殿の返事を聞きに来るのだが明日こっちへ越して来るぞ。」


「そうですか。勝手になさいませ。爺は準備があるので簡単には越してこれません。」


「お、そうか?だったら越して来るまで勉強はお休みだな。」


「若、お休みも何も平常いつも勉強ははしないではないですか。」


「 (∀`*ゞ)テヘッ 」


 今日も織田家は平和であった。

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