第3話


「この世には、いろんな世界が同時に重なっているのさ」


 ギーナさんの話は、不思議なことだらけだった。

 あたしとユウお兄ちゃんは、こっちで生まれる前、もとはギーナさんたちがいた別の世界で生きていた。

 そこは普通に魔法がある世界で、トカゲや猫みたいな顔をした人だとか、巨人や小人みたいな人たちがたくさん暮らしている世界なんだって。

 国はいくつかに分かれていて、それぞれに王様がいて。王様がいるんだから、当然、王子様やお姫様なんかもいる。王宮につかえる騎士だとか、魔術師だとか。ほかには、すっごく大きなドラゴンだとか。

 なんだか、本当にお話とかゲームの世界みたいだなと思った。


 あたしとユウお兄ちゃんは、一度そこで死んだことで、こっちに生まれ変わったんだって。

 死んだ時期が違うから、あたしとお兄ちゃんは十二歳差になっちゃった。

 そのへんのこと、ちゃんと覚えてるわけじゃないけど、あたしはユウお兄ちゃんが死んだなんて聞いただけで、胸のところがきゅーってなった。


「じゃあ、お兄ちゃんがあたしより、十二年早く死んじゃった、っていうことなの……?」

「いや。百二十年だね」

「ええっ!?」

 あたしとユウお兄ちゃんが同時に叫ぶ。

 ギーナさんが苦笑した。

「あっちとこっちじゃ、時間の流れ方が十倍違うみたいなんだ。こっちでの一年は、大体あっちの十年になる。つまり、あんたが生まれて来てから、あっちじゃもう八十年が経っちまってるってわけさ」

「へ、へえ……」


 八十年。なんだかもう、よくわかんない。

 確か、平成の前のショウワっていう時代が六十年ちょっとだったってパパが言ってた。それだって、あたしにしたらめちゃくちゃ昔の話だし。

 それが百二十年って言われたら、もっともっとわかんない。


「つまり、あたし……ユウお兄ちゃんが死んじゃってから、百二十年も生きてたの?」

「……そういうことだね」


 あっちの世界でのあたしは、とある国を治める女王だった。めちゃくちゃ寿命が長いのは、「魔族」っていう種族だったかららしい。

 もともとはユウお兄ちゃん──あっちの世界では「ユウジン様」っていうらしい──と結婚してて、小さな男の子まで生まれていた。

 でも、ある陰謀のためにその子が殺され、次にはユウジン様まで、あたしをかばって死んでしまった。


「あんたは、それで世の中みんなを恨んでね。あたしたちがあんたに出会った頃には、あんたはとっくに、領民や臣下のみんなを滅茶苦茶に虐げる、そりゃあひどい女帝になっちまってた」

「…………」


 ギーナさんのちょっと暗くなった瞳を見て、あたしはついうつむいた。

 あたし、そんなひどいことしてたんだ。

 胸がだんだん、どきんどきんいいはじめる。

 こんなの、ユウお兄ちゃんに聞かれたくなかったかも。がっかりしたり、嫌われちゃったらどうしよう……?

 ギーナさんは、今度はユウお兄ちゃんを見た。


「でも、それは仕方のないことだった。この子はその時、本当にむごいやりかたであんたと子供を奪われたんだ。それも、目の前でね。……おなじ女の身の上として、あたしには十分わかる話さ。あたしだってきっと、同じ目に遭えば同じように……いや、もっともっとひどいことになってただろうよ」

 うんうん、とミサキさんもうなずいている。

「……はい。わかってます」

 ユウお兄ちゃんも、とても静かな声で言った。

「今のキラちゃんは、キラちゃんですし。いまさら変な先入観とか、持つことはないですから。……心配しないで。ね、キラちゃん」

 その手がいつのまにか、あたしの手を握ってくれてる。あたしは耳がかあっと熱くなるのを感じた。

「う、うん……」

 お兄ちゃんの手があがって、そうっとあたしの頭をなでる。

「かわいそうに。百二十年も……。君はたったひとりで、そんな長い時間を耐えたんだね」

「…………」

「どんなに、寂しかったろう。どんなに、つらかっただろうね……」


 そう言われても、あたし自身がおぼえてることじゃない。

 だから、わかんない。

 ……と、思ったんだけど。


「き、キラちゃん……?」


 お兄ちゃんがあわてたような声を出して、あたしは初めて気がついた。

 ふとももの上に置いた手の甲に、ぼたぼた、ぼたぼたとあったかいしずくが落ちている。

 家の中に入れた雪のかたまりが溶けだしたときみたいに、どんどんどんどん、ぬるい水があふれだしてくる。


 胸が痛い。

 きりきりと、ナイフでえぐられているみたい。

 あたしには、分かってた。

 その奥でずうっと眠っていた女の人が、そこで大声をあげて泣いている。

 生まれ変わって、やっとユウお兄ちゃんに会って。

 ずっとずっと、その人が会いたかったユウお兄ちゃんに。


「キラちゃん──」


 お兄ちゃんの大きな手が、隣からあたしをぎゅうっと抱きしめた。


「わあ……あ、あああああっ……!」


 あたしの喉から、あたしのものじゃない、大きな泣き声があふれだす。

 両手でお兄ちゃんのシャツを、ちぎれるぐらいににぎりしめる。


『ユウジン様』。

『ユウジン様──』。

『わたくしも……ずっとずっと』。



──お逢いしとう、ございました……。



 頭のずっとずっと奥のほうで、女の人の声がしたような気がした。

 それからふわあっと、急にあたしの体が軽くなったような感じがした。

 あたしとユウお兄ちゃんの周りに、きらきら光る雲みたいなものがほわっと出てきて。

 それから、ぱあっと飛び散った。


(……さよなら、あたし)


 前のあたし。

 ……キリアカイさん。


 ギーナさんたち三人が、黙ってそんなあたしたち二人を見つめてた。 


 

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