第2話


 大きな猛獣みたいな男の人が、ワシみたいなきつい目でじろっとこっちを見下ろしている。


 うわあ、うわあ。すっごく大きい。

 ユウお兄ちゃんも背が高いけど、それより頭ひとつ分ぐらいは大きいわ。今にも天井に頭をぶつけちゃいそうに見える。すっごく派手な赤い色をした短い髪。鼻の頭のところには、漢字の「一」みたいな傷がある。

 腕にも胸にも固くて重そうな筋肉がもりあがっていて、黒いTシャツがはちきれそう。おでこに汗のつぶがびっしりと浮いていて、見るからに暑そうだった。

 なんだかそう、アメリカの映画なんかで怪獣やエイリアンとかと戦ったりする、かっこいい軍隊の人みたいな感じ? よく知らないけど。


「ギーナのことはもう知ってるわね。こっちの彼はガイア。うちの探偵社のパワー系担当ね」

「なんっだ、そりゃ。俺ぁパワーだけかよ? 『頭空っぽ脳筋ノーキン野郎』みてえに言うんじゃねえや」

 ガイアって呼ばれた人がうなるような声を出し、目をすうっと細めてにらむみたいに見下ろしたけど、ミサキさんは平気な顔だ。

「ちなみにあたしが頭脳系担当。つまりここのボスね。この面子メンツじゃ、パソコン使えるのもあたしだけだし。だからついでに経理担当」

「だーから。ノーキン扱いすんなっつうの。実働部隊は俺らなんだから、ごちゃごちゃ文句言うな」

「うるさいってば。とりあえず、これ飲んで黙ってて」


 ミサキさんが、持ってきた二リットル入りの水のペットボトルを、ガイアさんの胸のところにぐいっと押し付けている。

 なんか、仲がよさそうだなあ。

 なんでかわかんないけど、そう思う。

 ギーナさんはガイアさんとはまるっきり反対で、とても涼しそうな顔。汗ひとつかいてない。もしかして、これも魔法のおかげなのかしら。


「で? あたしらに話があるってことだったけど。一体なんなんだい、ユウちゃん」

「はい。あのう……」


 ギーナさんがゆったりとした色っぽい動きで正面のソファに腰をおろしたところで、ユウお兄ちゃんが話を始めた。





「あ~、なるほどねえ。そりゃまあ、ああいう事があったら気が付くのも時間の問題だとは思ってたけど……」


 予想通りだった。あたしたちの話を聞いても、その場のだれも、全然おどろいた顔はしなかった。

 事務用のくるくる回る椅子に座ったミサキさんは、足と腕を組んで苦笑してる。ガイアさんはソファの背もたれのところに座り、別に表情も変えないでさっきのペットボトルをごきゅごきゅ飲んでる。

 ギーナさんも頬に手をあてて首をかしげ、「さてどう説明しようかね」って顔で、あたしたちを見比べるみたいにしてる。


「あの、どういう事でしょう。やっぱり皆さん、僕らのことをご存知だったんでしょうか? その、ずっと前から……?」

「あー、うん。ま、そういうことになるよねえ」

 ギーナさんはまた、ふわっと困ったような笑顔になった。

「でも、どうしたもんかしらね。あたしたちだけで決めちゃうのもマズイかもよ」

 そう言ったのはミサキさん。

「一応、あの『超・朴念仁ボクネンジンの魔王さま』にもご相談したほうがいいんじゃないの?」


(……え?)


 あたしは耳をうたがった。

 魔王さま?

 もしかして、こっちに魔王様まで来ちゃってるの??

 えーっ?

 ほんとのほんとに、これってマンガか何かのお話?

 それと、「チョウボクネンジン」って何かしら。

 見れば隣のユウお兄ちゃんも、ちょっとぼうぜんとしたみたいな顔になってる。


「ああ、いや。この子たちの件については一応、あたしが一任されてるからね。今はもう引退したけど、ヒュウガはあっちの仕事だって忙しかったし。もちろん『何かあったら相談してくれ』とは言われてるけどさ」

 ギーナさんは自分用のグラスから、麦茶をひと口飲んで言った。

「ユウちゃんのことはともかく、キラちゃんのことはさ……。あの人もずっと気にしてきたんだよ。そりゃ、口に出しては言わないけどさ。最後にきちんと救ってやれなかったこと、ずっと気に病んでたみたいで。……あれはまあ、どうしようもなかったって思うんだけどね」

「ま、それはしょうがねえわ。そこを気にすんのが、あのクッソ真面目な兄ちゃんだかんな」

 にかっと笑って言ったのはガイアさん。


「けどまあ、今はヒュウガ、自分のことで忙しいし。あたしもあんまり、邪魔はしたくないんだよ。司法試験って、勉強がすっごく大変なんだろ? ま、あたしもよくは知らないんだけどさ」

「え、司法試験ですか……?」ユウお兄ちゃんが、急にびっくりした目になった。「すごいですね。優秀な方なんだ」


 と、ギーナさんが「あっはは!」と笑った。ぱっと明るい顔になって、なんだかとっても嬉しそう。


「そうそう、そうなんだよ。でも、ユウちゃんだって大したもんだろ? あっちから来たあたしだって、名前を知ってる学校じゃないか」

「いえ、そんな」


(……『あっち』?)


 あたしはその単語にひっかかって、まじまじとギーナさんの顔を見つめちゃった。ぱっとギーナさんと目が合う。そうしたら、ふわっとその目が優しくなった。

 ギーナさんは苦笑したまま、ふうっとひとつ息をついた。


「……もう、いいかね。言っちまうか。だけど、いいかい? 前にも言ったけど、これも他の人には絶対に秘密にしてもらわなきゃなんないよ? それが守れないってことなら──」

「わかってる! だれにも言わないわ!」


 あたしはすぐに叫んだ。

 どうせまた、「魔法で記憶を消す」ってお話でしょ?

 そんなの、すぐに想像がつくわよ。


「もちろん、僕も約束します」

 まっすぐに三人を見て、ユウお兄ちゃんもきっぱりと言った。

「どうか、教えてください。僕とキラちゃんには、どんなつながりがあるのか。あなたたちは、どこから来たのか。どうして僕たち二人が、同じような夢を見たりするのか──」


 どうかお願いします、と頭を下げたユウお兄ちゃんを見て、あたしもあわてて持っていたスプーンを置き、頭を下げた。

 アナザー探偵事務所のみんなは、そんなあたしたちを見て、ちらりとお互いの目を見合わせたみたいだった。


「……わかった。約束だよ」


 そう言って。

 とうとうギーナさんがゆっくりと、その話を始めた。

 


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