第3話
(『アナザー探偵事務所』……かあ。本当に探してくれるのかしら)
つぎの日。
午前中の授業は、あたしの耳をほとんど右から左へと素通りしている。
国語のノートのはしっこには、「アナザーたんていじむ所」の文字が何回も何回も書かれている。隣には、黒い子ネコの落書きも。
「アナザー探偵事務所」というのは、昨日ユウお兄ちゃんが教えてくれた、近所にあるというスゴウデの探偵事務所の名前だ。
スゴウデってなんだかよく分からないけど、とにかくすごいってことみたい。
ゆうべ。
あたしはもちろん、パパとママからすごい雷を落とされた。それからみんなで、もう一度外を探した。
ルナはやっぱり、見つからなかった。
それで思った通り、パパとママの言い合いが始まっちゃって。
「だから言ったろう」とか「そんなこと言って、あなたは世話なんて、なーんにも手伝ってたわけじゃないでしょ!」とか。
あたし、半泣きになって「ごめんなさい、ごめんなさい」って止めに入らなきゃならなかった。
でも、パパは「オレは仕事で疲れてんだっつーの」とかぶうぶう言いながら、すぐにパソコンで「さがしています」ってルナの写真入りのポスターを作ってくれた。
ユウお兄ちゃんが言うには、その探偵事務所はあたしが生まれたころからこの街にあるらしい。
「探偵」とは言ってるけれど、実際は人さがしとかペットさがしとか、ほかの色んなお困りごとの相談にも乗ってくれるそうだ。ユウお兄ちゃんは、ママにもその話をした。ママもその探偵事務所のことは知っていた。
でも、ママは「とりあえず自分たちでしばらく探してみて、それでダメなら依頼するわ」と返事をした。「だって、けっこうお高いんでしょ」だって。
ああ、そんなんでだいじょうぶなのかしら。
早くしないと、大変なことになっちゃうかも。だって、あの子はまだ小さいんだもん。今まで一度も街に出たことなんかないし。もし、車にひかれちゃったりしたらどうしよう。
あたしは気が気じゃなくて、今日だって学校を休んで、街じゅう歩き回ってルナを探したくてしょうがなかった。でも、もちろんママは「ダメよ」って言った。「ちゃんと学校にいきなさい」だって。
まったくもう! こんなときに。
朝、ユウお兄ちゃんがマンション前で待っていて、こっそりあたしに言ってくれた。
「一応、先に話だけしに行ってきてあげるから」って。今日は、大学の講義がお休みなんだって。
お兄ちゃん、さすがだわ。
実はお兄ちゃん、前に何かのことでその事務所の人と知り合いになってるらしい。たまに忙しくて、男手がもっと要るときなんかは、アルバイトとして雇ってもらうこともあるんだって。ユウお兄ちゃんだけじゃなくて、ハルお兄ちゃんもだって。へえ、知らなかった。
「確かに、本格的に探すとなったらけっこうお金がかかるのは本当だからね。ご両親のご意向がないのに、あまり勝手なことしちゃいけないんだけど。まあ、そういうことも伝えておくから。せめて、おいくらぐらいなのか聞いてみて、話をしておくだけならいいかなって」
お兄ちゃんはそう言って、いやいや登校するあたしをにっこり笑って見送ってくれた。
放課後になるのが待ち遠しい。
じーっと見ている時計の針が、スローモーションみたいに進まない。
こんな時に限って、そうじ当番にあたってるし。もう!
それでもやっと放課後になって、ほうきを持ってイライラしていたら、ルナのことを知っているミクちゃんが「いいよ、キラちゃん。かわってあげる」って言ってくれた。
「ミクちゃん、天使! ありがとう!」ってあたしは叫んで、盛大に神様をおがむマネをして、ランドセルを背負ってかけだした。
◆
「ああ、キラちゃん。おかえりなさい」
部屋にランドセルを放り込むようにして、おこづかいの入ったバクの形をした貯金箱をつかむと、おばあちゃんが部屋をのぞいた。あたしは「お隣にいってくるから!」と叫んで飛び出し、お隣のチャイムを押した。
すぐにユウお兄ちゃんが出てきてくれる。
お兄ちゃんは、ハアハアいってるあたしを見てびっくりしたみたいだった。
「そんなに慌てて……。今日は、汗でびっしょりだね」
ちょっと笑ってる。ああ、笑顔だとまた余計にかっこいい。
きっと大学でも、女の子にモテモテなんだろうな。そう言えば、中学の時も高校の時も、彼女らしい人を連れて歩いてたってママが言ってたもんね。あたしは毎回、その話を聞くと胸のところがムカムカしてたまんなくなってたけど。
「でもまあ、毎回ちがう人だったみたいだから、ずっと続いてるってことではないみたい」だって。
それを聞いて、ちょっとほっとしたりして。
あたしは貯金箱を、ずいっとユウお兄ちゃんに押し付けるようにした。
「これっ!」
「え?」
「これで、イライする! パパとママじゃなくって、あたしがイライするの。ルナを探して下さいって。その、アナザーたんていじむ所に」
「え、でも……キラちゃん」
ユウお兄ちゃんが困った顔するなんて、とっくに予想してたことだ。だからあたしは絶対に引かない。
「ネコさがし、いくらぐらいするの? あたし、おじいちゃんとおばあちゃんが二人ずついるの。だから、お年玉はいっぱいもらえるの。みんな、孫はあたししかいないから」
「ああ……うん」
ユウお兄ちゃんは「なるほど」という顔でうなずいた。いつもの困ったきれいな笑顔だ。何か考え込むように、長くてきれいな男の人の指で、あごのところをさわっている。
「でも……キラちゃんは未成年で、小学生だからなあ。ごめん、やっぱり勝手に依頼はできないよ」
「そんなあ! あっちだってお仕事なんでしょ? イライ
「それは、ドラマのお話でしょ? リアルでそういうわけにはいかないよ。君のことは、ご両親に責任があるんだから」
「そんなのっ……!」
あたしの頭の奥で、ぶちっと何かがはじけとんだ。
「そんなのないもんっ! だってこうしてるうちに、ルナが、ルナがっ……!」
あたしの声が、またカッコ悪い泣き声になりかかったときだった。
突然、後ろから女の人の声がした。
「お取込み中、ちょっとごめんなさいよ?」
「え?」
あたしはびっくりして振り向いた。
そこに、なんだかネズミーランドのアニメにでも出てくるみたいな、すっごくキレイな外人の女の人が立っていた。
もとは銀色の髪を染めているのか、長い髪は紫色。瞳は宝石みたいな、きれいな桃色をしてる。肌はこんがり日焼けした色で、ものすごーく色っぽいおばさ……いや、お姉さんだった。
そして、その薄むらさきのマニキュアをした手の中に──
「ル……ルナ!?」
水玉模様のピンクのリボンをつけた、小さな子ネコ。
間違いない。ルナだった。
ルナは人の気も知らないで、ふにゃあと平和なあくびをひとつした。
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