第10話

【12】風姿花伝 (世阿弥が記した能の理論書)

・―・―・―・―・





「クイズマンはん、Bコースを」


 20代半ばだろうか、和服の美人だった。


「おっ、京美人さん、いらっしゃ~い」


「あら、どうして京都だと?」


「クイズマンさんじゃなくて、クイズマンはん、て言うたさかい」


 ハハハ……。クイズ男の下手な京都弁に周りが笑った。


「さすがやわ。先斗町ぽんとちょう芸妓げいこしてます。よろしゅう」


「富士の高嶺たかねに降る雪も~、京都先斗町に降る雪も~♪って奴だな。で、京美人のお得意なジャンルは?」


「クイズマンはんに、お任せします」


「そう? じゃ、これでもいってみっか、よっか、いつか、むいか」


 クイズ男は、例のメモ用紙を捲りながら、芸妓をチラッと見ると、ベンチに置いたボストンバッグからマッチ箱を出した。


「ふふふ。クイズマンはんは、おもろいわ~」


「おおきに。ほな、いくへぇ」


「ええ。ふふふ」




【13】「マッチ棒5本からなる、この4分の1を、1本動かして、答えが2になるようにしてちょーだい」




  1

  ―

  4





「どないしよう、算数は苦手やさかい」


「やめとくかい?」


「ううん。そんなん、クイズマンはんに失礼やわ。やります。けど、ヒントはないんどすやろ?」


「へぇ、ないんどす。個人的にはやりたいんどすけど、京美人にだけヒントやれまへんのどす。分かっておくれやす」


「ふふふ……了解どす。ヒントなしでやってみます」


「すまないね。じゃ、スタートしますへ」


「へぇ、かましまへん」


「3・2・1、スタートどすへ」


「ふふふ」


 芸妓は、マッチ棒を動かしながら、クイズ男の似非えせ京都弁に笑っていた。――





 結局、芸妓は解けなかった。


「京都からわざわざ来てくれはったのに、堪忍え。時間も来はったわ」


「ふふふ。クイズマンはんに会えただけでよかったわ」


「可愛いこと言っちゃって、嬉しいね。答えは、こうよ」


 手招きすると、答えを見せた。


「あら、ほんまや。確かに2になるわ。答えは算数やのうて、数学のレベルに変身やわ」


「上手いこと言うね、京美人は」


「楽しかったわ。はい、1,000円」


 和柄の財布から千円札を抜き取った。


「すまないね、ありがとさん」


「京都に来ることがあったら、電話しておくれやす。観光案内しますよってに」


 そう言いながら、和装バッグから名刺を出した。


「京都に行ったら、電話しますよ。ありがとう」


「こちらこそ、おおきに。ほな」


 芸妓はたもとまむと、軽く手を振った。


「ありがとう! ……いやぁ、歩く姿は百合の花だなぁ」


「クイズマン、鼻の下が伸びてるよー」


 馴染みの見物人が茶化した。


「ん? あら、ほんまや。お客はんと同じ長さやわ」


 鼻の下に指を置きながら、茶化した見物人と息を合わせた。


 ハハハ……。周りが笑った。


「さて、次はいないかい? 難問奇問、何問でもキモーン(come on )!」

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