第11話

【13】1を4の左に置く (√4)

・―・―・―・―・





 あれから夏が過ぎ、秋が過ぎ、そしてまた冬が来た。


 クイズ男の人気は未だ衰えず、指定席のベンチにはいつものように人垣ができていた。


「寒い中をありがとう」


 去年と同じダウンジャケットのクイズ男が、ギャラリーに礼を言った。


「なーに、クイズマンの寄席を聴いてりゃ寒さも吹っ飛ぶさー!」


 常連客の一人が巧みなツッコミを入れた。


「寄席って、おいら、落語家か? そんなことを言うのはよせ」


 ハハハ……。クイズ男のダジャレに周りが笑った。


「さて、挑戦者はいないかな?」


「あの……いいですか?」


 清楚なイメージの三十半ばが名乗りを上げた。


「おお、なかなかの美人さんがチャレンジャーだ」


 クイズ男がニヤリとした。


「ありがとうございます。では、Bコースで」


「了解なりなり成田山」


 そう言いながら、例のメモ用紙を捲った。


「じゃ、これにすっか」


 手を止めると、女を見た。


「じゃ、いきますよ」


「あ、はい」


 女が一歩前進した。




【14】「あるところに、わらの家と木の家とレンガの家がありました。

 わらの家にはスズメが住み、木の家にはキツツキが住んでいました。

 では、レンガの家には、次のどれが住んでいたでしょう?」




 ①鶏 ②烏 ③鷲 ④鷹 ⑤鳩





 女は真剣な表情で、渡されたメモ用紙を見つめていた。


「スタートするよ。いいかい?」


「ええ。どうぞ」


「3・2・1、スタート!」


 クイズ男がスタートの合図を告げた。


 女は微動だにせず、メモ用紙に目を落としていた。


 周りにも緊張が走った。







「そろそろ、時間が喜多方きたかたラーメンだ」


「もしかして、……これかしら」


 女が独り言のように呟いた。


「残り、10秒だ。9・8・7・6・5・4・3・2」


「分かりました」


 女は明確に言葉を発した。


「えっ?」


 クイズ男は女の目を見て、“当てられた”と直感したようだった。

 だが、チューリップハットの老婆の時とは違って、今回は落胆した様子はなく、むしろ喜んでいるように見えた。


「では、これに書いてください」


「あ、はい」


 女は、渡されたメモ用紙に鉛筆を走らせた。


 クイズ男は、女の解答を見る前から千円札を用意していた。


 そして、女が差し出したメモ用紙と、正解を書いた紙を交換した。


「……正解です。理由もその通り。スゴい」


 クイズ男はそう言って感服すると、千円札を手渡した。


「ありがとうございます」


 女が頭を下げた。


 パチパチ……。周りから拍手が起こった。


「クイズマンのクイズを解くとは、スゲーや」

「ホント、大したもんだ」


 常連の見物人が感心した。


 クイズ男は、女と目を合わせて笑っていた。


 と、その時。


「お母ちゃん!」


 そこに現れたのは、クイズにも挑戦したことのある、貯蓄が趣味の例の少年だった。


「……お母ちゃん?」


 クイズ男は、合点がいかない表情をしていた。


「おじさん、紹介するよ。ぼくのお母ちゃん」


 少年が女の手を握った。


「エッ!」


 不釣り合いの取り合わせに見えたのか、クイズ男は、釈然としない顔つきだった。


「息子がいつもお世話になっています」


 母親が頭を下げた。


「あ、いいえ。明るくて元気があって、なかなか爽快な少年で。あら、そうかい? なんちゃって」


 ハハハ……。周りが笑った。


「ありがとうございます。でも、わんぱくで困ってます」


「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい。○大ハムなんてね」


「おじさん、お母ちゃんスゴいだろ? おじさんのクイズ当てるなんてさ」


「ああ、スゴいよ」


「たまたま、この子の教科書にあったのを覚えてて」


「……なるほど。それで、いとも簡単に当てられたわけだ」


 クイズ男が納得した。


「お母ちゃん、ぼくのおかげだね?」


「ええ、そうね」


「へへへ」


 少年が得意満面の表情を浮かべた。


「これを機に、また挑戦してちょー」


「はい。次は“売り”に挑戦してみます」


「それは楽しみだ。待ってますよ」


「ええ」


「さて、次はいないかな? 難問奇問、何問でもキモーン(come on)!」

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