第8話

【9】胆 (□に入るのは海。読みがあいうえお順になっている海の生き物)海豹アザラシ/海豚イルカ/海胆ウニ/海老エビ/海髪オゴ

【10】すみれ (他は鍋料理の異名)ぼたん鍋/もみじ鍋/さくら鍋






 2月に入っても、クイズ男のベンチには人集りができて、活気があった。


「クイズマンさん」


 チューリップハットにメガネとマスクをした、腰の曲がった老婆が声をかけた。


「え? クイズ男でいいですよ」


「クイズ男さん、わしのような年寄りでもチャレンジできるかのう?」


「どうぞ、どうぞ。年齢、性別、不問で、カモーンですよ」


「そうかい? じゃ、Bコースでもいってみるかのう。ヨッコイショっと」


 老婆はそう言いながら、クイズ男の横に座った。


「OKですよ。ジャンルは選べませんが、得意なジャンルとかありますか?」


 クイズ男は、例のメモ用紙をパラパラと捲りながら聞いた。


「ん? ジャンルダルク?」


「ハハハ……。お婆ちゃん、面白いですね」


「そうよ。面(おもて)は白いが、腹は黒い。略して、ハラグロじゃ。だが、それでは芸がないから、腹黒イダー(パラグライダー)と、美しく称しておる。ゲヘ」


「うまいっ! 座布団1枚」


「サンキュー。年寄りは腰が冷えるからの。では、頂きますよ」


 老婆は、毛糸の手袋をした両手で、座布団をもらうジェスチャーをすると、


「ヨッコラショっと」


 そう言って、尻に敷く真似をした。


 ハハハ……。周りが笑った。


「お婆ちゃんは、なかなかチャーミングですね」


 クイズ男が褒めた。


「ん? チャーミーグリー○?」


 老婆がとぼけた。


「ハハハ……。よく分からないが、クイズ、いくよ」


「はいよ。いくよ、くる○」


「ハハハ……。楽しいな」


「雪の降る夜は楽しいペチカ~♪」


「ハハハ……。切りがないから、問題いこ。


【11】次の1~4を日本語にし、同じ漢字を加えて熟語にせよ」




1 tea


2 flower


3 mouth


4 salmon




 その問題を見た途端、


「わしが年寄りじゃと思て、横文字で来たの? こう見えても、漢字検定準1級合格の上に、現代英語翻訳講座も修了しとるのよ」


 老婆はそう言って、


「ほれ、紙と鉛筆、カモーン」


 と、手を伸ばした。


「……あ、はい」


 予想外の展開に、クイズ男は動揺している様子だった。


「人間を見る目が、まだ甘いのう。すすいのすいと。ほれ、答えじゃ」


 老婆は、受け取ったメモ用紙に走り書きすると、素早い動きでクイズ男に渡した。


 答えを見た途端、クイズ男は目を丸くした。






「…………正解……です」


 クイズ男が呟くように言った。


「人を見かけで判断してはいかん。教訓じゃ、よく覚えときなされ」


「……はあ」


 クイズ男は恐縮しながら、ジャケットのポケットから千円札を差し出した。


「悪いのう。では、遠慮なく。うひょ。もう1問いきたいとこじゃが、顰蹙ひんしゅくを買うおそれありーだ。じゃあね」


 老婆は、受け取った金をコートのポケットにしまうと、スッと腰を上げて、早足で立ち去った。


 その様子を見て、クイズ男も見物人も呆気にとられていた。腰を曲げていたのは演技だったのだ。


「フン……参ったな」


 初めての失態に、クイズ男は自嘲じちょうしていた。


「スゲー婆さんがいたもんだ」

「人は見かけによらないね」

「演技賞もんだな」


 周りの連中が口々に言った。


 だが、余程ショックだったのか、周りのそんな言葉にも反応せず、クイズ男は深刻な面持ちで俯いていた。が、


「まだまだ、修行が足りないな俺も」


 気持ちを切り替えたのか、クイズ男はそう言って、おどけた顔をしてみせた。


「そんなことないよ、あれじゃ、誰だって騙されるって」

「そうそう。一筋縄ひとすじなわではいかないタイプだった」

「クイズマンが落ち込むことは何もないよ」


 周りが助け船を出した。


「みんな、ありがとう。みんなからそんなふうに言ってもらえて、俺は幸せもんだ。じゃ、次、いってみっかな。難問奇問、何問でもキモーン(come on )!」

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