第7話

【7】10 (英語にすると、倒語になる)wolf flow /now won /net ten)

【8】ハエ (はえー!)







「クイズマンさん、お久しぶりです」


 一度クイズを売ったことのある、ロマンスグレーの紳士だった。

 クイズ男は慌てて腰を上げると、


「これはこれは、先日はありがとうございました」


 と言って、会釈をした。


「いえいえ、お役に立てて何よりです。ハハハ……本日は再び挑戦しに参りました」


「それはそれは。わざわざご足労いただき、ありがとうございます」


「なんのなんの。私もあなた様にお会いできるのが楽しみでしてね。早速、こうやって伺いました」


「ありがとうございます」


「これです」


 紳士はコートのポケットから手帳を取り出すと、挟んでいた紙をクイズ男に渡した。


 受け取った紙をひっくり返した途端、クイズ男の表情が変わった。


 それには、


【9】○に入る漢字は何? 理由も答えてください。□に入るのはすべて同じですが、そのまま使うのは不可。




 □ 豹


 □ 豚


 □ ○


 □ 老


 □ 髪




 と書いてあった。


「では、よろしいですか?」


 紳士が尋ねた。


「ええ、いつでもどうぞ」


 クイズ男は、紙を睨んだままで返事をした。


「では、いきます。3・2・1、スタート!」


 腕時計を見ながら紳士がスタートを告げた。


 クイズ男は身動ぎ一つせず、紙に視線を落としていた。静まり返った重い空気の中、周りにも緊張が走った。クイズ男は、一意専心といった具合に、ずっと紙を見つめていた。――




「10秒前。9・8・7・6・5」


 紳士がカウントダウンを始めた。

 周りの見物人は祈る思いで、クイズ男を見守っていた。


「4・3・2」







 その時、


「解けました」


 クイズ男の低い声が、静寂を切り裂いた。


「…………ぇ?」


 紳士は茫然自失ぼうぜんじしつのごとく、一瞬、言葉を失った。


「……ヒントもなしに、凄いですね」


 紳士は驚いた顔をしていた。


「いや、問題の中にありました。5というヒントが」


 クイズ男は、自信に満ちた顔を紳士に向けた。


「うむ……さすがです。クイズを商売にするだけの実力をお持ちだ。感服しました」


 紳士は、クイズ男に感心していた。


「まだ、正解かどうか」


 クイズ男は、謙虚にそう言いながら、答えを書いた紙と、紳士が手にした正解が書かれた紙を交換した。が、クイズ男は正解が書かれた紙は見ず、紳士の挙動をうかがっていた。


 紳士は、クイズ男の書いた解答をチラッと見ると、内ポケットから財布を取り出した。


「間違いなく、正解です」


 そう言って、紳士は真新しい二千円札を手渡した。


「これは、どうも。今回もまた、見とれんばかりのピン札だ」


「本当に、クイズマンさんには感服しました」


「いえいえ、紛れ当たりですよ」


「いや、実力のほどは把握しました。次回は必ず、うならせてみせますよ。ハハハ……」


「楽しみにしています」


「近いうちにまた、伺います。あなたと話すのは楽しい。では」


 紳士は笑顔でそう言うと、片手を上げて挨拶をした。


「ありがとうございます」


 クイズ男は、深々と頭を下げた。


 パチパチ……周りから拍手が湧いた。


「やっぱ、スゲーなクイズマンは」


 馴染みの見物人が感心した。


「おじさん、やっぱ、スゴいや」


 少年も感心していた。


「そうか? ありがとな」


 クイズ男はそう言いながら、少年の頭を撫でた。


「次はいないかな?」


「ネッ! Bコースを」


 20代半ばだろうか、毛皮のコートを着たケバい女が手を挙げた。


 オ~。周りから感嘆の声が漏れた。


「こりゃあ、別嬪さん、いらっしゃい。条件は看板どおりだ。いいかい?」


「ええ、いいわ」


 女は、クイズ男の傍らに歩み寄った。

 クイズ男は、例のメモ用紙をパラパラと捲り、適当なのを選んだ。


「じゃ、これにするか。Bコース、いくよ。


【10】『仲間はずれを探せ!』って奴だ。

 次の4つの中で、他の3つと異なるのはどれ?」




 ぼたん


 もみじ


 さくら


 すみれ




「じゃ、いくよ。いいかい?」


「……ぇぇ、ぃぃゎ」


 女は、小さな声で返事をした。


「3・2・1、スタート!」


 クイズ男がスタートを告げた。

 女は無言で、手にしたメモ用紙を見つめていた。


 周りの連中も、女に気を遣うかのように息を殺していた。――




「30秒前――」


 クイズ男が残りの時間を教えた。

すると、


「もう、解けてるわ」


 と、女の口から予期せぬ言葉が発せられた。


 エーツ! 見物人が驚嘆きょうたんした。


「ホー。では、これに書いてください」


 女の解答を不正解と見たのか、クイズ男は余裕でメモ用紙を手渡した。


「簡単よ。見て、すぐ分かったわ」


 女はメモ用紙に走り書きすると、間髪かんぱつれずクイズ男に差し出した。

 解答を見たクイズ男は、案の定と言わんばかりに、


「うむ……残念」


 と、嘆いた。


「なんでよ。私の書いたのだって、正解でしょ?」


 女がムキになった。


「これには、〔もみじ以外は花の名前〕とあるが、ぼたんだって、花だけじゃなくシャツに付いてるボタンもあるよ」


「……ぁ、そっか」


「残念だな」


「でも、惜しかったでしょ?」


「ああ。残りの30秒を有効に使えば、もしかしたら正解してたかもしれないな」


「そうね。今度からは制限時間ギリギリまで粘ってみるわ。で、答えは?」


「答えはこうよ」


 クイズ男は手招きして、メモ用紙を見せた。


「……へぇ。こんな呼び方になるんだ。全然知らなかった。勉強になりました」


 女は納得すると、シャネルのバッグから財布を出した。中から千円札を抜き取ると、クイズ男に差し出した。


「はい、どうぞ」


「ありがとさん」


 クイズ男は、快く受け取った。


「ねぇ、クイズマンさん。私、パブで働いてるの。一度飲みに来て。安くするから」


 女はそう言いながら、バッグから取り出した名刺を、クイズ男に手渡した。


「今日の負けを10倍にして取り戻す気だな?」


 ハハハ……周りが笑った。


「当ったり。お待ちしてま~す。じゃあね」


 女は手を振りながら背を向けた。


「ありがとう! さて、次はいないかな? 難問奇問、何問でもキモーン(come on )!」

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