第3話

【3】+のマッチ棒を1本、自分の口にくわえる。

|||-||-|=□

(3-2-1=0)

・-・-・-・-・






 エリート社員風は、几帳面に何やら書くと、


「はい、どうぞ」


 と、メモ用紙を差し出した。

 そこに書いてあったのは、




N・U・T・□・T・M・U・H・S・T・I・I



 のアルファベットの羅列だった。


「 【4】これらのアルファベットは、ある法則に従って並んでいます。□に入るのは何でしょう。ヒントは――」


「いや、ヒントは要りません。私もヒントなしの条件でクイズを売ってますから。それより、お客さんもこれに答えを書いてください」


 クイズ男はそう言って、別のメモ用紙を渡した。


「あ、はい」


 エリート社員風はメモ用紙に鉛筆を走らせると、それをコートのポケットに入れた。


「書きました。では、スタートしていいですか?」


「ええ、いいですよ」


 クイズ男から笑顔が消えていた。


「3・2・1、スタート!」


 エリート社員風が腕時計を見ながらスタートを切った。


 クイズ男は、これまでに見たことのない真剣な面持ちで、身動ぎ一つせず、メモ用紙を睨みつけていた。


 周りの連中にも緊張が走り、我がごとのように身を固くしていた。顔馴染みの連中は、いつの間にか、クイズ男と一体感が生まれていたのだ。皆、祈るような思いで、固唾を飲んで、なりゆきを見守っていた。


 僕も焦燥感に駆られながら、腕時計を見つめていた。この1分は、僕にも長く感じられたが、クイズ男には、60秒がたったの数秒にしか感じられないに違いなかった。刻一刻と、秒針は針を進めていた。


 ――到頭、10秒を切った。

 9・8・7・6・5・4・3・2





 その時、


「解けましたよ」


 クイズ男の低い声が、静寂の中に轟いた。


「エッ! ほんとですか?」


 エリート社員風は、信じられないと言った顔をしていた。


「ヒントはなくても、問題の中に含まれてましたよ、12というヒントがね」


「さすがです」


「今、書きます。お客さんの書いたのと交換しましょう」


「はい、分かりました」


 エリート社員風は、ポケットからゆっくりと、折ったメモ用紙を取り出した。


「では、交換しましょうか」


 クイズ男に笑顔が戻っていた。


「はい」


 エリート社員風は、交換したメモ用紙を見て表情を緩めると、顔を上げた。


「恐れ入りました。正解です。では、2,000円をお支払いします」


 エリート社員風は、潔く自分の敗けを認めると、財布から千円札を2枚取り出した。


「こりゃ、どうも。ありがたく頂きます」


 パチパチ……周りから拍手が起こった。


「お見事です。また違うクイズを考えて来ますので、その時はよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 クイズ男が一礼すると、エリート社員風が握手を求めた。クイズ男は腰を上げると、右手を伸ばした。


「それじゃ」


 エリート社員風は片手を上げて挨拶すると、颯爽と肩で風を切った。


 パチパチ……周りから拍手が湧いた。


「おめでとう!」

「よかったね!」


 誰からともなく、そんな言葉が出ていた。


「みんな、ありがとう……」


 感極まったのか、クイズ男は眼鏡を外すと、ジーパンのポケットから出した皺くちゃのハンカチで目頭を押さえた。


「おじさん、やっぱりスゴいや。クイズで金もうけするだけのカチあるよ」


 先刻の少年が生意気な口を利いた。


「ハハハ……ありがとさん。じゃ、次、いってみっか。難問奇問、何問でもキモーン(come on )!」

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