砂漠の迷宮-3
――side:セツナ――
妙なことになった。
見知らぬ迷宮で知り合った赤毛の少女と向かい合った俺は、この奇妙な状況に首を捻っていた。
『《Haruka》さんから果たし状が届きました』
フリーバトル申請のログが目の前に展開して、なんだか懐かしい気分になる。かつてはケントと毎日のように遊んでいた。受諾すると、俺とハルカを包み込むようにして、巨大なポリゴンのドームが形成されていく。
「レベルは同値に調整、その他特殊ルールなし。HP全損で決着。それでいいか?」
フリーバトルの細かいルールは、対戦を申し込まれた側に編集権がある。俺の設定したルールがハルカのウィンドウに届き、彼女はそれを受理した。正式に決闘の手続きが成立し、俺たちの間を、見えない電流のような緊張感が走る。
「……何してるの?」
首のネックレスを外してポケットに入れた俺の動きに、ハルカはめざとく反応した。
「このリングつけてたら、ちょっとフェアじゃないから。武器もコイツは使わない」
腰の刀を鞘ごとベルトから引き抜くと、ハルカは今その存在に気づいたように目を丸くする。
「珍しい武器持ってるのね。いいよ、それ使いなよ。私の武器も大分珍しいから」
言われて俺はハルカの腰の得物に初めて注目した。上等な白皮で
俺は構わず刀をストレージに格納し、代わりに一本の短剣を物質化した。万が一刀を失ったときのために新調した予備の武器である。性能はもちろん刀ほどではないが、市販で買える短剣の中では最高級のものだ。
「ちょっと、舐めてるの?」
随分小さくなってしまった俺の武器に、ハルカは不満げに唇を尖らせた。見かけによらず、この女は非常に好戦的な性格をしている。付け加えるなら、超のつく負けず嫌いだ。
「歴で言えば、俺は
「なによそれ、お互いの戦法を知るって目的もあるのに。本気でやってよ」
「どうせ狩りは明日の朝になるからな。刀について伝える時間は十分あるだろ」
かちーん、と音が聞こえてきそうなほどハルカの顔がひきつった。レベル50で一律調整されるので、俺の筋力値が刀を振るには心もとなくなってしまうのも短剣を使う理由の一つではあったが、それは黙っておこう。表情豊かなこの女をからかうのは少し面白かった。
ともかく、これで武器の性能は恐らく向こうが上。ある程度フェアな勝負になるはずだ。俺とハルカは十メートルほどの距離を空け、開戦の合図を待つ。
『3……2……1……』
中心に浮かぶ、俺とハルカどちらから見ても反転しないシステムメッセージがその数字をゼロにしたと同時――膨れっ面のハルカは、猛然と地を蹴った。
「うおっ!?」
速い。想定の倍速以上で瞬く間に距離を詰め、長い鮮やかな赤毛を振り乱して抜剣すると、ハルカは大型のレイピアを鋭く俺に突き込んだ。首を真横に倒した俺のすぐ耳元で、空間に風穴を空けるような刺突が弾ける。
たまらず後退した分ハルカはぐんっと踏み込んで、フェンサーの如く次々に連撃を繰り出す。間一髪で回避を続けながら、俺はその太刀筋に舌を巻いた。
レイピアにしてはやや太い刀身にライトエフェクトは帯びていない。これだけ鋭い攻撃がスキルによるものではないことに驚愕する。回避ばかりではとても追い付かず、短剣を寝かせ左右に弾いて凌ぐので精一杯だ。
「大口叩いといて、その程度!?」
「くそ……確かに、見くびってた!」
素直に認めつつ、俺もこのまま負けてやるわけにはいかない。幸い俺は、どれほど可憐なアバターが相手でも手心を加えようなんて優しさは持ち合わせていない。嵐のような連撃の合間に身を屈めてハルカを蹴り飛ばし、間合いを確保する。
蹴りはしっかり腕でガードされたが、スキル発動の隙が生まれた。「【電光石火】!」詠唱の刹那、眩い効果光を帯びた刃が一直線に光の尾を引く。
「あっ!?」
一瞬にして通過した俺の突進攻撃に、ハルカの体がのけ反る。システムの書き換え漏れだろうか、フリーバトル中に限り、俺たちの痛覚は以前と同程度まで戻る。
HPが全損しても実質の死亡扱いにはならないので、今やフリーバトルは、この世界で安全に戦う唯一の方法になっている。
「は、速すぎ……!?」
斬られた腹を押さえてバッと背後を振り返ったハルカが、驚愕に目を見開く。アジリティは俺の唯一の武器だ。それくらい驚いてくれなければ困る。
「【電光石火】!」
再び発動。身構えたハルカが何か反応するより速く、一条の矢となった俺の突進が彼女を貫く。
【電光石火】は突進速度こそ優秀だが、決して攻撃力は高くない。ハルカのHPはこれでようやく二割近く減った程度だった。
「くそ!」
突進を終えて無防備な俺の背に、ダメージの硬直から抜けたハルカが攻撃をしかける。スキルの短所は、一つがこの"硬直時間"。システムに体の操縦権を譲った後、スキルが終わって自分に操縦権が返還されるまでの僅かな時間、俺の体は無防備な停止状態になる。
それを狙ってくると見越していた俺は、振り返り様に逆手で握った短剣を裏拳の要領で振り抜き、ハルカのレイピアを強く弾いた。"
「くっ!」
その隙に素早く一撃。即死判定のある心臓部を狙ったが僅かに反れて、KOには至らず。即死判定範囲は非常にシビアで、相手を拘束でもしない限りそうそう狙えるものではない。
立て直すべく後退したハルカに向かって駆け出しながら、俺は大きな声で叫んだ。
「【電光――」
「っ!」
反射的に身構え真横に回避しようとしたハルカに、俺は全力で地面を蹴り肉薄した。
「ウソだよ」
「うっ!?」
詠唱は完璧に発音しなければシステムに認識されない。それを逆手に取り、途中で詠唱を中断すれば何度かまでは虚を突ける。ケントを倒すべく編み出したネタ戦法だが、意外と実用的である。
ガードをかいくぐり、鈍色の刃がハルカの体に突き刺さる。重心が後ろに下がった相手を崩すのは
「バッ……【バック・リープ】!」
畳み掛けようとしたその時、ハルカが初めてスキルを使った。次の瞬間、彼女の体は淡いエメラルド色の効果光を放ったかと思うと、弾けるように後方へ跳ねとんでいった。忍者のような身の軽さで、一瞬にして六・七メートルも後退。残像ができるほどの速度だった。
攻撃系のスキルが来ると勘繰った俺は拍子抜けした。スピードと距離は優秀だが、接近ならともかくただ大きく距離をとるだけの回避技とは。
詠唱で発動したからには武器スキルのはずだが、それ、接近武器のスキルにしては内容が噛み合っていなくないか?――などと、疑問に思っていた矢先、息を荒げるハルカが予想外の行動に出た。
その場で、俺に剣を真っ直ぐ、まるで銃口のように突きつけて見せたのである。距離は八メートル近くも離れており、たとえ【電光石火】でもこれほどの距離を一息に詰めるのは無理がある。
「……?」
ハルカの剣の、剣先を真っ正面から見て俺は初めて気づいた。やはり妙な剣だ。太いレイピアのような刀身の剣先から、柄頭まで一直線に貫くような穴が空いているのだ。つまり芯が空洞なのである。
現実にあんな武器があったら、簡単に壊れてしまうに違いない。変なデザインだな――呑気なことを考えていた俺の目の前で。
その剣先に
「……【ホット・ショット】」
鼓膜の弾けるような発砲音。ハルカの剣から矢の如く飛来した赤い弾丸は、泡を食った俺の体に直撃するなり、大爆発を起こした。
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