砂漠の迷宮-2
「ヌシ?」
「ダンジョンに必ず一体用意されているボスモンスターのことだよ。この迷宮を半日捜索して、ようやくそれらしいヤツを見つけたからちょっと攻撃仕掛けてみたんだ」
「……もしかしてそれって」
「うん、さっきのバカでかいライオンだ」
頷くセツナ。それで追いかけられていたのか……って、いやいやちょっと待ってほしい。アレを、倒す? 私は何度か頭でシミュレーションしてみるが、全く希望的なイメージが湧かない。
一方のセツナは何やら余裕たっぷりだが、色白で細っこく、顔立ちも中性的な彼は、お世辞にもあまり強そうとは言えない。もちろん、この世界で相手の力量を見た目から判断するのは、愚かなことだと分かっているけれど……。
かぶりを振って、私は思考を打ち切った。人の力をアテにしているようではそもそもダメだ。たとえどんな化け物が相手だろうと、それを倒す以外に方法がないなら取るべき行動は決まっている。こんなところ一刻も早く脱出して、私はメルティオールに向かわなければならないのだから。
「アイツを倒せば、外に出られるのね?」
「あ、ああ」
立ち上がった私を不思議そうに見上げ、セツナが頷く。
「教えてくれてありがとう。じゃあ早速行ってくる」
鼻息荒く出ていこうとした私を、「え、ちょ、ちょっとちょっと!」と泡を食ってセツナが止めた。
「行くってどこに?」
「決まってるでしょ、あのライオンのところよ」
セツナは心の底から呆れた顔になった。
「大丈夫、パーティー契約を結んでおけば、もし私が一人で倒しちゃってもセツナ君も攻略扱いになるはずだよ」
「そんなことを心配してるんじゃねえよ……。あの化け物をソロ討伐なんて無謀過ぎるって話だ。実際にやり合った俺が言うんだぞ」
「私はやり合ってないもん」
ついにものも言えなくなってしまったセツナにもう一度礼を言って、私は洞窟を立ち去りかけた。寸前で鋭く伸びた手が、私の手首を掴む。
「待て待て、行かせられるか。死なれたら寝覚めが悪い」
「なんで死ぬなんて決めつけるの。私、けっこう強いんだよ」
「そりゃこんなとこ一人でうろついてる時点でそれなりの層なのは分かるさ。けど死ぬ。絶対に死ぬぞ。飯も食わず餓死しかけてたのもそうだけど、ハルカはこのゲームをナメすぎだ」
何がゲームだ。下らない。崇高なはずの命が、こんなちんけなバー一本で表されて。数字に全てを決められる。どこを見ても偽物ばかり。――こんな世界、大嫌いだ。
「……死んだら死んだで、上等だよ」
セツナは一瞬、気圧されたように手の力を緩めたが、離してはくれなかった。
「死にたいならせめてヨソでやってくれ。俺はそんなの見たくない、絶対に。……もう夜だ。朝から動きっぱなしだろ。食事だけじゃパフォーマンスを最大値に持っていけない。今日は休まなきゃダメだ。ヌシ攻略は明日の朝、二人でやる。いいな?」
首を縦に振らない私に、セツナは根気強く続けた。
「俺はあんたのレベルも武器もジョブも戦法もスキルも、何も知らない。同じことがあんたにも言える。パーティー組むならお互いにそれを知っとかないと、かえって足を引っ張り合うことになる。攻撃パターンとか弱点属性とか、ヌシの情報だって全然足りてないし……今晩は情報共有と作戦会議で終わる。準備すべきことはそれだけたくさんあるんだ」
まどろっこしさに苛立つ。何をそこまで慎重になる必要があるのか。連携なんて、ただ二人で一緒にモンスターを攻撃するだけで十分だろう。それ以上を求めてくるなら、今一人でヌシに殴り込みに行った方が早い。
私が彼にしたように、セツナもまた、私の力を見た目で判断している。彼の言う通り、私たちはお互いの力を何も知らない。この状態で言い争っても平行線だ。
「……分かった。提案がある」
私の言葉に、セツナが眉を釣り上げた。
「私と
セツナは目を丸くした。私は至って真剣だ。大真面目に言っている。
「お互いの戦法や実力を知るのに手っ取り早いと思わない? セツナ君が勝ったら、ヌシ討伐は明日の朝から二人で。私が勝ったら、今から二人で。どうかな?」
堅物に思えたが、話は分かる手合いだったようだ。私の提案に合理性を見出だしたか、セツナは一つ頷いて「いいけど」と言った。驕るような態度は微塵も見せないが、それが逆に彼の、万が一にも負けることはないという絶対的な自信を物語る。
確かに、出会う直前に私が【シックスセンス】で感知した、二つの「化け物」の気配――その内の一つが、本当に彼なら、セツナは私よりずっと強いかもしれない。
たとえそうだとしても、あくまで真っ向から全力でぶちのめす。見くびられるような女じゃないってこと、証明してやる。
「それじゃ、外に出ましょ」
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