砂漠の迷宮-1
私とセツナは、獅子が去った方とは逆方向を歩き、ほどなくして壁に空いたほら穴を見つけた。ひんやり冷たい、薄暗い中を進むと六畳ほどの岩の小部屋に行き当たったので、ようやく腰を下ろす。
外から漏れる光も、気づけばずいぶん暗くなっていた。メニュー画面を開いても時刻は相変わらず確認できないが、夜が近づいているのだろう。砂漠の夜は冷える。顕著に低下を始めた気温が、薄着の私から体温をどんどん奪っていく。
どうしよう、装備選びはひたすらに戦闘特化で、それ以外の機能は度外視していた。真冬もかくやという冷気が洞窟内に侵入し、お尻をつけている岩石の床は氷のように冷たくなってきた。
「寒いだろ、大丈夫か? すぐ火を起こすから、これに座ってなよ」
セツナは何もない空中からポンっと水色のクッションを喚び出し、つかみとって私に放った。「あ、ありがとう」と受け取る間にも、セツナは小部屋の中心で焚き火の準備をし始めた。
虚空から薪アイテムをぽんぽん取り出しては手際よく組み上げると、仕上げにまたも虚空から赤褐色の火打ち石のような石を取り出し、ひとたび打ち鳴らして簡単に火をつけてしまった。
「す……すごいね。慣れてる感じ」
「うん、まぁゲームの世界だからな、コツを掴めばすぐできるようになるよ。現実だとこうはいかないよなぁ」
同い年ということが判明してからは、私の提案で敬語はやめようということになっていた。炎の熱が、体を芯までじんわりと温めていく。なんだか無性に心が安らいだ。煌々と赤く燃える火を見つめていると、焚き火がターゲット状態となり、薪の残量がチーク色のゲージで表示された。
「セツナ君は、旅は長いの?」
「いや、ほんの一週間ちょっとだよ」
私と同じくらいだ。それなのに、この差はなんだろう。旅に出てからというもの、この世界での自分の生活力のなさを痛感する。現実世界では、料理も掃除も得意だったのに……。
「よし、じゃあ飯にしよう」
「あの、本当にいいの? 私、返せるものがなにもない」
「いいよそんなの。知らなかったんだろうけど、この調子でなにも食わなかったら《飢餓》って状態異常でHPがゼロになるぞ。こんなところで人に会えた時点で、俺も他人とは思えないし……」
慣れた手つきでメニューウィンドウを操作しながら、セツナは事もなげに言う。
「あった、これだ」
セツナは目当てのアイテムを見つけたらしい。虚空に浮かんだアイテム欄の一つを指で触れると、軽やかな電子音とライトエフェクトに彩られ、可愛い赤色のシチュー鍋が空中に出現した。
「あっつ!?」
素手でそれを掴んだセツナは目を剥いて叫び、あわや中身をぶちまけるというところでどうにか岩肌に安置した。身を乗り出した私の到着を待って、セツナは鍋のフタを開けた。
「うわぁぁぁぁ……」
途端に
今の今まで火をいれていたようにグツグツ煮えており、セツナがおたまで一つかき混ぜると、とろみのあるルーは一層、あまりに魅惑的に香り立つ。
「うぉぉ、美味そうだな……」
不思議なことに、セツナ本人も、初めて鍋の中身を知ったように目を輝かせていた。
「熱々の状態で収めてたの、すっかり忘れてた……。こんな量、一人じゃ食べきれないだろ? 寒いしちょうどいいと思って」
感激で喉を詰まらせながらも、私は精いっぱい感謝の気持ちを伝えた。「大げさだな」と苦笑しながら、セツナはお椀に、シチューをなみなみ注いでくれた。
これまで、この世界の食事なんて、下らないまやかし物に思えてしかたがなかった。それなのに今、セツナが差し出してくれているこの一杯のシチューが、何にも代えがたい宝に見える。
私は両手でしっかりと、そのお椀を受け取った。
「……いただきます」
木のスプーンまで添えてくれている。ぶつ切りのチキンと色とりどりの野菜がごろごろ入ったクリーム色のルーをそっとひとすくいし、何度か息を吹きかけてから、口にいれた。
舌に広がったあまりの旨味と温かさに、私の目から大粒の涙が
「ご、ごめんなさい!」
「いいって。よっぽど腹減ってたんだな」
薄く穏やかに笑って、セツナも食事を始めた。「……うん、美味い」とうなずく彼は、どこか悔しそうな、寂しそうな、切ない表情だった。
「これ、セツナ君が作ったの? 本当に美味しい。こんなに美味しい料理、食べたことない」
「いや、これは……母が作ってくれたんだよ」
セツナは少しだけ言いにくそうに教えてくれた。
「すごいね、お母さん。この世界でもこんなに美味しいものが作れるんだ……」
感激しながら黙々とスプーンを口に運んだ。瞬く間に椀が空になると、セツナはすかさずおかわりを注いでくれた。お腹が満たされていくと、不思議なほど体に力が漲り、寒気も嘘のように消えてしまった。どこか懐かしいばかりの健康体だ。
「ごちそうさまでした」
使用前と同じ状態になった椀とスプーンを、深い感謝の念をこめてセツナに返却する。この世界の仕様として、食器類は汚れることがない。
「本当にありがとね。君がいなかったら何度死んでたか」
「そんなに大したことはしてないんだけどな。それに、この《ダンジョン》から出るために、あんたには色々協力してもらうから」
セツナから聞き慣れない言葉が飛び出したので、小首をかしげて聞き返した。
「ダンジョン?」
「やっぱり知らずに迷い込んだんだな。まぁ俺もなんだけど。ダンジョンってのは、フィールドに隠された迷宮のことだよ。普通のフィールドじゃお目にかかれないようなお宝が手に入るって噂だけど、そのぶんモンスターの強さも桁違いだ」
「そんな……私、お宝なんて要らないから、なるべく早く外に出たいの。どうやったら、このダンジョンから脱出できるの?」
「俺も知り合ったアルカディア研究員から、雑談のなかで聞きかじっただけだから確証はないけど。ここから出るには――《ヌシ》を倒さなきゃいけないらしい」
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