ガン・レイピア-1

 痛みこそないものの、あまりの衝撃で一瞬方向感覚を失う。気づけば俺は、数メートルも吹き飛ばされた位置で這いつくばっていた。酔ったような気持ち悪さを頭を振って追い出しながら、なんとか立ち上がる。


 HPゲージががくりと抉れて、一気に三割ほども減少する。《イージス・リング》を外した俺の装甲は、同レベル帯で最底辺のステータスだ。そう何発ももらっていられない。


「……なんだよ、その武器」


「剣と銃のハイブリット、《ガン・レイピア》。だから刀を使えばよかったのに」


 勝ち気に微笑むハルカに対し、言い返すことができない。まさか遠近両用の剣が存在するなんて。一瞬で大きく距離をとるさっきの【バック・リープ】というスキルも、組み合わせて使える射撃技があるなら有効この上ない。


「……あぁ、認めるよ。あんたは強い。ヌシ討伐は主にアイテムで後方から援護してもらおうと思ってたんだけど、考え直さないとな」


「降参するってこと?」


「まさか」


 俺は短剣を握り直し、挑戦的に笑った。ハルカも「そうこなくちゃ」とばかりに笑い、俺にガン・レイピアの切っ先を向ける。


「【ホット・ショット】!」


 銃口に再び炎が迸った瞬間、俺は持ちうる最高速度で真横に駆け出した。弾丸のスピードは時速150キロといったところだろうか。確かに速いが、避けられないほどじゃない。この十倍速い銃弾が雨のように飛んでくるゲームを、俺はさんざんプレイしてきた。


 ドームの内周を猛然と走る俺の残像を、数秒に一度のペースで炎の弾丸が撃ち抜く。やはり、連射性能は高くない。剣と銃のハイブリットと言うからには、銃としての性能は本家に劣るはず。


「接近すればいいだけだ!」


 螺旋を描くように距離を詰めた俺は、直角にターンして一息にハルカへ接近した。ハルカもまたそれを見越し、タイミングを合わせて真っ向から銃口を向ける。


 放たれた弾丸を、俺は大きく跳躍してかわした。距離、残り一メートル。ハルカにもう一度弾丸を撃つ時間はない。俺の刃が先に届く。


「――【スラスト】!」


 見事な切り換えだった。ハルカの目が一瞬にして、銃士から剣士のそれに変貌する。発砲の反動で一度引いた剣に、鮮烈なブルーの効果光が宿る。


 脳内のゲーム用語辞典データベースが嵐に吹かれたように勢いよくめくられる。【スラスト】は突き技だ。――直線的な攻撃がくる。


 俺は《クロビットシューズ》の装備スキル、【二段ジャンプ】を発動させた。


「っ!?」


 弾丸さながらの速度で放たれた青く光る突きは、見えない足場を蹴ってくるりと空中を回った俺のすぐ下を打ち抜いた。目を剥くハルカが突き出した腕を空中で掴む。


 捕まえた。【バック・リープ】は使わせない。


「惜しかったな」


 初級単発技とは言え、【スラスト】の技後硬直時間で動けないハルカの頭に、俺は短剣を力いっぱい振り下ろした。


 勝負はついた、かに思えた。


「――ぅぅぅぅぅうっ!!!」


 システムに全力で抗うように咆哮したハルカは、硬直から脱するや否や空いた左手をギリリと握り締め――俺の頬に渾身のパンチを浴びせた。


「ぐおっ!?」


 首が飛ぶような威力だった。視界に星が散り、意識が一瞬ぶっとぶ。ハルカは自ら剣を手離し、その右腕で俺を逃げられないように抱きかかえると、再び左拳を振り上げた。


 俺はすぐさま回避行動に移ろうとしたが、なぜか体に全く力が入らない。


 ――まずい。


 これは頭部に強い打撃属性の攻撃が入ると一定確率で発生する、《スタン》という状態異常の症状だ。HPはまだイエローだが、このままだと一気に形勢が逆転する。


 それにしても、彼女はなんという目をするのだろうか。その目には、綺麗な戦い方などドブに捨てて、何をなげうってでも勝つ、という苛烈で危うい光が宿っている。まるで傷だらけの狼の目だ。


 唸りながら飛来した拳が、俺の鼻っ面を直撃する寸前。衝撃に備えて身を硬くした俺の目と鼻の先で、ハルカの小さな拳は止まった。


『WINNER Setuna!』


「……あ」


 ハルカのHPは、もうゼロになっていたのだ。さっき一撃を受けたとき、俺の短剣もまたハルカの体にダメージを与えていた。ハルカは心から悔しそうに深く息を吐き出すと、目を閉じ、その体を粉々に四散させた。


 同時にフリーバトルドームも決壊し、ハルカに抱えられていた俺の体は支えを失って地面に投げ出された。なんだかどっと疲れてその場に座り込んだ俺の目の前に間もなく復活したハルカは、開口一番、直角を越えて勢いよく頭を下げながら叫んだ。


「負けました!」


「お、おう。いい勝負だったな」


 こんなに潔く敗けを認めるなんて清々しいやつだと思ったが、顔を上げたハルカの大きな目はうるうる揺れていた。慌てて後ろを向いたが、よっぽど悔しいみたいだ。


「一応俺の勝ちってことだけど……正直あんまり勝った気がしないな。もう少しだけハルカのHP残量に余裕があったら、勝負はひっくり返ってたよ」


 慰めになるか分からないが、本心で健闘を讃えた。ハルカは後ろを向いたまま首を横に振って、「色々ハンデもらってたもん。レベルだって、本当は私よりずっと上なんでしょ」と、半ば確信を持った声音で問うてきた。


「ハルカより高いかは分からないけど、今のレベルは63だよ」


 自分のステータスを他人にベラベラ明かすのは、本来俺のポリシーに反するのだが、なぜだか正直に教えてしまった。


「ろっ……!? どうやったらそんなにレベル上げられるの!? 裏技とかあるの!?」


 人を殺すことだよ――だなんて、まさか言えるはずがない。


「レベル帯の近いモンスターが効率よく湧くスポットを探して、そこに籠るぐらいしかないかな。あとはクエスト達成時にも経験値がもらえるから、討伐クエストを複数受注しておけば一石二鳥だぞ」


 当たり障りのないコツで濁したが、ハルカは納得しない。


「そんなの私だってやってるもん。常に自分より三つはレベルの高いモンスターの群れを探すようにしてるよ」


 耳を疑う発言が飛び出したが、ハルカはあくまで「常識でしょ」という顔だ。


「それぐらいの相手が経験値効率一番いいんでしょ? 寝る間も惜しんでレベル上げ続けてきたのになぁ……セツナ君の方が十も上なんだもん」


 冗談きついぞ、と俺は内心冷や汗タラタラだった。この女、でレベル50を越えていたのか。始まりの街を拠点にしていては絶対に到達できない数字だ。レベルが上がるにつれて狩り場を変え続け、常に最高効率のレベル上げを昼夜続けるレベルでなければ――


 納得したのは、ハルカの異常に戦闘慣れした戦いぶりである。一切躊躇ちゅうちょのない洗練された太刀筋。向けられた刃物に臆するどころか向かってくる胆力。何より、瞬時の判断で武器を捨てて素手で殴りかかってくるような女、普通いない。


 この女は、無限に等しい死線を潜り抜け続けてここにいるのだ。水も食事も摂らず、ただ武器だけを振るい続けて。


「無茶苦茶なヤツだな。そんな無謀な狩り続けてたら今に死ぬぞ」


「生きてるからいいの」


「……ハルカは、死ぬのが怖くないのか?」


 俺は素朴に尋ねた。ヌシに単騎で挑もうとしたり、彼女は全く生に頓着する素振りを見せない。いっそ死に急いでいるかのようだ。


 俺は、死ぬのが怖い。だから間違いが起こらないように細心の注意を払って旅をしている。旅の動機はザガンを皆殺しにしたい、その一心で全く揺るぎないが、流砂に飲まれて意識を失うその瞬間、俺はちらりと、旅に出たことを後悔した。このまま死ぬのだと思ったら、怖くて仕方がなかった。


 俺の腕のなかで泣きながら死んでいったシュンの顔が、どうしても頭から離れないのだ。あいつも、震えていた。


「怖いよ。でも、弱いままでいる方が、もっともっと怖いだけ」


 きっぱりと言ったハルカに、敵わないと思った。そして、今は俺より弱いこの少女を、死なせるわけにはいかないような気がした。


「……ともかく、今回は俺が勝ったんだ。言うことを聞いてもらうぞ。穴ぐらに戻って寝床の準備をしよう。寝転がって明日の作戦会議をする」


「はいはい、従います。でも早起きしますからね」


「早起きは苦手なんだけどなぁ」


 不平を漏らす俺の尻を蹴り上げんばかりに急かして、ハルカは前を小走りに駆け出した。

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