ココロ-3

 翌朝。ワタルとユリアとついでにトオル、三人に惜しむように見送られて俺はメルティオールへ向けて旅立った。


 俺が昨日ユリアに案内を頼んで揃えたアイテムは、大量の飲み水と携帯食料、そして《クーラーポーション》なる回復アイテムだ。なんでも、飲めば体感気温を下げて高温地帯特有の状態異常になりにくくなるらしい。


 VRゲームの先駆けである本ソフトは、状態異常の概念も従来と同レベル程度では済まされない。何しろ画面の向こうでキャラクターが毒や麻痺に苦しむのとはワケが違い、このダイブ型ゲームで状態異常を患うのは俺たち自身の肉体だ。


 毒を受ければ本当に気分が悪くなるし、麻痺を受ければ体が痺れる。体調とシステム上の状態異常は密接に直結している──これはこの世界ゲームを旅する上で決して忘れてはならない摂理なのだ。意識から外すと手痛い目に遭う。


 だから状態異常の予防と対策には、とりわけ金を惜しまなかった。アイテムストレージの容量を拡張するパックにまず大金をつぎ込み、そこに、全て物質化すれば特大の倉庫が必要になるほど大量の購入品を詰め込んだ。


 なかでも、購入決定ボタンを押す指が震えたほどの買い物がある。俺は今、その戦利品にまたがって、無限に広がるかのような砂漠を疾走していた。


 ぶぅぅぅぅぅぅぅん――快活に唸るエンジン音。砂煙を巻き上げ、黒光りする鋼鉄のボディ。二股に分かれたハンドルを握り、右手のグリップを捻れば、車輪は砂地を力強く噛んで俺の体をぐんぐん前に運ぶ。


 名を、《魔導バイク》という代物だ。見た目はまさしく、少し古い型の大型二輪車。


 値段は、まあ、ぶっちゃけかなり高かったが、百キロを越える灼熱砂漠を徒歩で渡るのに比べれば安いものだ。


 制作者の意向としてはあくまで科学ではなく、魔法の力で動いているらしい。どちらでもいいのだが、そのこだわりのせいで、このバイクは俺のSPを原動力として走る。最高時速は百キロ以上という優れものだがそこが難点である。


 そのため長時間の使用はできないが、何より座っているだけで進むので楽で良い。これに関しては例外的に、SPを消費しても疲労感を感じないようで僥倖ぎょうこうだった。


 ミニゲーム扱いで運転方法も簡略化されているらしく、レーシング系のゲームをプレイする感覚で運転できる。もちろん、運転免許も必要ない。


 出発して一時間ほど経過した現在では、運転にも慣れ、およそ三十キロもの道のりを走りきっていた。


 じりじり焦げ付くような日差しは容赦なく砂の大地に降り注ぎ、空気が歪んで見えるほどだが、クーラーポーションの効果と向かい風のお陰でそれほど暑さは感じない。


 しかし、まったく、この終わりのない地平線もそろそろ睨み飽きてきた。サボテンのひとつでもあればまだ色気があるのだが、マップを確認しながらでなければ進んでいるのかすらも体感できない。さてはこのあたり、グラフィックをサボっているな。


 砂煙の巨大な尾を引いてかれこれ一時間、変わらぬ景色の中を走り続けた俺の集中力は思っていた以上に限界を迎えていたらしい。


 俺の正面をのろのろと横切ろうとした、巨大なサソリ型のモンスターの存在に、俺はあろうことか衝突の直前まで気づかなかった。


「――ぃぁあっ!!?」


 急ハンドル、急ブレーキ。車体が傾き、横滑る。尋常じゃない量の砂が巻き上がる。次の瞬間、ガツン、と、意識が飛びかけるほどの衝撃に襲われた。


 鋼のように硬いサソリに激突し、俺はバイクの運転席から鋭角に射出されると、砂の大地に頭から突っ込んだ。


 幸いにも砂は柔らかく、大した怪我ダメージはない。強引に頭を引っこ抜き、犬みたいに顔をぶんぶん震わせて髪に絡まった砂を払い、バイクはどこにいったかな、と上を見上げると。


 我が愛車はまさに、空中で木っ端微塵に粉砕したところだった。──俺の貯金の一割が!!


 鉄くずの雨の中俺は愕然と肩を落とし、ショックのあまり脱力して砂の大地に身を投げ出した。頬を埋めるきめ細かい砂は炉にくべたように熱く、肌がチリチリ痛むがそれに頓着する気力もなかった。


 その時、地につけた耳が奇妙な音を拾った。


 ザザサザザ……ザザサザザ……──砂の滑る音、のように思える。


 おそるおそる後ろを振り返る。その正体を目にした俺は、思わず悲鳴をひきつらせた。


「ひっ……!!?」


 俺を飲み込まんと大口開ける、巨大な流砂。俺のすぐ背後で展開したそれはどんどん直径を増し、既に俺の腰辺りにまで穴のふちが迫っていた。急な傾斜に、がくんと下半身が飲み込まれる。


「ちょっ!? うぉぉぉぉぉおっ!!」


 必死で両手両足を回転させるが、サラサラの砂の大地はそれらをことごとく受け流す。仮想の重力に従って落下する体を俺はどうすることもできなかった。


 とうとう足首が沈み込み、そこからはあれよあれよという間に体がずぶずぶ沈み込んでいく。首まで砂に埋められた俺は酸素を求めて必至に真上を仰いだ。空が綺麗だった。


 え、これ、死ぬのか?


 思考が最悪の結末に辿り着いたとき、俺の視界は暗転していた。服の中に砂が大量に入ってくる感覚を不快に思いながら、俺の意識は深く深く沈んでいった。

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