ユートピア-2
感動を噛み締めているうちに、俺のいる丘には続々と、他のプレイヤーが光に包まれてやってきた。
【ファイター】【ローグ】【メイジ】の三種類の装いに身を包んだ彼らは、皆、俺と同じくこの世界の美しさに目を見張り、めいめいの反応を見せた。歓声を上げる者、涙を流す者、家族と抱き合って喜ぶ者。
騒がしくなってきたので、俺はそっとその場を立ち去り、丘を下って街の門をくぐった。木製の看板には《セントタウン》とカタカナで書いてある。言語を日本語に設定しているからだろう。
門を入って正面を貫く、賑やかな目抜通りにも惹かれたが、俺はひとまず左に折れて、静かに落ち着ける場所を探した。程なくして誰もいない木陰のベンチを見つけ、腰かける。
まずは色々と、気持ちを含めて整理したい。向こうの世界で熟読した説明書の記憶を頼りに、《メニューウィンドウ》を開いてみることにした。
握った拳を空中で開くと、軽快な電子音に合わせて、手の平の前に、ホログラムのような四角形の映像が出現する。厚みのない、半透明のその画面には、九個のアイコンが規則正しく並んでおり、どこか携帯端末のホーム画面を連想させた。
世界初のVRMMORPG、《ユートピア・オンライン》の、メニュー画面――これを目の当たりにして、ようやく俺は、この世界を異世界ではなく、ゲームの中なのだと信じることができた。
アイコンの一つに《ステータス》というのがあったので、触れてみる。途端、メニューウィンドウの上に被さるようにして、新たなウィンドウが出現した。
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Name:《Setuna》 Level:1
職業:【ローグ】
STR…5
VIT…5
INT…17
AGI…99
LUC…14
HP:100/100 SP:30/30
攻撃力:10(+10)
防御力:10(+5)
《ジョブスキル》
①【隠密行動】:足音が小さくなる。モンスターにも見つかりにくい
②【????】:熟練度50以上で解放
③【????】:熟練度100で解放
※ヘルプ※
STR…
VIT…
INT…
AGI…
LUC…
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「おぉ……マジでRPGだ」
一つ一つの数字や設定を興味深く眺める。《攻撃力》と《防御力》についてるカッコの中の数字は、装備している武器や防具によるボーナスだろう。
《AGI》の99という値は一つだけ頭抜けているが、これは高いのか、単に基準が他と違うのか。
ジョブの個性を鑑みれば、【ローグ】を選んだことで俺の初期ステータスが
「……比較対象が欲しいな」
来て早々にゲームのことで頭がいっぱいになっているあたり、我ながら救いようがない。
その時、聞き慣れた声が遠くから俺を呼んだ。
「おぉい、兄貴! こんなとこにいたのかよ! 母さん、いたよ!」
「もう、絶対一人で遊んでると思った」
門の方から歩いてきた、明るい茶髪の少年と、長い黒髪の女性。弟のシュンと、母のマキだ。
「うわぁ、二人ともマジで顔そのまんまだ。なんか、コスプレ会場みたいだな」
「ホントよ……。あんたらはまだいいかもしれないけど、私みたいなアラフォーがこんな魔女みたいな……今すぐ服が買いたいわ。セツナ、色々教えて」
「いや、イケてるよ。ギリ」
母は【メイジ】を選んだようで、濃紺の艶やかなローブに身を包み、木の杖を握っていた。本人は「お見苦しいものを世間に晒してしまって……」と言わんばかりの悲壮な顔で沈んでいるが、母は未だに俺たちの姉と間違われるような不老の妖怪なので、息子の目から見てもギリギリセーフという感じだった。
「これ、全部親父が創ったんだよなぁ……マジ、すげぇ。すげぇしか言葉が出てこねぇ」
弟のシュンは、短く刈り揃えた地毛の茶髪を揺らし、街のあちこちを見回して感嘆していた。いかにも初期装備らしい、簡素な金属の鎧を身に纏い、背中には大きな両手剣を背負っている。
この通り、あまり頭の出来はよくないのだが、カラッとした性格で運動神経も良く、クラスでは中心にいるタイプ。自慢の弟だが、兄弟なのになぜこれほど正反対なのだろう。母によると、シュンは母に、俺は父に似たらしい。
「シュンは【ファイター】にしたんだな」
「え、何が?」
「何って、ジョブだよ。初期登録のとき選んだだろ?」
「うーん、よく分かんなかったからオッケー連打したんだよな」
あぁ、そうだった。シュンは機械にものすごく弱いのだ。名前を間違えずに入力できただけでも奇跡である。
「まぁいいや、ちょっとステータス見せて欲しくてさ。教えるから協力してくれよ。ついでに探検しよう」
「よくわかんねえけど、探検はしたい!」
「母さん、俺たちちょっと遊んでくるから!」
今にも駆け出そうとする俺たちに、母は泡を食った顔で泣きついた。
「ちょっと、こんな格好で母さん一人にする気!? 自分たちの家がどこかも分からないのに!」
「住居は世帯単位で割り当てられて、メールで通達がくるって話だったでしょ。たぶんマップ情報が添付されてるから、メッセージウィンドウからそれを追跡して……」
「何語!? あんたにとっては自分の土俵かもしれないけど、こちとら感動より不安がでかいのよ!」
母の言うことも一理ある。俺は思いついて、三人で《フレンド登録》を交わすことにした。《フレンド》になったプレイヤー同士はメールや
母とシュンにその機能を活用しろというのは無理かもしれないが、俺さえ二人の位置情報が分かれば離れてもすぐ再会できる。
俺は二人にまずメニューウィンドウの開き方を教え、根気強くレクチャーした。なんだか、おじいちゃんにスマホの使い方を教えている気分になった。
たっぷり十五分もかけて《フレンド登録》を完了した頃には、母も一つの機能を覚えたことで落ち着いたのか、ずいぶん強気になっていた。「なんだ、簡単じゃない」と満足げに小鼻を膨らませる。丁度、運営からのメッセージが送られてきて、無事に俺たちが住む家の場所も分かった。
「セツナ、ありがと。二人でたっぷり遊んでらっしゃい。母さんは買い物をして、先に家に帰ってるから。暗くなるまでには帰ること」
「はーい!」
二人して元気よく返事をしてから、俺とシュンは待ちかねたように駆け出した。後ろから、母の呆れたような笑い声が聞こえた。
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