第十七話 悲しき結末

   

「復讐屋か……」

 ピペタ・ピペトは、思いっきり動揺してしまった。

 無理もない。

 彼自身が、かつて、その復讐屋だったのだから。

「ああ、やはり……」

 ピペタの顔色を見て、ポリィが、勝手に納得したような声を出した。

 ますます、ピペタは焦ってしまう。

 イスト伯爵の正体や過去など、詳しく調べ上げたポリィなのだ。復讐屋についても探っており、ピペタのことまで突き止めているのではないだろうか? 今ここで『復讐』を依頼するつもりなのではないだろうか?

 そう考えるピペタに対して、彼女は、彼の予想とは少し違う反応を見せた。

「……ピペタ様は、復讐屋について、ご存じだったのですね。まあ、当然でしょう。ピペタ様は、王都守護騎士団で働いていたのですから」

 もしもポリィがピペタの正体を知っているならば、こんな言い方にならないはずだ。「王都守護騎士団で働いていたから」というのは、ピペタの裏の顔を知らない者の発言だった。

「どういう意味かな?」

「とぼけなくても結構です。かつて王都には、復讐屋という裏稼業が存在していた。でも、もう今は存在していない。なぜならば、王都守護騎士団が壊滅させたから……。そんな噂を、私は耳にしましたよ」


 情報通な娘だ。

 あらためて感嘆すると共に、ピペタは、少し心が痛くなる。

 そう、ピペタの仲間たちは、王都で解散に追い込まれた。しかも、仲間の一人が犠牲になって……。

「ほら、見てごらんなさい。ピペタ様は今、心当たりがある、という顔をしていますよ」

 ピペタの真実を知らぬまま、ポリィは、彼の顔色を微妙に誤解する。

「やはり、噂は本当だったのですね。ならば、残念ながら、ピペタ様も……。私の味方ではなく、むしろ敵ですわ」

「……敵?」

 彼女の敵対宣言に、ピペタは、思わず聞き返してしまった。彼女がイスト伯爵の命を狙ったのに、その行為を見逃すという時点でピペタとしては、ポリィの味方のつもりだったのだが……。

「そうです。私だって、自分一人で兄のかたきを討つのが難しいのは、理解しているつもりです。だから王都にいた頃、復讐屋に頼もうと考えたことはありました。そのために、お金も工面しました」

 以前にポリィは、両親から多額の遺産をのこされたという話をしていた。それが彼女の生活を助けていたはずだが、復讐屋に依頼しようと考えた時点では、もう十分な額も残っていなかったのだろう。

 ならば、その『お金の工面』の過程で、ポリィは、どんな仕事をしてきたのか。中には、女性にしか出来ないような汚れ仕事もあったのではないか。ピペタの頭に一瞬、また不快な想像が浮かんでしまう。

「でも、実際に私が復讐屋まで辿り着いて、仕事を依頼する前に……。復讐屋は、王都守護騎士団に潰されたのです」

「だが、それは……」

 復讐屋の正体は秘密だ。ピペタは、自分の正体は隠したまま、あくまでも警吏の一人として、一般論を述べる。

「……その復讐屋が、非合法な活動をしていたからだろう? 勝手な復讐は、許されることではない。だから、王都の治安を守る意味で、処罰の対象となったのだ」

「合法とか非合法とか、そんなことは、どうでもいいのです!」

 ポリィが強い口調で、ピペタの表面的な言葉を切って捨てた。

「復讐屋は、弱者の味方だったと聞きます。法では裁けぬ恨みを、代わりに晴らしてくれる……。そんな弱者の味方を、王都守護騎士団が、私のような者たちから取り上げたのです!」

 返す言葉もなかった。

 強者に踏みにじられる、弱者の恨みを晴らす。

 それは復讐屋の理念であり、ピペタの信念でもあったのだから。ポリィは、ピペタの本当の気持ちを代弁しているに等しいのだから。

「ピペタ様は、その王都守護騎士団の一員だったのでしょう? ですから……」

 ポリィは、再び視線を落として、悲しそうな声で続けた。

「恨みますわ。復讐屋を潰してしまった王都守護騎士団……。私から現実的な仇討ちの手段を取り上げた王都守護騎士団……。その一員であったピペタ様も、敵として恨みます……」

 すすり泣くような口調にも聞こえるのは、ピペタの気のせいかもしれない。彼女の目に、涙は一切、浮かんでいないのだから。

「悲しいことを言わないでほしい。私だって、弱者の味方のつもりだ」

 ただピペタは、そう言うしかなかった。


 下を向いて黙ってしまったポリィに対して、これ以上の説得は無理だろう。

 そう判断したピペタは「また来る」とだけ言い残して、彼女の部屋から立ち去った。

「はたして、これが最善策だったのか……」

 ポリィの家から出て、通りを歩き始めた途端に、ピペタは自分に問いかけてしまう。

 あの場で、彼女の無謀な仇討ちをやめさせる手段が一つあった。ピペタが、自分の正体を明かせばよかったのだ。

 かつて復讐屋の一員だったこと、当時の仲間がサウザの街にいること……。

 もしも彼が告げれば、おそらくポリィは、喜んでピペタに復讐を依頼したことだろう。自分自身でイスト伯爵の命を狙うなんて真似は、二度としなくなったことだろう。

 その場合。

 ピペタは、当然のように、仕事を引き受けたに違いない。すでにイスト伯爵配下の怪人とは戦っているし、そもそもイスト伯爵の方でも、ピペタを始末しようとしているのだから。

 つまり、復讐屋の再開だ。

 しかし。

「いや、それは出来ない」

 ピペタは、独り言と共に、首を横に振る。

 復讐屋の正体は秘密だった。ピペタの独断で勝手に打ち明けることは、仲間に対する裏切りになる。仲間全員の合意があれば話は変わってくるが、それでも軽々しく正体を明かすべきではないくらいだった。

 そもそも『仲間全員』とは何だ。今現在、ピペタ・ピペト、ゲルエイ・ドゥ、みやこケンの三人しかいないではないか。四人で話し合って決めるべき事案を、三人で決めて良いものかどうか……。

「そうだ。私は、正しい選択をしたはずだ。今は諦めさせるのは無理でも……。少なくとも私がイスト伯爵の屋敷を警護している間だけは、あの娘は襲撃には来ないだろうからな」

 そう結論づけたピペタは、いつのまにか下を向いて歩いていたことに気づき、顔を上げた。

 そして。

 前を見たピペタは、その視界の中に、信じられないものを発見する。

「ここを突き止めたのか!」

 ポリィの家から数十メートルくらいのところで、街路樹に隠れるようにして。

 右手を欠いた黒ローブの怪人が、こちらを探るように立っていたのだ!


 黒ローブの怪人は、イスト伯爵の庭でピペタたち四人に囲まれた時には、首にポリィのナイフが深々と刺さった状態だった。しかし、もう抜いてしまっており、そのナイフは見当たらない。ただし、特に治療したり包帯を巻いたりしているわけでもないので、痛々しい傷跡が、目に見える形で首筋に残っていた。

 そうやってピペタが観察している間に、怪人の方でも、ピペタの視線に気づいたらしい。

 黒ローブの怪人は、ピペタに背を向けて、急いで逃げ出した。

「待て!」

 もちろんピペタは追いかける。

 ここに黒ローブの怪人が来ているということは、ポリィの住居がイスト伯爵側に知られたということだ。

 これでは、ポリィの身が危険だ。

 だが、すでに把握した上で怪人が訪ねてきたのか、あるいは、この怪人が今ちょうど探し当てたところなのか、まだ定かではない。もしも後者だとしたら、怪人が報告に戻る前に倒してしまえば、イスト伯爵にポリィの詳細を知られずに済む。

 そう考えて、ピペタは必死に追いかけるが……。

「……何か変だな?」

 少し走った段階で、言葉に出来ない違和感があった。

 その違和感の正体を考えつつ、追走を続けるうちに、ピペタは気づいた。

 黒ローブの怪人の逃げ方が、不自然なのだ。

 この怪人をピペタが追跡するのは、月陰の日、火炎の日に続いて、これが三度目。過去二回は、怪人の逃走速度は、今よりも明らかに上だった。

「今回は全速力ではない……? 手を抜いているというのか?」

 まるで、どこかへピペタをおびき寄せようとしているかのような動きだ。

 いや、あるいは。

 ピペタを連れていきたい目的地があるのではなく、逆に、ポリィの住処すみかという特定の場所から、ピペタを大きく引き離したいのではないだろうか。


 イスト伯爵の一味が、最初の日にポリィをさっさと始末しなかったのには理由がある。ポリィの背後関係を探ろうとしたのだ。

 その後、彼女には別の利用価値も出てきた。屋敷を襲撃してきた際に、その騒動に乗じて、ピペタ共々まとめて始末するためだ。襲撃者としての彼女が、イスト伯爵の方でも、必要になったのだ。

 ここまでは、先ほどポリィの寝室で、ピペタやポリィが考えたことだが……。

 実際にポリィが襲撃者として屋敷を訪れたことで、二番目の意味では使えないことを、イスト伯爵も悟ったのだろう。ポリィ程度の腕前では、すぐに撃退されて、たいした『騒動』にならないのだ。

 ならば、ピペタにぶつけるのは、もう一人の襲撃者――赤髪の女暗殺者――の方が適任だ。

 今頃、イスト伯爵は、そう考えているかもしれない。

「もしも彼らが、もうポリィを生かしておく意味はないと判断したならば……。その上で、彼女の住居も突き止めたのだとしたら……」

 イスト伯爵の思惑を推察しながら、ピペタは、黒ローブの怪人を追う。

 目の前の怪人が、自分をポリィから遠ざけるための囮なのだとしたら……。

「いや、それは意味がない。怪人が二人組だった頃ならば成り立つ戦法だが、もはや一人になってしまった以上……」

 独り言として、そこまで口にして。

「しまった!」

 ピペタは叫んで、立ち止まってしまった。

 重大な見落としがあったことを、ようやく悟ったのだ。

「……彼女の身が危ない!」

 慌てて向きを変えて、来た道を戻るピペタ。

 彼は、ようやく気づいたのだった。

 黒ローブの怪人には、失ったコンビの片割れ以外にも、戦力となる仲間がいることに。

 怪人がイスト伯爵の手駒である以上、伯爵の近くに控えていた仮面の大男――イスト伯爵からオウサムと呼ばれていた男――もまた、遊撃部隊として動き回る可能性がある、ということに。


 ピペタがポリィの住居に戻った時、その扉は、開いたままだった。

「ポリィ!」

 彼女の名前を叫びながら、ピペタは飛び込む。

 返事はないが、ピペタは構わず、奥へと進む。

 そして、寝室に辿り着いたところで、ピペタは見た。

 先ほどまでピペタも座っていたベッドの上に、ポリィが仰向けで横たわっているのを。

 だが、平和に眠っているわけではない。彼女の胸には、大ぶりのナイフが突き立てられていたのだから。

 そう、少し前に彼女が黒ローブの怪人を刺した、あのナイフだ。こんな形で、彼女はナイフを返却されたのだった。

「ポリィ!」

 もしかしたら、まだ息があるかもしれない。

 そう思って駆け寄ったピペタに対して、ポリィは、弱々しい声で反応を返す。

「ああ、ピペタ様……」

 言葉と同時に彼女は、ゴフッと血を吐いた。

「しっかりしろ! 傷は浅いぞ!」

 ピペタはポリィを抱き起こして、首の角度を変えてやった。仰向けのままでは、吐いた血を自分で飲み込む形になる。さすがに、すぐに血が固まって喉に詰まるということはないだろうが、それでも悪い影響がありそうだ、とピペタは感じたのだった。

「ああ、少しはラクに……。ありがとうございます」

「無理に喋るな。傷に差しつかえる」

 彼女に対しては「傷は浅い」と言ったが、そんなものは大嘘だった。胸のナイフだけでも致命傷になっておかしくない上に、体のあちこちに打撲傷もある。彼女の胸からは血が滲み出ているが、下手にナイフを引き抜いたら、血が噴き出してくるかもしれない。

 そう思うとピペタは、ナイフに触れることは出来なかった。代わりに右手で、ポリィが弱々しく伸ばした手を、優しく握りしめた。左腕で、彼女を抱きかかえたまま。

「ピペタ様……。兄は生きていました。でも、恐ろしい怪物にされて……。あれでは、もう死んでいるのも同然です。どうか、兄の魂を解放してやってください。それが出来るのは、ピペタ様のような強い騎士様だけ……」

 言葉そのものは案外しっかりしていたが、その口調は、明らかに瀕死の人間のものだった。

 ポリィの発言で、ピペタは理解する。

 イスト伯爵がオウサムと名付けた大男、あれがポリィの兄アンティだったのだ。イスト伯爵は「行き倒れていたところを拾った」と言っていたが、伯爵自身の身分同様、あの話も大嘘だったのだろう。

 つまり、かつて兄だった怪物に、ポリィは襲われたことになる。

 以前に彼女が語った話では、両親が他界した後、その遺産に加えて、兄の稼ぎで暮らしていたのだという。おそらく、妹思いの、優しい兄だったに違いない。

 そのアンティが、今はイスト伯爵の怪物オウサムとなって、ポリィの命を奪う……。そこにアンティの意思は、全く感じられない。確かに「もう死んでいるのも同然」であり、ポリィが「兄の魂を解放して」と願うのも当然だった。

「押入れに……。復讐屋に頼もうと思って貯めた、お金があります」

 もはや首を動かすことも出来ないポリィは、視線の向きだけで、その場所を示す。

「ピペタ様……。あなた様が、本当に弱者の味方であるならば……」

 先ほど部屋から立ち去る時にピペタが告げた言葉を、このような場面で、ポリィは引用する。

「……かつて王都にいた復讐屋のように、このお金で、私の恨みを……」

「ああ、わかった。確かに聞き届けたぞ」

 気持ちを込める意味でピペタは、ポリィの手を握っている右手に、強く力を入れた。しかし彼女には、もう握り返す力はなかった。


 もはやピペタの声が届いているのか、それすら定かではない。彼女は目を閉じて、この部屋でのピペタとの会話について、再び言及してきた。

「あの時は『恨みます』と言ってしまいましたが……。本当は私、ピペタ様に対しては、不思議と恨む気持ちがないのです」

 無理に微笑もうとして、ポリィは、小さく血を吐いた。

 もうピペタは「無理に喋るな」とも言えない。すでに、彼女のしたいようにさせてやる段階だった。

「でも、考えてみれば当然ですね。これまでピペタ様は、私のために、色々と便宜を図ってくださったのですから……」

 彼女は、笑みを浮かべて、口を閉ざした。

 聞き届けたピペタが、小さく呟く。

「わかった、ポリィ。私は……」

 強者に踏みにじられた、弱者の恨みを晴らす。

 あらためて強く決意しながら、ピペタは、急速に命を失っていく少女に対して、正直に告白することにした。

「今まで言えずにいて悪かったが……。私が、その王都にいた復讐屋、ウルチシェンス・ドミヌスの生き残りだ。だからプロの復讐屋として、ポリィの恨みは確実に……」

 ピペタは最後まで言わずに、そこで言葉を切った。

 彼は気づいたのだ。

 抱きかかえた腕の中で、すでに命の温もりが失われていたことを。

   

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