第七話 二人で酒場へ

   

「……というわけで、私は、そのポリィという娘を家まで送り届けたわけだよ」

 ピペタ・ピペトは、昨日の怪人二人組との遭遇やその後の顛末を、ゲルエイ・ドゥとみやこケンに語って聞かせていた。

 ちなみに、今のケンは、もうパンツ一枚という恥ずかしい姿ではない。そのままでは風邪をひくだろうということで、ゲルエイの家にあった服を借りて、着込んでいる。

 若い女性の姿をしたゲルエイのところに、なぜ男物の衣類があるのか。ピペタもケンも、特に疑問には思わなかった。亡くなった仲間メンチンの着ていた服に違いない。そう理解していたからだ。

 ゲルエイにとって、メンチンは単なる仲間ではなく恋人でもあったのだから、その遺品を捨てられずに保管しているのも当然だった。ならば、そんな大切なものをケンが着てしまっていいのか、という問題もあるかもしれないが……。ケンも復讐屋の仲間ということで「ケンならば構わない」とゲルエイは判断したのだろう、と二人は解釈していた。

「なるほどねえ。それであんたは、その娘さんの部屋で一晩過ごした、ってわけかい」

「えっ? ピペタおじさん、ポリィちゃんのところに泊まったんですか? やるなあ」

 ゲルエイとケンが、勝手なことを述べている。

 ピペタは、バタバタと手を振って否定した。

「待て待て。そこまで私は長居していないぞ。まあ、酒に酔って、少し寝てしまったのは否定しないが……。夕食をご馳走になった後は、すぐに退出したのだ」

 結局ピペタは、ポリィの部屋で酒を飲んだこと、眠ってしまったこと、夕食も一緒だったことなど、全て白状させられる形になってしまった。

「それで、そのポリィちゃんって、どんな感じでしたか? この世界の女の子なら、まあ可愛いのが当然だろうけど……」

 ニヤニヤした顔で、そんな言葉を口にするケン。表情と口調が合わさると、なんだか好色な感じもする。

 しかし、特に下心はないのだろう。ピペタは以前にケンから、ケンの通う『高校』という教育機関には女がいない、という話を聞いていた。別に『高校』全てが女人禁制という制度ではなく、ピペタの『高校』が『男子校』と呼ばれる、特殊な場所なのだそうだ。

 自分の世界ではそんな環境なので、ケンは、異世界でも構わないから女の子と仲良くなりたいのだという。特に、ケンに言わせると、この世界は「女性の容姿のレベルが高い!」ということなのだが……。ただ単に、物珍しさからそう見えているだけなのではないだろうか。ピペタは、そう思っていた。

「うむ。いかにも純真無垢な、素朴な街娘といった感じかな。まあ、ケン坊が見たら、可愛いと思うかもしれないが……。興味があるなら、自分の目で見てみるか?」

「えっ、紹介してくれるんですか?」

 ピペタの言葉は、ケンの期待を超えていたらしい。その場で喜んで踊り出しそうなくらい、嬉しそうな顔をしている。

 しかし。

「何を考えているんだい、ピペタ」

 その場の空気に水を差すかのように、ゲルエイがピシャリと言い放った。

「ん? 別に他意はないぞ。ただ、この後、ポリィが働いているという酒場に行くつもりだったからな。そこに、ケン坊も連れていってやろうかと……」

「だから『何を考えている』って言ってるんだ。あんた、その娘さんの騒動に首を突っ込むつもりなんだろう? まさかとは思うが……。これを復讐屋の案件にする気じゃないだろうね?」

 言われて驚くピペタ。一瞬、言葉が出てこなくなるくらいだった。そんなことは、微塵みじんも考えていなかったのだから。

 そもそも、復讐屋は「強者に踏みにじられた弱者の恨みを晴らす」という稼業だ。『強者に踏みにじられた』という被害者が出て初めて、依頼が発生する。だが、そんな存在は、ここまで登場していないはず。むしろ逆に「誰も『被害者』にならないように」と思えばこそ、ピペタは、あの怪物を何とかしたいのだが……。

 それに、もっと根本的な問題がある。

「おい、ゲルエイ。私たちは、いつ復讐屋を再開したのだ?」

「いいや、始めちゃいないさ。これを機に、あんたが再び始めようと思ってるんじゃないか……。そう心配したまでのこと」

 実際のところ、復讐屋再開を検討しているのはゲルエイの方だった。しかし彼女は、それを自分から言い出すことに、抵抗を感じていた。

 そんな彼女の葛藤に、ピペタは全く気づいていない。かつての仲間ということでピペタは、彼女が口に出さない真意を読み取れてしまう場合もあるのだが、今回は無理だったようだ。逆にゲルエイの方は「ピペタが気づいていない」ということを、理解できてしまった。

 ゲルエイは、内心では失望しながら、表面的には何気ない態度を装って、軽く手を振ってみせた。

「ああ、すまないね。あたしの杞憂だったなら、それで構わないさ。さあ、あんたたち二人、男同士で仲良く、そのポリィって娘の店に行っておしまい」

「ああ、言われなくてもそうするぞ。じゃあ、少しの間、ケン坊を借りていくからな」

 一応ケンはゲルエイに召喚されているわけだし、元の世界に戻すのもゲルエイの役目だ。だからピペタは『借りていく』という表現を使った。

 そうして、ピペタが立ち上がったところで、

「ああ、そういえば言い忘れていたね」

 ゲルエイが、まるで引き止めるかのように声をかけた。

「さっきも言ったと思うが、あんたの鎧姿、この界隈じゃ目立って困る。もう二度と、うちには来ないでおくれ」

「言われなくったって、そのつもりだ。裏の仕事をやっていればこそ、私たちは仲間だったわけだが、やめてしまった以上は……」

「なあ、ピペタ。もしも、どうしても集まる必要があるならば……」

 ゲルエイは、敢えてピペタの言葉を遮った。

「……うちではなくて、街外れにある『幽霊教会』を使おうじゃないか」

「『幽霊教会』?」

「何ですか、それ? ちょっと面白そうな名前ですね」

 南地区しか知らないピペタと、異世界人であるケンに対して、ゲルエイが説明する。

「ここから真っすぐ西に行った辺りにある、教会跡地だよ。建物も崩れて、もう誰も使っちゃいない。しかも、悪霊だかモンスターだかが出るって噂もあるから、一般人は寄り付かない。秘密の会合には、もってこいの場所さ」

「教会跡地……。そうか、宗教勢力の縄張り争いに負けて、潰れた教会か」

「おそらく、そうだろうね」

 ピペタの言葉に、ゲルエイは頷いておいた。


 宗教勢力の縄張り争い、という表現をピペタが口にしたように、この世界には二つの大きな宗教組織がある。

 一つは、勇者伝説の時代から存在するという『教会神教』だ。

 伝説の時代、人々に魔法を与えた神々。その後お隠れになったとは言われるものの、ゲルエイのように魔法が使える者が残っている以上、今でもこの世界の人々に何らかの形で力を貸していると思われる神々。そんな神々を崇める宗教だ。歴史ある『教会』を中心とする宗教組織であり、現在も大きな勢力を誇っている。

 これに対して、近年勢力を広げつつあるのが『勇者教』だった。勇者教も、元々は教会神教の一派だったのだが、

「後にお隠れになるような神々よりも、その神々に召喚された勇者こそ、魔王や魔物を排除して、現在の平和の礎を作った英雄ではないか」

 ということで、そちらを神以上に崇拝するようになってしまった。その結果、教会神教から独立して、新しく『勇者教』という宗教を立ち上げたのだった。

 広く流布している勇者伝説も、勇者教の者たちが、様々な伝承や逸話をかき集めて、現在の形にまとめ上げたものらしい。神官を女性ばかりにして『巫女』と呼んだり、建物を教会ではなく『寺院』と呼んだりして、教会神教との差別化を図っている。勇者伝説も巫女という存在も、庶民には親しみやすく、勢力拡大に大きく貢献したという。


「わかった。次に会う時は、北区域の西外れにある教会跡地だな。では、今度こそ行くぞ」

「はい、ピペタおじさん」

 ピペタはケンを連れて、ようやくゲルエイの長屋から出ようとしたが……。

 扉に手をかけたところで、ふと立ち止まった。振り向いて、少し情けない表情をゲルエイに見せる。

「すまないが、教えてくれ。『女狐めぎつね亭』という酒場は、どこにある? ここからだと、どう行ったらいい?」

 そう。ピペタは、ポリィから酒場の名前こそ聞いていたものの、その所在地は知らないのだった。

「なんてこったい。『幽霊教会』がわからないだけでなく、今から行こうとする店の場所まで知らないとは……。あたしゃ、いつから案内係になったのかねえ?」

 あくまでも冗談として文句を口にした後、ゲルエイは、ピペタに『女狐めぎつね亭』までの道順を懇切丁寧に教えるのだった。


 ピペタとケンが、ゲルエイに教わった場所へ赴くと、そこには何軒もの酒場があった。

「どれが『女狐めぎつね亭』かな」

 ふと呟いたピペタに対して、

「あれじゃないですか?」

 ケンが、一つの店を指し示す。

 その店の扉の上には、丸い看板が掲げられていた。擬人化された狐の姿が描かれており、腕を曲げて、いかにも「コン!」と鳴きそうなポーズを見せている。

「なるほど、間違いないだろう」

 早速、二人は、その店に入っていく。

「いらっしゃいませ!」

 出迎えたのは、立派なチョッキと蝶ネクタイで身を飾った、少し太めの中年男だった。この店の主人なのだろう。騎士鎧のピペタを上客と判断して、自ら接客に出てきたようだ。

「一つ、確認したいのだが。この店は『女狐めぎつね亭』だな?」

「はい、もちろんですとも!」

 店主は、ホクホク顔で答えた。ふらりと適当に入ってきた客ではなく、この店を選んで訪れた客だと理解したからだ。

「そうか。では……。奥の方の、どこか静かに飲める席へ案内してもらおうか」

「それでしたら、どうぞ、こちらへ」

 席へと案内されながら、ピペタは店内を見回した。

 店は繁盛しているようで、給仕の娘たちが、忙しそうに酒や料理を運んでいる。彼女たちの制服のデザインが、胸元を強調するような形になっているのは、こうした酒場にはありがちな話だった。ただ、ケモノ耳のような飾り付きのカチューシャを全員が装備しているのは、この店独特の話に違いない。おそらく、店の名前に関連して『女狐めぎつね』を模しているのだろう。

「凄いですね、ピペタおじさん。まるで、ケモ耳パブだ」

 ケンが感嘆しているようだが、ピペタには理解できない言葉だ。それを聞き流しながら、案内された席に座る。さらに店内に目を配っていたピペタは、娘たちの一人と目が合った。

「まあ!」

 驚いて声を上げたように見えるが、仕事中の彼女に、遠くから話しかけるのも気が引ける。ピペタは、軽く手を振って挨拶するにとどめた。

 その様子に気づいた店長が、いっそうの笑顔を見せる。

「なるほど。騎士様は、ポリィのお知り合いでしたか……。では騎士様のテーブルは、彼女の担当ということで、よろしいでしょうか?」

「うむ。私としても、その方が助かるな」

 ピペタが頷くと、店長は、手招きでポリィを呼び寄せた。

「ポリィ、こちらの騎士様のお相手を」

 そう言い残して、店長は奥へと戻っていく。彼の姿が消えると、ポリィはピペタに満面の笑顔を向けた。

「嬉しいですわ、ピペタ様! 店まで来てくださるなんて!」

 続いて、

「お連れのかたは? ピペタ様の部下である騎士様でしょうか?」

「いやいや、まだ騎士にもなっていない、ただの坊やだ。ケン坊と呼んでやってくれ」

「ケン・ミヤコです。よろしく。ピペタおじさんの、遠縁の親戚です」

 ポリィに向かって右手を差し出しながら、偽りの自己紹介をするケン。

 お盆を左手で抱えて、握手に応じるポリィ。

 二人の様子を見ながら、ピペタは、ケンの説明に少し付け加えた。

「ケン坊のような子供を、このような酒場に連れてくるのはいかがなものか。少し悩んだのだが、まあ、これも社会勉強ということだ。それに私としては、昨日の今日だから、あなたの身を案ずるという意味も兼ねていてな」

「まあ! わざわざありがとうございます、ピペタ様。でも『このような酒場』というのは、少し失礼ではないかしら? ここ『女狐めぎつね亭』は健全なお店です。安心して、楽しい時間をお過ごしくださいませ」

 そこまで普通に話した後、ポリィは、ピペタに体を寄せた。他の給仕の娘が通りかかっても聞こえないくらいの、小さな声で囁く。

「店長も店の仲間も、一昨日や昨日の出来事は知りません。ですから、その話は、ここでは内密に……」

「……ほう?」

 ピペタは、小さく疑問の声を上げた。

 これに対してポリィは、わざとらしくメニューに指を向けながら、少しかがめた体を、さらにピペタに近づけた。

 メニューについて話し合っている、という形を装って、二人は会話を続ける。

「いちいち報告して、大事おおごとにするのは嫌ですし……。店の仲間を厄介ごとに巻き込みたくもないですから」

「しかし、事件の発端は一昨日、この店に例の二人組が来たことなのだろう?」

 ピペタ自身は、その点には、少し疑問を感じているのだが……。これしかポリィの心当たりがない以上、昨日の怪人の正体を探る手がかりとなりそうなものは、この話だけなのであった。

「はい。でも、あの二人は、目立たぬ席で、目立たぬように座っていました。給仕した私以外、二人を『怪しい』と思った者はいなかったでしょう。誰の印象にも残っていないはずです」

「なるほど」

 ピペタのその言葉で、この会話も終わりと判断したのだろうか。それまで黙って聞いていたケンが、口を挟む。

「ピペタおじさん、そろそろ注文しませんか?」

 ゲルエイの長屋でピペタがケンたちに説明したのは、あくまでも、昨日の出来事だけだ。ポリィから聞いた話――怪しい二人組が店に来たこととか彼女が兄を探していることとか――については、語っていない。

 だからケンは蚊帳の外に置かれていたわけで、そろそろ我慢できなくなったのだろう。それでも、途中で「何の話ですか?」と詳細を聞き出そうとしないだけの、分別はあったのだ。

「そうだな。では……」

 ピペタは、メニューに目を通しながら、

「まずは、ワインとジュースをもらおうか。残念ながら、このケン坊は酒が飲めないからな。それと、何か適当に、食べ物を二人分……。そうだな、この店一番のオススメは何かな?」

   

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