第41話 チング王子

チャングム王国の王宮で、イラつきながら爪を噛む男がいた。

魔界から、派遣された幹部の一人、ギナだった。

計画に邪魔が入った。

以前、セガル王国を使った計画を邪魔にされたのに続いて今回も!

魔界に戻ったところで、続けて失敗した自分に先は無い。

しかし、そんな事は、もはや、どうでも良い。

アガス将軍の目を通して対峙した敵。

セガル王国で見た奴と同じだ。

許さない!

あの、ふざけた奴だけは!

ギナは、噛んでいた爪を噛みちぎった。



ドラゴンの里、軽キャンクラブの拠点。


「みんなー準備はOKですかー?」

俺は、引率の先生のように、言った。

みんな、準備万端!

一人、非協力的なのがいる。

あそこで木にしがみついている勇者様だ。

俺は、ニコニコしながら、勇者に近づく

「前川、いろいろすまなかった、嫌がったのに道案内を頼んだりして……嫌なものはしかたないのにな……すまなかった」

俺は、勇者 前川 彰に頭をさげた。

「野上さん…」

前川が、驚いて、木から手を離した。

「前川……」

俺は、ニコリとした。

前川は、俺に近づいてくる。


今だ! 俺の眼がキラリと光る!


「確保!」


俺の言葉に、隠れていたウィズと、バンが、前川を拘束した!


「ばか野郎! 誰が、テメエにお願いなんかするかよ! 命令だ! 命令!」

俺は、高笑いしてやった。

「この、悪魔ー!」

キャンピングカーの方に引きずられながら、前川が俺に言った。

実に愉快。




前川が、嫌々、キャンピングカーに乗り込む。

運転席には、ルファス、助手席には、キャスカがいた。

運転席の後ろに座った前川。


「ん?」


前川は、気づいた。

ルファスの方に体を向きなおした。

そう、この位置から、キャスカの胸元が見える。

やっぱりだ。

この位置からなら服の隙間から、平らな胸が見える。

そして、アレがもう少しで見えそうだ。

「ルファスさん、いきましょう」

やる気に燃える前川が言った。

運転の振動なら、アレが見えるチク…ゲフンゲフン。

悪くないぜ! と、前川は思った。


俺は、軽キャンに、キャンピングトレーラーを連結させた。


その時、空からドラゴンが2匹降下してきた。

ミロースとヘリウスだ。

ドラゴンの羽ばたきで、風がすごい。

「ミロース! どうした?」

俺は、腕を顔の前にもってきて風避けにしながら言った。


「長が、一緒にいくって」

ミロースが言った。


「は?」

俺は、理解できない。


「だって、行ったら、帰らないかもしんないじゃん」

ヘリウスが、僕ちゃんみたいに言った。

何言ってんだよ。

俺は、呆れた。



「ヘリウスお前は、この里の長なんだから何かあったらどうすんだ? それでもついてきたいなら、危険な場合、ちゃんと逃げるって約束しろ、それだったら連れていってやる」


俺が、ヘリウスに叫ぶと、ヘリウスは大きく頷いた。



ミロースが、俺の軽キャンとキャンピングトレーラーを掴んだ。

ヘリウスは、ルファスのキャンピングカーを掴む。


「そんじゃ、行きますか! 案内頼むぜ、勇者先生!」

俺は、軽キャンから、キャンピングカーの上に乗せられた前川に言った。


いや、だってヘリウス達に道案内するなら、外に出るしかないだろう?

だから、前川がキャンピングカーの外に出るのは、しかたない事なのだ。

いやー、かわいそうだー。


「この、悪魔め!」


何か、前川が叫んでいるが、俺はニッコリ笑って、窓を閉めた。

さぁ~て、俺は、軽キャンの後ろのレイラとプロムの元へ移動して到着までの間、セック……ゲフンゲフン、楽しみましょうかね。




ビュオォォォォー!


空を飛ぶ。

ぐんぐん進む。


前川が、寒さでガチガチ言いながら、案内を懸命にする。

「あっじでずー!」

前川は、早く終わらせたいから必死だった。


ビュオォォォォー!




チャングム王国。


「ギナ! ギナはおるか?」

チャングム王が歩きながら、言った。


「王よ、いかがなされた?」

ギナが、闇から現れた。

「ギナよ、そこにいたか」

おろおろと、ギナに近づくチャングム王。

「お主の言うように、息子が、ワシを殺そうとしておる」

ギナが笑みを浮かべる。

「そうであろう。 我に従えば、安泰よ……世界の王となるのだ」

ギナが、王に語りかけた。


「息子の、チング王子を殺すのだ」

ギナが王にそう告げると闇に消えた。


「そうだ……ギナの言う通り殺してやる……イヒ、イヒヒヒ……」

チャングム王はヨダレを垂らして、気色の悪い笑い声をあげ歩いていった。


遠くで、警備兵がその様子をうかがっていた。



「チング王子、逃げてください! 殺されます」

王子の部屋にノックもせずに、そう言ってドアをあけた警備兵。

先ほど立ち聞きをした兵士だった。


「何をいっている」

チングが、椅子から立ち上がり警備兵に言う。

「王様と、ギナが話をしているのを偶然、この耳で聞いてしまいました!」

警備兵が言うと、チング王子が考えこんだ。


最近の父上の言動がおかしい。

民を省みずに、戦争の準備をする。

そのような父ではなかったのに……。


「ありがとう」


そう言って、チング王子は行動を開始した。


今、死ぬ訳にはいかない。

死んでしまえば、王を諌める事ができる者がいなくなってしまう。

民を守る為、今は、逃げる。

チング王子は、そう思ったのだ。



「いないぞ!」

「探せ!」

武装した兵士達が、チングの部屋に着いたが、そこにチング王子の姿はなかった。


その頃、王子は、既に城を抜け出していた。




チャングム王国の王都近くまできたので、ミロースと、ヘリウスに降ろすように頼んだ。

ドラゴンがいきなり王都に行ったりなんかしちゃ目立って仕方ないからな。

それに、前川も限界だろう。


森の中に適当な空き地があったので、そこに降ろしてもらった。


俺はすぐに回復薬を、寒さで死にそうになってる前川に、飲ませる。


「死ぬかもしれないと思いました」


前川は、そう言うが結構タフな奴だなと思った。


俺達を降ろし終わったあと、ミロース、ヘリウスに、人化してもらい目立たない姿になってもう。

「それじゃ、二人とも、あっちの大きい方に乗ってくれ」

俺は、二人を、ルファスの運転するキャンピングカーに乗車させた。

勿論、前川も、ルファスへの運転指導員兼ナビ役としてキャンピングカーに乗車させる。


ルファスの運転するキャンピングカーを先頭にキャンピングトレーラーを連結した軽キャンが一列になって、チャングム王国の王都を目指し走り出す。


ドラゴンが目立つから下に降りたけど、これはこれで十分目立つのでは? と、思ったが、歩くのは疲れるので、余計な事は言わない。



しばらく道なりに王都を目指して走っていると、前を走るキャンピングカーが停まった。


何事? と、思って見ていると、前川がキャンピングカーを降りた。


俺も降りて、様子を見に行くと、前川が馬に乗った若い男に近づいていく。


知り合いなのだろうか?



チング王子が馬から降りた。


「やっぱり勇者様じゃないですか! ドラゴン討伐から、御戻りでしたか! 実は、

アガス将軍達もドラゴンを捕獲に行ったのですが、あいませんでしたか?」


チング王子は、前川に近づきながら言った。


「いや、まったく、全然、あっていません」


前川は、きょどりながら答える。


「そうですか……、勇者様、あそこで、こちらを見ている者は?」

チング王子が、遠くから様子をうかがっている野上博志を指差した。




若い男が俺を指差している、失礼な奴だなと、野上博志は思った。




「あ~、アレは、部下です。 物乞いをしていたので、施しをしてやったら、懐きましてね。 仕方なしに部下にしてやったのです」

前川が、ヤレヤレ的に言うと、


「流石は、勇者様。 お優しい、お方だ」

チング王子は、感心した。


「人として、当たり前の事をしたまでです。 見てください、あの品の無い顔を」

前川が野上博志を指差す。




「なんだ?前川の野郎まで、俺を指差しやがった」

また、指差された野上博志が言った。




「無知なる者を導くのも、また、勇者の務め」

前川の言葉に、チング王子は、感銘を受けたようだ。


「……勇者様、私も助けては、もらえないでしょうか……」

チング王子は、絞り出すように、言った。


「顔を、お上げください王子、この、勇者アキラも、王子を、お助けしたいのですが

……私も、仲間を養わねばならぬ身……」

チラチラ、チング王子を見る前川。


「……! も、勿論、私を救っていただいた折には、それ相応のお礼をさせていただきますので、どうか!」

前川の意向を忖度したチング王子が言った。


ニヤリと、いやらしい笑みを浮かべた前川が、ふと顔を軽キャンの方に向けると、野上博志が近寄ってくるのが見えた。


「!」


前川は、チング王子に待つように言うと、ダッシュで、野上博志のとこへ向かう。




「野上さん、どうしたんです?」

ハァハァ言いながら前川が俺に聞いてきた。


「いや、あそこにいるの知り合いだろ? 俺も挨拶しとこうかと」

俺は、言いながら、ずんずん歩いていく。


「良いです、大丈夫ですからぁ」

進もうとする俺を、前川が引っ張る。


「何? どうしたんだよ?」

俺は、異常行動をとる前川に言った。


「彼は、……可哀想な奴なんです! そっとしてやってもらえませんか」

前川は、大量に汗をかきながら、ひきつった笑顔で言った。


俺は、さっぱり意味がわからない。


「ええい、うっとおしい!」

野上博志は、前川を突き飛ばしてチング王子に向かった。


やばい! 王子に何かあったら、俺は、チャングム王国に殺される! と、前川は思った。

なぜ、そう思うかって?

この男、無茶苦茶な奴じゃん!


……こうなったら!


前川は、おもむろに鼻に指を突っ込んだ!


「これを、喰らいたくなかったら、戻って下さい」

前川は、指についた鼻くそグレープ味を、野上に向けて言った!



俺は、突然、鼻くそを向けられた。

前川、とうとう、イカれたか! と、思った。

俺は、冷静に鼻くその着いた方の手首を掴んだ。


前川は、まさか俺が向かってくるとは想定していなかったようで驚いた顔をした。


バチィンッ!


俺は、思いっきり前川をビンタした。


前川が鼻血を出して倒れた。



「貴様! 勇者様に何をする!」

様子をうかがっていたチング王子が、勇者の危機を救わんと剣を抜いた。



なんだ?若い奴が剣を振り回して走ってくるぞ! と、俺が思うと同時に、軽キャンから、レイラとプロムが飛び出した。


ガッ!



今、俺の目の前で、若者が絶賛半殺しの目に合っている。


前川に泣いて頼まれた俺は、頭のイカれた若者への攻撃をやめさせた。


前川が言うには、あの、死にかけの若者は、今から向かうチャングム王国の王子らしい……


回復薬をチング王子に飲ませながら、最悪の出会いになってしまったと思った。

が、同時に、役にたちそうな駒が手に入ったと俺は思った。

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