第32話高さ


「ああ、高いなあ」


展望台で双眼鏡を見ながら、十人ほどの諦めたような、ため息のような言葉です。


でもそれでも、ちょっとでも近くに行ってカメラのシャッターを押している私たち夫婦、似た者同士です。しかし映ったものは白っぽい小さなタカの形、メスのハチクマ、そう、先日タカの渡りの観察会に行った時の事です。


「昨日は近かったんですよ、ほら」


と写真や動画を見せてもらいました。


「いいなあ、うらやましい。どうも私が来ると駄目なんですよね、先日主人とダイゼンを撮りに行った時も空ぶって」


「そんなことはないですよ」


とタカを心から愛していらっしゃる方から言われました。


皆さんとそんな会話をしながら空を見上げましたが、残念ながらその後もあまり飛んではくれませんでした。


 実はその数日前も主人がタカの渡りをここに見に来ていました。同じ様に

「高い・・・」というぼやきが昼に私の元に入ってきて、帰って見せてもらいましたが、

「案外映っているじゃない」

と私は羨ましく思うほどでした。何故か私のカメラも主人のカメラも動画にすると大きく映るので、それをじっと見ていて気が付きました。


「早いね、飛ぶ速度がトビの倍くらい違う」


考えれば当然です。

ハチクマの秋の渡りのルートは、日本の大学が調べたところによると、北部九州を通って中国大陸の東端をなぞるように飛び、最終的には東南アジアの連なる島々、ティモールまで帰っていくのです。風に乗り体力を温存しながらも早く着きたいでしょう、丁度台風の時期でもあるのですから。


「ハチクマはまっすぐ前を向いて飛びますよ、トビは下の方を向いていますが」


大きさはほとんど同じくらいなので、なかなか判別は難しいです。特にこの日は私の八倍の双眼鏡ではほとんど見えませんでした。しかしやっと観察の後半になって気が付きました。私の物でもブラさずにしっかり構えていれば、虫のような大きさにしか見えないハチクマも確認できるのです。


「すべては構えかな」と改めて感心したところで、主人がいないのに気が付きました。実は「フォ、フォ、フォ」とも「ヒ、ヒ、ヒ」とも聞こえる大きな声につられて下の林に行ってしまったのです。

この声の主は「アオゲラ」です。大型のキツツキで屋久島から本州に分布しています。黄緑色の羽が美しい鳥で、実は主人はこの「アオゲラ」を目と鼻の先で撮影したことがあるのです。羽の毛の一本一本までが美しく撮れるほどに


「どうしたの? 」


「じっとしとった」


「なんで? 」


何故かキツツキの生態としてそう言うことがあるそうで、現在のところで有力なのは「脳震とう説」なのだそうです。確かにコゲラにしてもこのアオゲラにしても、木をつついているときはカメラは無駄なので、動画にしています。


「あの速さでつついたら脳震とうを起こすよね」


「ドラララララ、ドラララララ」というドリルのような音が森で聞こ得た場合は、大型のキツツキの可能性が大です。その日はこのドラミングはきこえなかったものの、ずっと鳴き声だけは聞こえていました。しかしまだ木が生い茂る季節、私は完全にアオゲラは諦めて、でもハチクマも見えない、すると何かが飛んできて、木の上の方に止まりました。


「ヒヨドリだろうけど」と双眼鏡を覗くときれいな青が見えました。あわててFZのスイッチを入れ、構えると


「モードダイヤルがずれています」

という丁寧な警告が映った後、ダイヤルを戻しもう一度構えた時には既にいませんでした。


「何でしたか? 」

「ああ・・・リュウキュウサンショウクイですかね・・・」


青は見えたものの断定はできません。するとそれから数分後


「ああ! オオルリの若鳥ですね」

「え! やっぱりオオルリだったんですか! 」

「僕も双眼鏡でしか確認できませんでした」


初歩的かつ痛恨のミス、案外FZではあることなのです。


「ダイヤルさえずれてなければ・・・」


と観察を終えても、ずっと言っていました。

しかし帰り道、「コサメビタキ」に出会いました。羽の色は薄い深緑で地味な感じなのですが、目が大きくて、可愛い小鳥です。

この日はこの写真で満足することにしました。



 タカの渡りはいったんピークを過ぎたようですが、まだ続きます。

これからは「幼鳥」が渡るのだそうです。これ不思議で、アオバズクも親が先に渡り、後から子供たちがという具合で、その点もまだ解明されていません。


「幼鳥の方が警戒心が無いのか、近くを飛ぶものがいるよ」


と聞きました。鳥も人間の子供と同じようなものなのでしょう。

しかしながら、カメラを知れば知るほど、失敗を重ねれば重ねるほど思うのです。


「昔のフィルムカメラって、すぐに撮影できたんだよね、電源を入れる必要がなかったって、凄いよね・・・」


 カメラの進化は素晴らしいものですが、やっぱり失ってしまったものもあります。一度、素敵な着物の女性が話してくださいました。


「私の亡くなった主人はカメラが好きでね、ずっと撮っていたのだけれどね・・・

やっぱりフィルムの方がきれい」


価値観は人それぞれですが、確かフィルムはその形を「写し取っている」訳ですから、デジタル処理を一度加えたものとは違っているかもしれません。その方のおっしゃったことも、やはり真実だと思いました。

 

 そしてハチクマの次の日、私はいつもの鉄塔で久々に王者のようなハヤブサを見ました。大きなメス、鉄塔の一番高い所にある、数か所飛び出た円いお立ち台で、足を舐めたり、羽繕いをしたり、私の昼休みの間中ずっとそこにいました。


「此処は私の場所よ」


「はい、その通り」


きっともうすぐジョウビタキも、チョウゲンボウもやってきます。

今年はまた新しい出会いがありそうです。






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