第22話双眼鏡の話



まず第一に書いておかなければならないのは、我が家では


「大きな双眼鏡は使っていない、使ったことがない」

ということです。光学十倍の中古でもかなり高額なものを

「使わせてもらったこと」はありますが、やはり値段と重さのことがあり、長時間は見ることができませんでした。

現在、バードウォッチング用の双眼鏡には「手ぶれ機能」が内蔵されているものもあって、格段に良くなっているでしょう。またカメラの倍率とは違い、双眼鏡は単純に「見たものがその倍率になる」のでわかりやすく、一層手軽に楽しめます。


 しかし、カメラを提げている私たちは、どうしても軽量なものへ走ってしまいます。しかしその軽量なものも、やはり良いものは違います。

子供たちが遊びのように使っていた双眼鏡で、最初は見ていましたが「やっぱり新しいものを」ということになり、近所のカメラ店で買ったのが、スポーツ観戦用で防水機能の付いた双眼鏡でした。倍率は8倍、バードウォッチング用には定番倍率です。購入したのが夕方だったので、次の日休みだった私は、早速それとサザビーを下げ鳥行に出かけました。

「冬は晴れた日が多い」このことも最近知ったことで、冬の晴天、ジョウビタキという全国的に飛来する冬鳥が目の前に留まり


「一番最初がジョウビタキのオスと言うのは良いことだな」と

早速覗いてみました。


「ああ」

カメラを撮らなくてもいいと思いました。軽い双眼鏡なのでずっと見ていたら、片方の手が「伸びている」ことに気が付きました。自分でも「触りたい」と思ったのでしょう。

灰色の頭に黒い顔、オレンジの体は、冬の低い角度からの強い日差しに一層輝き、羽のさらに毛の一本一本が美しく見えました。


「凄い・・・さすがに万を超えるものは違う」


金額のことを言って何なのですが、本当にそう思いました。子供たちの双眼鏡はもう古くて、大袈裟に言えば鳥が「すりガラスの向こう側」にいるような感じでした。もともと高価なものでない上、コーティングも劣化していたのでしょう。

でもこれは違います。自分の手に乗ったようだと思えるほどの感動がありました。主人も

「きれいに見えるな」と感心していました。


それからしばらくたって、私はちょっと面白い実験をしてみました。

海辺の町にやってきたときの事でした。小高い丘の公園に展望台があり、そこから眺めているとツバメが飛んできました。


「あれ? 燕にしては翼が長くない? 」主人の言葉で、双眼鏡で見ると顔と喉の赤みがありません。


「じゃあこれアマツバメだ! 」


飛んでいる姿は三日月のようで恰好が良く、日本全土に来る夏鳥で、海の岩場に巣を作ると言われています。ですが私のサザビーではどうしようもありません。主人はFZで何とか格闘していましたが、そこへお父さんと一緒に小学生の女の子がやってきました。三年生ぐらいでしょうか。お父さんは


「珍しい鳥がいるのですか? 」

「アマツバメと言って私たちも初めて見たんですよ」そんな話をしましたが娘さんはつまらなそうでした。私は試しに双眼鏡をその子に渡しました。


「見てごらん、ただ太陽は見ないでね」


すると最初は調整や、見方が合わなかったのか首をかしげていましたが、しばらくすると双眼鏡をずっと覗いたままです。まるで固まったように見ています。


「子供に良いものを持たせた方がいいってことかな」


というのが実は私の実験結果でした。

この満足のいく双眼鏡は、休みの日専用です。


 現在私が通勤に持っていっているのはもっと小さく軽量です。定価は六千円ほどですが、中古、ほとんど新古の状態で、その半額で主人が購入した、これも防水です。どうして防水が良いかと言うと、鳥は「雨の日が好き」なのです。トビなどはよくジャンジャン降りの中でずぶぬれになっています。暑いのか、寄生虫を落とすためなのか、彼らにとって雨はシャワーのようなものなのでしょう。ですがサザビーは防水ではありませんから、雨の日も持ってはいきますが「特別な時」しか撮りません。


「チョウゲンボウ! チョウゲンボウ! 」


冬に傘を差しながら撮りましたが、おすすめはしません。家に帰ってかなり念入りに乾かしました。もちろん双眼鏡も拭きましたが、これは中にガスが注入されているために水が入らないのだそうです。

やはりバードウォッチング用は防水の方が断然よいでしょう。


ですが何を思ったのか主人は「自分用に」とまた双眼鏡を買ってきました。同じく六千円ほどのもので、しかも防水ではありません。

「どうして? 」と私は思いましたが、ただこの双眼鏡が「よく見える」のです。確かに家で一番のものにはかないませんが、それにかなり近いのです。


「そうか、防水機能がない分見え方がいいのか」


多分そうなのだとは思います。こうしてこの双眼鏡は「晴れの日専用」になっています。

 双眼鏡はあまり倍率が高くても、要は手持ちでぶれるので逆に難しいと言われています。八倍から十倍がセオリーで、そしてなんと鳥は人間より八倍目が良いのだそうです。タカ類は二十倍ともいわれています。確かに「双眼鏡を向けたとたん逃げる」個体に数知れず会いました、彼らはきちんと見えているのです。私たちのすることなどわかっていて、からかわれていると感じることも度々です。

自然に生きる者はやっぱり強く賢いのでしょう。



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