第5話 洲浜あやめ

「38度9分……」

 風邪をひいてしまった。喉が痛くて声も出せない。誰かを頼りたくても親は両親とも海外出張、一人っ子だからこの家には私しかいない。……あれ、これ私ワンチャン死ぬのでは?誰彼構わず不幸を振り撒いた報いなら、このまま死ぬのも……


 とりあえず誰かに連絡……ああくそ、ほんと私のコミュ障具合に腹が立つ。学年はおろか、クラスにさえラ○ン知ってる人いない。まぁ仕方ないけど。とりあえず生徒会のグループに送ろうっと

「えっと……『ごめんなさい、風邪をひいたみたいで今日は学校休みます』っと。これでよし」

 ついでに証拠として体温計の画像も送っておこう。あとは……うん、寝よう。放課後になったら椿が看病に来るかもしれないから不用心だけど玄関の鍵は開けておこう

 ……あれ、私の部屋……こんなに……遠かった……っ……け




 目を覚ますと私はベッドの上で布団を被っていた。おでこには濡れたタオルが置いてある

「つば……き……?」

「あ、起きた。睡蓮、私がわかる?」

「あやちゃん……先輩?」

 ピンク髪のツインテール、年齢の割に誰がどう見てもロリ体型な洲浜あやめ。現役アイドルかつFPSに関してはプロゲーマー顔負けの実力を持つことから『ピコ充アイドル』なんて自称している。ちなみに最近何故かよく職質されるから原付の免許を取得したとか

「先輩、学校は?」

 デジタル時計の時刻は午前10時半。普通にしてても授業中のはずなのに、どうして?

「あ、まだ起きちゃダメ。ちゃんと寝てなさい。……今日は元々生放送のテレビ収録で公欠取ってるわよ」

「え、でもそれだったら……」

『ハロハロー!ピコ充アイドル、洲浜あやめだよーっ!』

 今テレビに映ってるこの人は誰?

「私、双子の妹がいるのよ。なずなって名前なんだけど……ほら、よく見たら前髪の分け方逆でしょ?」

「ほんとだ──げほっ、ごほっ」

「あーもう、横になってなさいってば!」

「ごめ……なさ……うぶっ……オエエエエエエッ」

「大丈夫、大丈夫よ」

 エチケット袋片手に、背中をさすってくれる。胃の中が空っぽになった気分だ

「……あやちゃん先輩」

「なぁに?」

「眠れるまで……手を……」

「ん」

 何も聞かずに、優しくてちょっと冷たい小さな手で握り返してくれた。死ぬんじゃないかって不安がゆっくり溶けていく。次第に意識も薄れていって、私は深い眠りについた


 目を覚ますと13時頃。あやちゃん先輩はいなくて少し寂しい気持ちに。でも、耳を澄ますとカチャカチャって音がする

 パジャマの上からカーディガンを羽織ってキッチンに向かうと、あやちゃん先輩が何か料理をしていた

「おはようございます」

「おはようスイ、食欲はある?一応お粥作ってるけど」

「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」

「いい返事!ベッドに持ってくからアンタはベッドで寝てて」

 ニコッと笑うあやちゃん先輩。やっぱアイドルなんだなぁ

 少しして私の部屋にあやちゃん先輩がお粥を持ってきてくれた

「自分で食べれる?」

「多分、はい。いただきます」

 ご飯の柔らかさが飲み込みやすくてちょうどいい。それに具材のネギのシャキシャキとした食感と辛みが卵に包まれて優しい味わいになってる。お出汁も効いてるのかな、水だけで炊いたわけじゃなさそう。風邪で味覚が鈍くなってる私でも、この中華風な味付けが美味しく感じる

「ネギと卵、あと鶏ガラスープの素があったから借りたわよ。あと風味付けにごま油」

「あ、どうぞご自由にお使いください。美味しいです」

「そ、よかったわ」

 満足そうに微笑む先輩を見てるとひとつの疑問が浮かび上がってくる

「……本当によかったんですか?学校にしても、お仕事にしても」

「当たり前じゃない、大好きで大切な人が苦しんでるのに助けないなんて選択肢、最初ハナからないっての。アンタの家庭の事情はよく知ってるし」

「ですよね……そういえば私、いつあやちゃん先輩に顔見せたんでしょうか?」

「何度かあるから……そうね、スイを魅力的な女性だと最初に思ったのは去年よ。リンがアンタの手当をした時、私も一緒にいたのよ」

「そうでしたっけ?」

「いたわよ。別の子がバスケ部の体験入部で膝を擦りむいて、その手当をしてたの。まぁあの子、私が洲浜あやめって気付いてなかったし、別の高校行ったけどね」

「それで後からやって来た竜胆先輩が私を手当する時に見た、と」

「そうよ。で、ものすごーく迷ったのよね」

「迷った?」

「この子は頑張り次第だけど私なんか足元にも及ばないスーパーアイドルになれる。でもその可愛さを知ってるのは私だけでいたい。そのふたつの感情がせめぎ合ったの」

「なるほど」

「結局後者が勝ったんだけど……まさかライバルがリンを含めて3人いるとは思わなかったわよ」

「そうだったんですね……あ、ごちそうさまでした。美味しかったです」

「よし、完食ね。じゃあ薬飲んでしっかり休むのよ」

「はい」

 もし私に姉がいたら、こんな感じなのかな。親よりも先にわたしの身を案じてくれる。暖かくて慈悲深い感じ。あやちゃん先輩に妹がいる事実もそれに信ぴょう性を高めてくれてる気がする


 夕方、あやちゃん先輩に連れられ病院へ行って薬を処方してもらった。明日から三連休ということで椿が私の看病を担当してくれるらしい。だから一日も早く風邪を治して、溜まってるであろう生徒会の仕事をがんばらなくっちゃね

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