第4話 赤福竜胆

「失礼しました……おや睡蓮、奇遇だね。よければ少し歩かないか?」

「はい、是非」

 放課後、生徒会室へ向かっている途中、竜胆先輩が職員室から出てきた。そのまま竜胆先輩に誘われ中庭へ。そういえば二人きりになったことないかもしれないな

「さっき、なんで職員室から出てきたんですか?」

「進路の相談だよ。それに加えて放課後の見回りの強化も頼んで来たんだ。君の事件があったからね」

「なるほど……あの時はお世話になりました」

「はは、好きな人の為なら僕はなんでもするよ……猛火仙盤に入ることも厭わないさ」

 仕方ない部分もあるとはいえ嫌われてるなあ、猛火仙盤。桔梗さんの努力で少しはマシになってるけど

「竜胆様~♡」

「キャー!」

「あ、あはは……」

 ちょっと歩いただけでこの黄色い歓声。さすが人気ナンバーワン


 生徒会長、赤福竜胆。紫のメッシュが入った黒髪ミドルボブ、王子様のような言動、美しさとイケメンの両方を併せ持つお顔立ちの眼鏡っ子。背は私より少し低いくらいだけど、それを感じさせないのは佇まいと黒いストッキングのおかげかもしれない

 凡そ全生徒から慕われ教師陣からも圧倒的に支持されている竜胆先輩。そんな人が何かのきっかけで私の顔を見て私に一目惚れした。それが何なのか知りたいけど聞くのは野暮だと思う

 そして気を抜けば私なんて蚊帳の外、人だかりが竜胆先輩を囲っていた。まるで自分こそ赤福竜胆ファンクラブ会員番号1番であるかのように

『明日の朝7時、校門前で待ってるよ』

 だから私たちは生徒会絡み以外だと、こういう風に密会みたいな感じでしか会えない。まぁ仕方ないけどね


 約束の時間、約束の場所に竜胆先輩がいた

「先輩、おはようございます」

「やぁおはよう、睡蓮」

 退屈そうにスマートフォンを見ていたのに、私を視認しただけで、ぱあっと顔が晴れやかに。分かりやすいなあ

「で、何ですか?」

「少し手伝って欲しいんだ」

「?」

 教室にカバンを置いて、小走りで竜胆先輩の元へ。竜胆先輩は中庭の花壇の雑草を抜いているところだった

「美化運動は明日からですよね」

「うん。でも、今のうちに出来ることはしておきたくてね。改めて手伝ってくれないか?」

「はい、もちろん……って先輩、眼鏡は?」

「これのことかい?」

 胸ポケットから黒いアンダーリムのメガネを取り出す竜胆先輩

「はい」

「実は僕、視力が良すぎるんだ。少なく見積もっても常人の3倍はあるかな。そんなだから生活に支障が出続けていてね。だから逆に見え辛くするための眼鏡を掛けていたのさ。ただ、こうして雑草を引き抜く分にはしっかり見えた方がいいだろう?だから外しているんだ」

「なるほど」

 竜胆先輩の隣で草むしりをしていると、ぽつりぽつりとこんな話をし始めた

「睡蓮、君は運命を信じるかい?」

「運命……ですか?」

「うん、僕は元々誰かの役に立ちたいという思いがあった。そこに生徒会長の仕事が舞い込んできて……まさに天職だと思ったよ」

────────

 僕には三つ年上の兄がいるんだ。非常に強い正義感を持ち、高校を卒業して警官になった。地元の交番に勤務し、街の治安を護るため懸命に働いた。僕はそんな素晴らしい兄を誇りに思うと同時に憧れた。少し恥ずかしいけど、今も僕の夢は兄のような立派な警官になることなんだ

 そんな兄が、ある日悪者──麻薬の常習犯が隠し持っていた銃に撃たれた。命に別状はなかったんだけど、当たりどころが悪かったみたいで下半身不随になり、車椅子生活を余儀なくされた。……ああ、犯人は現行犯で逮捕されたよ。有罪判決を受け、治療費を含む慰謝料もちゃんと支払った

 でも、問題はそこじゃあない。兄にとってそのショックは非常に大きく、再起不能になってしまった。肉体的にも、精神的にも。なぜならその犯人は彼が一番の親友だと思っていた高校の同級生だったから。心から信じる人に裏切られ人間不信になった。鬱病も発症し、僕と母、交代で彼の面倒を見ているんだ


 そんな日々が続いたある日、僕は君と出会った。……はは、思い出したかい?そうとも、学校説明会で怪我をした君の手当をしたのは僕なんだ。紙か何かで目尻に小さな切り傷が出来ただろ?それを看る時に髪をかきあげて、君のご尊顔を拝見したというわけさ

 当時僕は恋なんてしたことがなかったし、同性に、ましてや一目惚れなんてするタチじゃないと思っていたんだが、一発でノックアウトだよ。文字通りの眉目秀麗、端正な顔立ちに僕は恋に落ちた。全くの偶然とはいえよくできた話だと思わないかい?

 ……改めて聞くよ、睡蓮。君は運命を信じるかい?

────────

「……信じますよ。怪我の手当をしてくれた人が今の生徒会長で、私のこと覚えてくれてて……その……好きになってくれて」

「うん」

「他にもあったんです。偶然が重なり必然になったような、そんな運命が。だから私は運命を信じます」

「そっか。この間の返事はまたの機会、かな?」

「そうですね。私自身、それこそ恋ってよくわからなくて」

 まるで二年前までの竜胆先輩のようだ。いろんな人から好意を寄せられてるのに、肝心の本人が1番恋愛に疎い。鈍感じゃないことを除けばハーレムものの少年漫画の主人公みたいだね

「おや、どうしたんだい?」

「え?」

 花壇の奥まった位置から一匹の黒猫が顔を出した。竜胆先輩が手を差し伸べるとその猫は匂いを嗅いで頬を擦り寄せた

「よしよし、いい子だね」

「ご近所さんの迷い猫でしょうか。それとも……野良猫?」

「おそらく後者だろう。ほら、首輪はしてないし、爪も伸び放題だ」

「ホントですね」

「とりあえず生徒会室に置いておくよ。そして一旦僕が持ち帰り、里親を探してみる」

「よろしくお願いします」

「それはそれとして、だ。君がいつかを迫られたその時は──」

「?」

「僕のことを選んで欲しい……にゃ」

「ん゛っ!?」

 黒猫に顔をうずめて顔を耳まで真っ赤にしてそんな台詞を言う竜胆先輩。可愛いよ、可愛いけどさ!この……何?沸き立つこの感情は、背徳的なよく分からない気持ちは何なの!?

「にゃー」

「うぁ……ご、後生だ睡蓮!忘れてくれ!」

「は、はい……」

 いや忘れられないですって。どうすればいいのか黒猫にアイコンタクトを送るけれど、大きくあくびをするだけだった


 ……大きな決断、か。竜胆先輩だけじゃなくて、生徒会の皆が私に恋をしていて……でも私はまだ恋なんてよく分からない。本当にそんな時が来るとして、私はちゃんと決断できるのかな

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