第3話 松風桔梗
不良グループ、猛火仙盤。ガラの悪い生徒の多くが在籍し、恐喝に喧嘩、時に犯罪行為に及ぶことから生徒はもちろん教師陣からもその名を聞いただけで戦慄が走るほどの悪名高い集団だった
──松風桔梗が猛火仙盤のトップに君臨するまでは
金髪ショートのツーブロック、少し華奢でモデルみたいなスタイルの良さから喧嘩は強くないと誰もが油断していた。でも実際に手合わせをし、彼女の下について松風桔梗の指導者としての才覚に皆驚いた
改革と称して数々の不貞行為の禁止や粛清、校則に基いた独自の規律の作成──某大手食品メーカーの社長令嬢だということも少なからず関係しているかもしれない
「──というのが桔梗さんへの評価ですね」
「買いかぶりすぎだろ」
私達の代の生徒会が発足して、もうすぐゴールデンウィーク。ここで一度私達の印象をアンケート調査してみた結果のうち、とりあえず先に桔梗さんのが纏まったので、とりあえず茶室に遊びに来たついでに報告を
「人気3位というのがそれを裏付けているかと」
「あー……」
「というか、仕事はどうしたんですか?」
「それを睡蓮が言うかよ……特にねーよ」
「そですか」
桔梗さんには聞きたいことが沢山あるけど、何から聞けばいいのかわからない
「いつも思うんですけど、なぜ皆さん私のことを、その……好きになったんですか?」
「それなー。ちょっと動くなよ」
「え?あ、はい」
目線が合わなければ関わることは無いから、誰も私と関わらなくて済むようにと伸ばした私の前髪を指で軽くスタイリングする桔梗さん。手首に着けていたヘアゴムでポニーテールに改造された
「これでよし、と。あ、ダメだ直視出来ねえ」
鼻血を垂らしながら顔を逸らしつつもスマートフォンで私をすごい連写で撮影する
「……前髪で普段は見えないけど、睡蓮は他の誰より美人なんだよ。下手すりゃ椿以上にな。ほら」
いや、スマートフォンを見せられたところで洗面台でいつも見てる顔だし「ほら」って言われてもよくわからない
「椿やウチはもちろん、竜胆先輩もあやちゃん先輩も、お前の素顔を見た事があるんだ。有り体に言えば一目惚れってやつ」
「で、でも、私桔梗さんと目を合わせたこと……なかったような……」
「あるよ。去年の夏、一度だけ。ついでだからウチの昔話に付き合ってくれ」
────────
ウチさ、小さい頃からピアノとかバイオリンとか……要は育ちのいいお嬢様がやるような習い事ばっかりさせられてたんだよね。でも中学に上がる頃そういうのに嫌気が差して家出したんだ
その時に一晩だけ泊めてくれたのが先代の猛火仙盤リーダー。当時はまだ平隊員だったけどな
今思えば悪名高い頃の猛火仙盤を体現したような人だった。でも、ウチにはそれが憧れになった。ちょうどそういうのになりたいと思っていたから
猛火仙盤は百合乃音学園の不良グループ。それを知ってたから去年ウチはここに入学したんだ。リーダーはウチのことを見て直ぐに加入させてくれた。あの人に従っていれば、兵士でいることでウチは家族のことを忘れられた。そんなある日、事件が起きた。睡蓮、お前なら知ってるだろ
……そう、落雁椿誘拐事件。アレの犯人は他校の似たようなグループでさ、ウチは椿と当時から仲良かったし、猛火仙盤単独でカチコミに行ったんだ
雑魚どもを蹴散らしてアジトの最奥、あっちのボスの所に椿はいた
結果から言うと、辛くも勝利。椿を家まで送って帰ろうとしたら、アイツ「ありがとう」ってウチに言ったんだ。他人にそれを言われたの初めてでさ、泣きそうになったよ。その嬉しさを胸に帰路についてしばらくして──ウチは倒れた
そんな時、見るからに陰キャな女の子がウチを介抱してくれたんだ
「あ、あの、大丈夫ですか……?」
「コレのどこ見たらそんなこと言えんだよ」
土砂降りの都会の路地裏で、服はボロボロで身体中に痣や切り傷作って……骨も数カ所折れてたかな。そんな奴関わりたくなかっただろうに、それでもオロオロしながらウチに話しかけてきた
「救急車呼びますね。来るまでは私ができる限り手当しますから」
これ以上濡れないようにと奥まった位置に運んで小さい傷に絆創膏貼ってくれたんだ
「……ありがとう」
椿に教わったその言葉を、見知らぬ少女に使ったんだ。そしたらそいつ、驚いたように目を見開いて、そっと優しく微笑んだんだ
「もうすぐ来られますから、頑張って下さい」
「……なあ、名前教えてくれよ」
「睡蓮です。八ツ橋睡蓮」
ウチはあの日、お前と椿に救われたんだ。心身共に死にかけてたウチに、正義の心が宿った気がした
それでも猛火仙盤はウチにとって唯一の居場所だったんだ。だからこの居場所をより良いものに変えてやろう。それを実行するにはどうすればいい?
答えは簡単、トップに立てばいい。幹部共をぶちのめして、憧れのリーダーも下して、秋にはウチが頂点に立っていた
ちょっと自惚れも入るけど、あとはさっきのアンケ通り。この前あやちゃん先輩も言ってたけど猛火仙盤はもはや義賊になったってわけ
だから椿から『幼馴染の八ツ橋睡蓮って可愛い子がココに入学する』って聞いてびっくりしたよ。あん時助けてくれた人が同じ学校に来るなんて夢にも思わなかったからな。それに美人なのはウチも知ってたし
────────
「そうだったんですね……」
偶然がここまで重なると、運命というものを信じざるを得ないな。というかあの時助けた怖い人、桔梗さんだったんだ
「改めて礼を言わせてくれ。ありがとう。今更ながら何か恩返しというか、礼をしたいんだけど……」
「礼だなんて、そんな……」
気持ちは嬉しいけれど、いざ言われたら困るな
「えっと……ちょっと待って下さいね」
茶室の小さな引き出しから一枚の紙を桔梗さんに差し出す
「これにサインしてください」
「婚姻届!?」
「違います!入部届です!」
「あ、ああ……」
なんでちょっと残念そうなんだろう
「幽霊部員でもいいので、こうして時々お茶を飲みに来るだけでもいいのでぜひ入部してほしいんです。茶道は皆でやる方が楽しいですから」
「しゃあねぇな……惚れた弱みだ、いいぜ、入部するよ!」
「ありがとうございます」
屈託ない笑顔を見せる桔梗さん。しょうがないと言いつつ心から嬉しそう
「あ、そうだ、折角だし着物ウチが選ぶよ。ばあちゃん家が呉服屋でさ、頼んだらきっと安く買わせてくれるよ。今度生徒会の皆で行こうぜ。どうせ誘うつもりなんだろ?」
「はい、椿はもう入部してます」
「先を越されたか……まあいいか。今日帰ったら早速交渉するよ」
「よろしくお願いします」
自分が計画してることとはいえ、ちょっと
「あ、そうだ桔梗さん。茶葉とお茶菓子の代金って部費から落ちますかね」
「茶道部だから落ちるけど……テンション下がるから今だけは仕事の話しないでくれよ……」
「ふふっ」
「……へへっ」
願わくば、その幸せな時間が永く続きますように
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます