第2話 落雁椿
「おはよ、睡蓮」
「おはよう、椿」
副会長の椿は私の幼馴染。ベージュのゆるふわロングで、右目に眼帯をしてる美人さん
……あと、おっぱいがでかい。95cmって言ってたっけ。でも、それ以上に目を引くのが──
「また……やられたの?」
手首から覗く包帯。そこだけじゃなくて脚はもちろん、ハイネックのインナーからも包帯が見えている。まるでミイラのように、全身の至る所に包帯が巻かれている
「まぁね。まぁ今までのことを考えたら一番マシかも」
私の体質──私と関われば関わるほど、その人に不幸が訪れるという体質のせいで、幼馴染という関係もあって私とよく会話をする椿は彼女の父親から日常的に暴力を受けている
通報して然るべき施設とかに相談すべきなんだけど、父子家庭だし生徒会役員だから、そういうのが表沙汰になるのは不都合な点が多いということで、現状を受けいれている。右目の眼帯も、父親にドライバーを刺されて失明したのが原因
「考えようによってはさ、睡蓮に被害がなくて良かったよ。大好きな人が傷つくのは見てらんないから」
「椿……」
「さぁ急ごう。今日は朝礼だよ」
「う、うん」
「おはようございます、生徒会副会長の落雁です。今日は皆に大切な話があります」
壇上で椿が語り出したのは親子の絆。昨晩放送されたドキュメンタリー番組を例に挙げて親や兄弟を大切にしようって話を短くまとめた
凛と澄んだ表情で話をする椿に皆が敬意を表し、真面目に話を聞いている。彼女の身の上は皆が知っているから、この手の話を椿がすると余計に心に刺さるものがある
「ご清聴ありがとうございました」
深々と頭を下げる椿に拍手が送られる
「……次に、校長先生からのお話です」
「ふー、つかれたー」
「お疲れ様。よかったら飲んで」
私は学園で一人だけの茶道部員。本当はあと二人いたんだけど、私の体質故に退部しちゃった。でも顧問の先生が気を利かせて下さって、私だけで活動することが許されている
「うん、美味しいよ。結構なお手前で」
「あはは、なにそれ」
「え?こういうの言わない?」
椿は学年が一つ上で、桔梗さんとクラスメイト。二人とも怒らせたら怖いから「静の落雁、動の松風」なんて異名があるとかないとか
「ちょっと睡蓮、今ほかの女の子のこと考えてたでしょ」
「なんでわかるの、怖いよ。……ねぇ椿、副会長って大変?」
「んー……どうだろ、会計の桔梗の方がしんどいんじゃない?言ってしまえばあたしは竜胆先輩のバックアップだし」
「なるほど」
「あやちゃん先輩は書記の仕事を楽しんでやってるよね。内容的にも適任かも」
抹茶を啜りながら、ゆっくりと時間が流れる
「でも睡蓮、貴女もすごいんだよ。理不尽ないじめに耐えつつ庶務としての務めを果たしてる」
「椿……」
「それに視野が広い。あたし達が気付かなかった見落としも完璧に拾ってるし」
視野が広いのは椿かも。ちゃんと皆のこと観察してる
「……ちょっとだけ、肩借りていい?」
「うん」
まったりした時間が流れる。でもそんな時に限って事件は起こる
「八ツ橋!落雁先輩!大変、大変なの!」
クラスメイトが来た
「どうしたの?」
「田中が……田中が先生を人質に立てこもった!」
竜胆先輩は今、来賓の方の相手をしているから彼女の力を借りることは出来ない。だから私達が解決するんだ
道中さっきのクラスメイトが2回ほど転けて何か申し訳なさを感じつつ件の教室へ急ぐ。辿り着くと確かに田中さんがカッターを持って先生を人質にして何か喚き散らしていた
「来るな!殺してやる……殺してやるッ!」
……私、こう見えて運動神経はいい方なんだよね。あと影も薄い。田中さんの近くに忍び寄って手刀でカッターを落とし、先生を解放。よし、最悪の事態は免れた
「睡蓮!そいつもう一本持ってる!」
「え?」
今度は私が捕まった。くそ、しかも手錠までかけられた。私にはもうどうしようもない
「田中さん、睡蓮を解放して」
「こいつのせいなんスよ、落雁先輩」
「何が?」
「ついさっき母さんから電話があったんス。『私達は離婚した、貴女は自由に生きなさい。もう面倒は見ない』って。親に見捨てられたんスよ」
「……ぅ」
カッターの刃が少し喉に食い込む
「言われた通り自由に生きてやる。その為にまず!コイツを、私を縛る呪縛全てを殺さなくてはならないッ!……だからよぉ、落雁先輩。八ツ橋を解放して欲しかったら──脱げ。下着はそのままでいいからさ」
「……分かった」
指示通り下着と靴下を残して全て脱ぎ捨てた椿。こんな状況で思うことではないかもしれないけど、やはり椿のプロポーションは抜群だ。生々しい傷跡や包帯だらけとはいえ、心からそう思える
田中さんはスマホでその姿を写真に収める。ネットにはばら撒かないと約束してくれたけど、なんか不安だ
「落雁先輩って処女?」
「……違う」
「ブフッ、あはは、あはははははっ!残念だったな皆!お前らが選んだ副会長サマには男がいてキズモノなんだってよ!あははははははははははは!!」
椿の左目が、鉛筆で塗りつぶしたようなドロッとしたものに変わる。幼馴染の私にはわかる。ガチギレモード突入だ
「私の初めてを奪ったのはお父さん。お母さんと離婚して間もない頃、あたしをレ○プしたの」
「く、来るな!刺すぞ!」
「いいよ?」
いつの間にか距離を詰め、田中さんのカッターを持つ手を握り、椿の首元に突き立てる
「右目にドライバー刺された痛みに比べたらこの程度慣れてるよ。それとも田中さん、貴女にこの刃であたしを刺し殺す覚悟があるの?」
「ひっ」
「あたしはお父さんを許していない。許すつもりもない。でも田中さんは睡蓮を解放して警察に出頭してくれるなら許してあげる。でもそうしないなら……私が貴女を殺しちゃうかも」
「あ……あぁ……」
カッターが田中さんの手からするりと落ちて床に刺さる
「睡蓮!椿!」
誰かが呼んでいたのか竜胆先輩が駆け付けた
「……田中深影だね。睡蓮を即座に解放し、応接室に来るんだ。僕は君と話がしたい」
「……わかりました」
怒気の篭ったその声に、田中さん以外が安堵する。私はもちろん、頑張ってくれた椿も
「あ、椿、傷の手当しなきゃ。制服着て保健室行こう。着くまでハンカチで抑えとく」
「ありがと睡蓮。みんな、最終下校時間までに帰りなよ。あとはあたしたちの仕事だから」
「事情は竜胆先輩から聞いてるけど、てめー無茶しすぎなんだよ」
「そう?愛する者のためなら普通じゃない?」
「そういうこと言ってんじゃねーよ!刃物相手の時は慎重に動けっつってんだよ!」
「桔梗先輩、せめて挑まない方面でアドバイスしてあげて」
保健室には別件で来ていた桔梗先輩が。私が手当するより喧嘩慣れしてる桔梗先輩の方がこういうのは上手くやるから任せておこう
「田中深影は自主退学の上、警察に出頭することが決まったよ。ウチのメンバーでもないし、本当に不幸に耐えられなくなったんだろ」
「そっか」
刑事訴訟はしない方針だけど、やってることは人質とって殺人未遂だしなぁ。有罪判決を受けるのは間違いなさそう
「ま、椿に比べたら全部大したことねーけどな」
「わかります」
「まぁいいじゃん。先生の心のケアを除けば解決したんだし」
「それもそうだな。よし、手当も終わったし生徒会室に戻るか」
微妙にスッキリしないけど、日常に戻っていく
……あ、そういや今日の朝礼の様子、学校のブログに書くの忘れてた
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