彼らが選んだワンピース
そういえば彼らのセンスは大丈夫なんだろうか、と気づいたのは三日後のこと。
進捗状況を尋ねたが、「もう少しお待ちください」としか返ってこなかった。
本当に探しに行っているらしく、昼間は鏡に話しかけても返事がない。
初日こそ不安に思ったが、帰宅する頃には戻ってきていたので、すぐに慣れた。一応確認したら、「終業時刻には間に合うようにしています」とのことだった。
「候補が見つかりましたので、明日買いに行きましょう」
そう言われたのは木曜日の夜のことで、週末に間に合うように頑張ってくれたのか、候補はあったが金曜日まで待ってくれていたのかはわからない。
「どこで買うの?」
私の問いに返ってきたのは、会社に行く途中の駅名で、記憶が確かならショッピングモール的なものはない場所のはずだ。
「駅に着いたら呼んでください。ご案内します」
それは道端でいきなり鏡を開けということだろうか。
周りに人がいないといいなぁ、と思いながら「わかった」と返した。
~*~*~*~
歩きながら鏡を開く勇気はなかったので、駅を出たところで壁を背にして髪を直すふりをした。
「右に向かって歩いてください。二つ目の信号までですよ」
潜めた声に軽く頷き、鏡をたたむ。
言われた信号が赤だったので、これ幸いと鏡を開いたら「左に曲がってください」と横断歩道のあるほうを示された。
鏡を開いていた人間が急に慌てて渡った上、赤になっていた側は結局渡らなかったので、見ている人がいたらきっと不思議に思っただろう。
「曲がる方向は先に行ってよ」
「次の角を左です」
私の言葉に反省したわけではなく、はじめからそう言うつもりだったらしい。
まったく人の話を聞いていないような声にため息を落としつつ進んだが――本当にこっちでいいのだろうか?
大通りから離れたら一気に静かになった。周りにあるのは住宅ばかりだ。
不安に思いながら、言われた角を左に曲がる。
すると二件目の家から大量に光が漏れていて、外に向かって洋服がかけられているのが見えた。
「……あそこ?」
どう見ても個人店だ。かけられている服は確かに可愛いが、自分で来たのだったら絶対に入らない。そもそもこんなところに店があるなんて思わない。
よくこんなところを見つけたなぁ、と半分ほどは感心しながら確認すると、「そうです」と返ってきた。
「入ったら右方向に進んでください。突き当たったら壁沿いに二列分進んでから右を見ると、緑色のワンピースがあります。それを着てみてください」
やや早口なのは、他の人に見つからないようにするためだろう。
「もう一回」と言いたくなるのを我慢して、聞こえた内容を頭の中で繰り返しながら店に入った。
「いらっしゃいませ!」
明るい声が聞こえたが、反応するだけの余裕はない。
軽く頭だけ下げて言われた通りに進んでいった。ようやく気を緩められたのは、緑色のワンピースを見つけてからだ。
その近くに緑と言えるような色は他になく、これか、と思って手に取った。
柔らかな素材が冷えた指先を優しく包む。ウエスト部分に幅のある布がリボンのようについているだけで、柄などはないシンプルなデザインだったが、可愛いと思った。
よかったら着てみてください、という声に促されて試着してみると、サイズもぴったりだ。
体型がカバーできるようにゆったりしているが、無駄に余ってはいない。首元はV字になっていて、確かこれも着痩せ効果があるんだったか。
「これ、ください」
試着室を出てすぐに伝えると、驚かれた。入店から五分ほどしか経っていないのだから当然だ。
考えてみれば、初めて入った店で脇目も振らずに早足で進み、他の服には目もくれず一着抜き取るなんて普通あり得ない。しかもそれを着ただけで即決、なんて。
「……以前来ていただいてましたか?」
不思議そうな声に一瞬そのまま頷こうかと思ったが、嘘がばれると厄介だ。
「友人が絶対に似合う服があると教えてくれたんです」
内心ヒヤヒヤしながら笑って答えると、とりあえず納得してくれたようだった。
会計を済ませて外へ出て、駅まで移動してから鏡を取り出した。
「これでよかった?」
「ええ、それです」
満足そうな声に、ほっとする。
これだろうと思ってはいたが、店内では確認ができず、不安が残っていたのだ。
誰が選んでくれたのかは知らないが、可愛いし似合っていたし、明日のデートはこれを着ていこうかな。
――なんて思っていたのだが。
「まだ着てはいけませんよ」
袖を通そうとしたところで止められた。
え? なんで?
などと言っても、「まだ言えません」としか返ってこなかった。
仕方なく痩せてから買い足した数少ない外出着を着て行ったが――
なんの為に、あんな苦労をして買いに行ったのか。
そしてその理由をどうして誰も教えてくれないのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます