話す鏡を前にして

 彼らに出会ったとき、私は四歳だった。

 四歳だったが――白雪姫の話を聞いて鏡に話しかけるくらいには幼かったが――鏡が話す可能性が限りなくゼロに近いことくらいは知っていた。

 話したらいいな、くらいのお遊びに、まさか三人もの声が返ってくるなんて考えもしなかった。

 ついでに言うと、呪文として使っただけの言葉に、ああも容姿をけなされる返答をされるなんて思ってもみなかった。


「どんな回答を期待されているかは存じませんが、あなたでないことは確かです」

 一番初めにそう言った人は、レオナと名乗った。


「名前言ってもいいけど、あんたの知らない人間だぞ」

 二番目に話し始めた人は、ファルクと言った。


「外見がなんだというのです。大事なのは心ですよ」

 最後に優しいふりをしながらざっくりと刺してきたのは、ジル。


 この三人が、鏡の中にいた。


 だが、私以外の人がいるときは絶対に声を出さない。

 あの日も、私を呼びに来た母の前では一言も発しなかった。

 

  ~*~*~*~


 呆然とする自分の顔。

 ぱちぱちぱちと手を叩く音。


 そのまったく繋がらないはずの二つを無理矢理に繋げている鏡を、私はどのくらい見つめていたのだろう。


「しゃ、しゃべった……!」

 しばらくして私が発した言葉には、すぐに呆れたような声が返ってきた。

「なにをおっしゃっているのですか。話すと思ったから、話しかけたのではないのですか?」


 今の私なら、正論だが根本的な部分で激しく間違っていることを言い返せる。

 だが、そのときの私にそんな余裕などあるはずもなく、声が自分に向けられた瞬間、恐怖で「ひっ」と顔を引きつらせた。


「おい、怖がらせるなよ」

「怖がらせてなどいませんよ。疑問に思ったので尋ねただけです」

 レオナの言葉に、ファルクはたぶんちょっとだけ考えた。

「そいや、そうだな。――おい、なんでそんな怖がってんだ?」


「……鏡がしゃべっているからだろう……」

 きっと見かねたのだろう。ジルが代わりに答えてくれた。


「まぁ、そうでしょうね」

「わかってんならやめてやれ」

「話すことをですか? とぼけることをですか?」

「後者だ」


 鏡が話すこと自体が怖いんだから話すこともめようよ、と今だったら言っているが、そのときの私は相変わらず鏡をじっと見つめることしかできなかった。


 金縛りを解いたのは、母の声。


和花わかー? なにしてるの? おやつ食べるよ」


 我に返って振り向くと、部屋の入り口に母が立っていた。

 私は慌てて立ち上がり、縋るように抱きついた。


「どうしたの?」

「しゃべ、しゃべった! かがみがっ!」


 私の指を追って母が鏡台に視線を向ける。

 数秒の間を置いて、母がなにかに納得したような声を出した。

「鏡がしゃべったの? 凄いじゃない」

 おかあさんはしってたんだ、と思ったのはほんの一瞬。

 すぐに、話を合わせてくれているだけだということに気づいた。


「ほんとうだよ、しゃべったの!」

「うん。“鏡よ、鏡”って話しかけたの?」

「うんっ! “このよでいちばんうつくしいのはだあれ?”って」

「“それはあなたです”って返ってきた?」

「ううんっ」


 それまで優しく笑っていた母が、眉を寄せた。


「えっとね……“あなたでないことはたしかです”って、いった」


 私の言葉を受けて、母はとても反応に困っていた。

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