第50話「秘書①」

 社長秘書の成田は余計なことを一切発言しない。

『簡潔』『シンプル」』『無駄がない』という言葉が似合う。

 電話では言葉少なく、用件もしくは結論のみを話す。メールも非常に短く、3行程度。歳は今年入社10年だったはずなので、32~33歳だろう。

 外見は、これもまたシンプルで、基本的にはダーク系のジャケットとスカートだ。靴も黒のパンプスであり、特徴はない。身長は160cm程度で、少し痩せぎみだ。色白で化粧が薄いため一度会っただけの人では印象に残らないかもしれない。目も鼻も口もどちらかというと小ぶりだった。いわゆる和風の顔つきと言えるだろう。

 以前、妻が「秘書はどんな感じの子なのか」と聞いてきたことがあり、平野はありきたりではあるが似た芸能人を挙げようとした。しかし、あまりにも思い付かないので、出た言葉が『はんぺん』だった。色白で顔に特徴がないことを表現したつもりだったが、妻からは随分と叱られた。

「若い女性をはんぺんに例えるなんて、あまりにも失礼だわ。男ってどうしてこんなに最低なの。」と平野が驚くほどの怒りだった。

 そんな成田は、平野からすると娘の年代よりも若いのだから話を合わせる自信はなく、仕事以外の話をしたことはほとんど無かった。たまに長期休暇明けにどこへ旅行に行ったのかと聞く程度だ。

 成田が平野の担当になったのは丁度5年前だ。新入社員の頃は営業所の総務担当をしていたが、事務処理能力が高いため、本社の総務部に3年目で異動した。そこで秘書部長に目をつけられ社長秘書に抜擢されていた。

 独身であり、結婚の噂も出ていない。秘書部長によると恐らくお付き合いをしている相手もいないようだ。平野としては勝手に心配してしまい、取引先の社長に独身男性がいたら紹介して欲しいと頼んでいた時もあった。しかし、本人が結婚を目指していないようなので、現在は何もしていない。

 平野としては自分の娘が優しい旦那に嫁ぎ、子育てにいそしむ姿を見ているだけに、成田にも人並みの幸せを願ってはいる。ただ、人並みの幸せというのも、時代によって異なるだろうということは理解しているつもりだ。結婚や子育てが全てではないのだろう。成田ならば、専業主婦でも、ビジネスパーソンでも、十分に成功していくだろうということを平野は確信している。

(続く)


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