第49話「草薙と木村②」

 木村がわずかにうなずいた。やはり木村は『こちらサイド』だ。

「草薙さんには以前お伝えしたことがありますが、私は満水ハウスを普通の会社にしたいと考えています。オープンで議論が出来る会社にしたいのです。現在は、奥平会長が了解すれば何でも出来てしまう企業風土になっています。しかし、我々は上場企業であり、奥平会長はあくまでサラリーマン会長でしかありません。経営トップになってからの期間が長いことによる弊害の方が目立ってきたのはお二人なら良く分かるでしょう。」

 木村が何か言いたそうにしている。しかし、今は自分の思いを伝える場面だ。平野は続けた。

「奥平会長が何でも判断することで、満水ハウスは成長してきた側面もあります。しかし、会長も70歳を超え、いつまでも冷静に判断出来る訳ではありません。今、この会社に必要なのは、経営トップが変わっても成長を持続できる仕組み作りです。そして、一人が絶対的な権力を持たず、牽制が利く組織です。」

 初めて草薙がうなずいた。

「その組織を作るために、私は残りの会社人生を使いたいと思っています。世の中で求められているガバナンスです。そのために、私は留任したいのです。これは奥平会長では出来ません。」

 ここで平野は一拍置いた。二人にそれぞれ目を合わせる。

「私が留任するためには、取締役会で過半数を確保しなければなりません。お二人には、その一翼を担って頂きたい。他の取締役への働きかけは私自身がします。その上で、味方が出来た場合には、お二人に逐次共有します。私の代表取締役退任を諮る取締役会は早晩開催されるでしょう。その時に、反対に回ってください。もちろん、私が勝つと客観的に判断しづらい場合にはご自身の身を守るために、奥平会長についてもらってかまいません。」

 草薙が口を開いた。「具体的にどのようにされるおつもりですか。私は、前に少しお話をお聞きしていますが、より具体的にお願いします。」

「個別に各取締役を説得します。まずは、管理系の取締役からですね。草薙さんもご承知のように、満水ハウスの海外投資は凄まじい勢いで増えています。これを奥平会長が主導している訳ですが、このままでは早晩行き詰まります。実質的に無借金だった会社が、この10年間でかなりの借金を抱えました。この膨張に歯止めをかける必要が理解出来るのは管理系の取締役でしょう。この取締役には草薙さんからもご説得をお願いしています。」

「それでも人数が足りませんね。」草薙が言う。

「そうです。よって、営業系の役員をこちらに取り込まないといけません。」

「目星はついているのでしょうか。」木村が不安そうにつぶやく。

「一人は心当たりがある。ずっと一緒に国内の営業に携わってきた丸中常務だ。しかも、年齢的にはもうすぐ役員を退任となる。だから保身という観点もなく、自由に判断してくれるはずだ。」

「取締役は合計11名です。平野社長の代表取締役解任については、当事者である社長を除いた10名の過半数の賛成が必要です。すなわち5名を確保出来れば社長の代表取締役解任は見送られます。元秘書部長の専務と社外取締役の2名は間違いなく奥平会長派です。奥平会長と合わせて4名は固いでしょう。こちらは、草薙さん、管理担当役員、丸中常務、そして私で4名です。何とかあと一人を確保しないといけませんね。」木村が計数を扱う経営企画部長としての役割そのままに一気に発言した。

「その通りだ。狙いも定めてある。確率は5分5分だろう。説得してみるから待っていて欲しい。結果は報告する。草薙さんもどうかよろしくお願いします。」

「私も年になりましたからね。最後にもう一度、挑戦してみましょうか。」

「最後の会社へのご奉公だと思ってお願いします。」平野は頭を下げた。

「ところで、各取締役を説得する武器はあるんですか。処遇や理念だけでは弱いかもしれませんよ。平野さんなら何か隠しているんじゃないですか。」木村が尋ねてきた。

 さすがは木村だ。営業が力を持つ満水ハウスで、経営企画という本部において論理力を武器に異例の出世を遂げただけのことはある。

「その通りだ。それは・・・・・・」

(続く)

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