第13話「売買契約②」

 仮登記に必要な書類は登記原因証明情報および登記義務者である所有者の印鑑証明書だ。不動産の登記は何の原因もなく自由にできるわけでは無い。当然に原因があるはずであり、それを証明するのが登記原因証明情報だ。

 2004年の不動産登記法改正前は、登記原因証書として売買契約書や売渡証書などの書面をそのまま登記申請書類として提出していた。登記原因証書は法務局に保管されることはなく、登記が完了すると登記原因証書に『登記済』の赤色もしくは朱色の印が押され、これが新たな権利者に還付されていた。これが登記済証、すなわち権利証だ。また登記原因証書を提出できない場合には、申請書副本を添付し、これを登記済証としているケースもあった。

 法改正後の登記原因証明情報は、今までの登記済証、すなわち権利証とは異なり、還付されることはない。その名の通り登記原因を証明する書類として、法務局に保管されることになる。そのため、登記義務者、すなわち『登記によって不利益を受ける側』である売主が署名押印し、買主に所有権を譲り渡すことを記載しておく書類が登記原因証明情報だった。

 そして、今回の所有権移転仮登記については、法改正後の権利証である登記識別情報は不要である。登記識別情報は本登記の際に提出すれば良かった。

 不動産登記書類は司法書士に託された。

 一連の手続きが無事終わってから、出席者間で簡単に会話がなされた。

「今回は大変お世話になりました。」まずは、井澤が先陣を切った。

「いえいえ。こちらも大変お世話になりました。迅速な対応を頂き、本当に感謝しています。」大山が応える。篠原は頷いただけだった。

「生田さんにも大変にお世話になりましたね。良いお話を持って来て頂きました。」井澤が生田にも声をかける。

「いえ。ハジメさんからのご紹介もありましたからね。満水ハウスさんとは今回初めてお取引先をさせて頂きましたが、非常に良いお取引でしたね。決断のスピードも早く、満水ハウスさんという企業の強さを見せつけられました。」生田も笑顔で応えた。生田はいわゆる『ずんぐりむっくり』の体格だ。髪型は真ん中分けで、少し濡れたような髪質だった。井澤からすると、生田は、いつも少しまとわりつくような視線と話し方であり本心が全く分からないと感じていた。笑顔を作っても目も笑っていなかったのだ。しかし、今日は表情も柔らかく、粘着質な感じもなかった。また、生田はあまりお金にはうるさくなく、アンダーグラウンドでの手数料支払いの要求のようなものは無かった。ハジメへの紹介料の支払いがなされるかは分からないが、それは満水ハウスには関係ないことだった。

「そう言っていただいて光栄です。常務の真中が踏ん張りました。次も良い案件があれば、是非とも弊社にご紹介下さい。」笑顔で井澤は返した。

 契約書の調印が終わり、関係者は互いに握手をし、短い時間での散会となった。

 翌日、司法書士から所有権移転の仮登記の申請が法務局で受け付けられたとの連絡が入った。何の問題も発生しなかった。

(続く)

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