第2話 SEOLーシエラー

その墓は、都会を見下ろす小高い丘の上にひっそりと立っていた。

毎日その墓に花を供えに行くことが、彼女の日課になっていた。

そして、彼女は涙を流して叫んだ。

「はっきり言って、あんたバカよ。

どうして、見てもくれない相手を待ってたりしたのよ。

あんたがいなくなってから、あたしもう5年も待ってる。

だけど、あいつは帰って来ないわ!」

その墓の前でひとしきり泣いた後、彼女は憎悪に満ちた瞳で、墓を睨みつける。

「あたしはあんたじゃない。

だけどあたしはあんたよ。

だから、あたしたちを不幸にしたあいつに、

いつか復讐するわ!」

白銀の長い髪に、透けるような白い肌をした彼女は、黒いドレスに身を包み、黒いベールを被っている。

そしてその手には、長い大きな鎌が握られていた・・・。


シエラは、ラルフの幼馴染だった。

シエラの家は、町外れの小高い丘の上に立っていた。

体が弱くて病気がちのシエラは、学校に通うことができなかった。

白い塔のような家の中で、毎日シエラはラルフが遊びに来るのを楽しみにしていたのだった。

ラルフは毎日のようにやってきて、学校の様子をシエラに話して聞かせていた。

そして、シエラの体調の良い時には、2人で家の外へ出て、花の手入れをしたり、虫を捕まえたりして遊んだ。

中でもシエラは、ラルフと一緒に丘から町の景色を眺めている時間が一番好きだった。

心地よい風が、2人の間を通り過ぎていく。

夕焼けの暖かな光。サワサワと揺れる草の音。香ばしい青草の香り。

「このまま時間が止まっちゃえばいいのに。」

シエラは悲しそうにため息をついた。あどけないその少女の体は、病に蝕まれている。

シエラの隣に座っているのは、金髪の髪に青い瞳を持った、少年時代のラルフ。

ラルフは快活そうに笑うと、

「大丈夫。僕、毎日遊びに来るから。」

そう言って、シエラの細い肩を抱いた。

シエラは、ラルフに寄り添いながら、

「でも、きっとラルフはおおきくなったらあたしのことなんて忘れちゃうよ。」

と呟いた。月の光を思わせる、銀色の瞳に涙が浮かぶ。

「それに、きっとあたし、長生きできないな。そんな気がする。」

ラルフは手を伸ばしてシエラの涙を拭った。

そしてシエラの頭をなでながら言った。

「僕、大きくなったらお医者さんになる。

そしてシエラを元気にするんだ。

だから約束だよ。

それまで必ず待っていて。」

シエラは笑った。笑いながらも、涙がいくつもいくつもこぼれ落ちていた。

「あたし、ずっと待ってるよ。

だから、ラルフもあたしのこと忘れないで。

約束だよ。」

ラルフは、シエラの瞳を覗き込むようにしながら言った。

「約束する。

たとえ僕が狂っても、シエラの事は忘れない。絶対に。」

それは、シエラにとって、最も美しい、少女時代の思い出だった。


それからしばらくして、ラルフは町内にある、ジュニア・ハイスクールに進学することになった。

エリートを育てるための英才教育・全寮制。

ラルフは医者になるために、迷わずその道を選んだ。大好きなシエラとの約束を叶えるために。

「しばらく会えなくなるけど、元気で。

手紙を書くよ。」

そう言って手を振る後ろ姿を、シエラは不安そうな顔で見送った。

ラルフがジュニア・ハイスクールに進学してから、最初は毎日のように届いていた手紙も、そのうちに途切れがちになり、ついには何の便りも来なくなってしまった。

シエラは日に日に病が重くなるのを感じていた。


死ぬ前に、一目、ラルフに会いたい!


シエラは思い切って、ラルフの通う学校を訪ねてくことを決意した。

やつれた体を引きずるようにして、シエラは丘を降りて、ラルフの通う学校へと向かった。

シエラが街へ降りた時には、雨が降り出していた。

シエラにとっては、初めて見る街の風景だった。

右を見ても、左を見ても、あるのは殺風景な建物ばかり。ほんの申し訳程度に緑が植えてある。

車の排気ガスが鼻につき、人込みの多さに驚かされる。人とぶつかるたびに怯え、そのまま歩いて行ったら、どこかへ流されて行ってしまうのではないかと、シエラは思った。

アスファルトの硬い道を、シエラは1歩1歩踏みしめる。雨で濡れた道は滑りやすく、シエラは幾度もよろけたり転んだりした。

病身のシエラにとっては、歩くごとに自分の命が削られていくような気がした。

それでもやっとのことで学校までたどり着くと、シエラは胸の躍るのを感じた。


もうすぐラルフに会える!


校舎の中を入っていくと、数人の男子生徒とすれ違った。青ざめた顔をして、なぜか生気がないように見える。

人だけではない。校舎全体が、冷たく機械的な雰囲気を漂わせていた。

「ラルフという名の生徒はいませんか?」

シエラは片っ端からすれ違う人達に声をかけた。しかし、どの人も黙って首を振るばかり。

その時、見覚えのある後ろ姿が、シエラの視界に入った。


あの金髪は、確かにラルフ!


シエラは夢中でその人影に駆け寄った。

「ラルフ!

あなたラルフでしょ!」

振り向いたのは、懐かしいその人だった。

肩まである輝くような金髪と青い瞳。背は前よりも高くなっていて、肩幅も広くなったような気がする。顔つきは大人びて、聡明そうで怪しいくらいの美貌を放っていた。

久しぶりの再会に、シエラは胸の熱くなるのを感じていた。今までの疲れが吹き飛ぶような気がした。

しかし、ラルフは無表情だった。やはり顔は青ざめていて、瞳の輝きが失われているのに、シエラは気づいた。

「ラルフ、どうしたの?

あなたに会いたくて、訪ねてきたのよ。

何か言ってよ。」

シエラは嫌な予感がした。

ラルフはじっとシエラを見つめると、ぽつりと呟いた。

「ここは君の来るところじゃない。

すぐに帰るんだ。」

そう言うと、スタスタと足早に去っていこうとした。

シエラは、とっさにラルフの腕を掴んで叫んだ。

「どうしてそんな酷いことを言うの!

あたしは寂しくて悲しくて、

大好きなあなたに会いたい一心でここにやってきたのに。

この学校の人、みんなおかしいわ。

ラルフ、あなたもよ。

きっと、この学校があなたをおかしくしているんだわ!

ラルフ、一緒に帰りましょう!」

ラルフは一瞬、瞳を輝かせた。しかし、すぐに元の無表情に戻ると、冷たく言い放った。

「僕はもう昔の僕じゃない。

僕は日に日におかしくなっていく。

僕は、もはや自分が誰なのかもわからない。

僕にはもう、君を守ることが出来ない。

だから、早く僕のことは忘れてくれ。」

騒ぎを聞きつけて、警備員が、2、3人走り寄ってきた。そして、泣き叫ぶシエラを取り押さえると、校舎の外へと引っ張っていった。

シエラの後ろ姿を見つめながら、ラルフは悲しそうに呟いた。

「さよなら、シエラ。」


校舎の外へ連れ出され、シエラは絶望してあてどもなく、ふらふらと街の中を歩いた。

体力は、既に限界を越えていた。追い打ちをかけるように、冷たい雨がシエラの体に叩きつけた。

冷たい夜の闇の中、シエラは意識を失った。


しばらくして、シエラが目を開けると、彼女は白いベットの上に寝かされていた。

「目が覚めたかね?」

シエラがその声の方を見ると、1人の白衣を着た老人が、シエラの横に座っていた。

「お前さんが、この研究所の前で、倒れておったのでの。ここに運び込んできたんじゃよ。」

その老人の青い優しそうな瞳を見て、シエラは不意に気が緩んで泣き出してしまった。

老人は困ったようにあたふたして、

「お腹が空いたじゃろう、温かいスープがあるから飲みなされ。」

と言って、不器用な手つきで食事の準備に取りかかった。

シエラは、差し出されたパンと、ホカホカ湯気の立つスープを受け取ると、

「ごめんなさい、おじいさんの顔を見たら、つい気が緩んでしまって・・・。」

と言って謝った。

老人は、憐れむようにシエラを見つめると、

「なにか哀しい事でもあったのかね?

この年寄りでよければ話を聞いてもよいのじゃが。」

と、優しくシエラに語りかけた。


このおじいさんなら、大丈夫


シエラは安心して、今まであった事を思わずその老人に洗いざらい語ってしまった。

すべてを話し終えた時には、もう夜更けを過ぎていた。

その間、老人は、嫌な顔一つせず、真剣にシエラの話を聞いていた。

そして、孫娘を見るような優しい目をしてこう言った。

「お前さんさえよければ、わしの最後の研究を手伝ってくれんかね。」

その数年後、最後の研究に全力を尽くした老博士は、シエラに見守られ、満足そうにこの世を去った。


それから、シエラは元の家へと戻り、ラルフが帰ってくるのを信じて待ち続けた。

既にラルフと別れてから5年の歳月が流れようとしていた。シエラは夕方になると家の外に出て、丘の上からラルフの姿を探した。

その顔には、はっきりと死相が現れていた。

しかし、不思議とシエラの心は穏やかだった。


私は、私じゃなくなっても

あなたを待っているわ いつまでも・・・


その数日後、小高い丘の上に、小さな墓が立てられた。

その墓には、なぜか毎日花を供えに来る女性の姿があった。

それから5年後、彼女はダイと出会う。


あたしはあんたじゃない

だけどあたしはあんたよ

だから、あたしたちを不幸にしたあいつに

いつか必ず復讐するわ!


死神の大鎌デスサイズが、ダイを狙っていることに、ダイはまだ、気が付かない。






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