第3話 BLOODーブラッドー

ドクター・キルによって創り出されたクローン人間2号、ブラッドは、ゆっくりと町外れの丘へと続く石造りの小道を登っていた。

丘の上には、白い塔のような建物が見える。

暖かな夕焼けが、丘の上を照らす。


自分は昔、この風景を見たことがある


ブラッドは首をかしげた。

肩まである輝くような金髪が、微かに揺れる。ブラッドは、本体であるキルに限りなく似ていたが、ただ一か所だけ、彼とは違うところがあった。

それは、瞳の色だった。

ブラッドの瞳は、燃えるような赤い色をしていたのだ。

その瞳は、やわらかな夕焼けの光を映して、さらには眩しく輝いていた。

「?」

1つ、また1つ。涙の雫がブラッドの頬を伝っていく。

拭っても拭っても溢れてくる涙に、ブラッドは混乱した。

そして、無意識のうちに、体は目的の白い塔を逸れて、町全体を見下ろすことのできる、近くのなだらかな草むらの方へと向かっていった。

それは、奇妙な感覚だった。

その場所に向かうにつれて、懐かしい幼年時代の思い出が蘇ってくる。その記憶は、決して自分のものではないのに。


ここで、虫を見つけた

ここで、木に登った

ここで、走り回った

ここで、夕日を見た


ブラッドは、一歩一歩確かめるようにして、思い出の場所を歩き回った。

その顔には、いつしか少年の頃の、無邪気な笑みが浮かんでいた。

そのうち、ブラッドは、笑い声を上げながら、草むらを走り、転げ回った。

それは、忘れていた何かだった。

しばらくして、ブラッドは思い出す。

あの娘と初めて出会った時のこと・・・。


幼い頃、一人で冒険ごっこをしたんだ

町外れのあの丘が、僕を呼んでいるような気がしたから

丘を登っているうちに、道に迷って帰りが分からなくなったんだ

悲しくなって泣いていると、

そこへあの娘が現れた

白銀の髪に銀色の瞳

あの娘は僕を見て

天使のように微笑んだ

それからは

僕とあの娘はずっと一緒

「行かないで」

あの娘は帰り際にいつもそう言っていたっけ

哀しそうに僕を見ていたっけ

「また来るよ」

僕は決まりきったように

いつもそう答えていた

そのはずだったのに

いつから僕はあの娘のことを忘れてしまったのだろう

約束をいつ破ってしまったのだろう


あの娘は、どこ?


ブラッドは急に不安になった。


どこ? どこ?


木の裏、草の茂みの中。

地べたを這いずり、泥だらけになって、ブラッドはあの娘を探し回った。

いつも側にいて、一緒に夕焼けを見たり笑い合ったりしたあの娘。

命よりも大切な存在であったあの娘。

必ず守ると約束したのに、いつの間に自分はあの娘のことを忘れてしまっていたのか。

ブラッドの脳裏に、突然何かが閃いた。


あの丘には近づいてはいけないわ

どうして?

あの丘には死神が住んでいて

1度入ったものは2度と戻れないという言い伝えがあるの

でも、あの娘が僕を待ってる

僕、行かなくちゃ

学校に行って、たくさん勉強しなさい

そして偉い人になりなさい

それがあなたにとっても

その娘にとっても幸せなのだから


いない・・どこにもいない・・


ブラッドは泣き出した

声を上げて泣いた


ごめんね

もう君を1人にしないから

君を悲しませてしまった

僕は何かを忘れていた

僕は何かを間違えていた

これからはいつも一緒だよ

君がいないと

僕は生きていけない

生きていけない・・・


その時。


こっちよ

あたしはここにいるわ


懐かしいあの娘の声が聞こえたような気がした。

ブラッドは、ふらふらと声に導かれるようにして歩き出した。

彼の歩みが止まったときだった。

「!」

ブラッドは目を見開いた。

彼の目の前に佇んでいたのは、

石の、十字架。

真っ白な石で作られたその美しい十字架には、誰が供えたのだろうか、真新しい花冠が置かれていた。

下の石板には、文字が刻まれている。

彼の瞳に、その文字が映し出された瞬間、ブラッドは、思わずひざまづいて、その十字架をかき抱いた。

忘れていたものが何だったのか、彼はようやく理解した。

彼の赤い瞳から涙が溢れて、その十字架を濡らす。


僕はあの人じゃない

だけど、僕は、あの人だよね・・・


涙が枯れるまで泣いた後、ブラッドは呟いた。

「僕達は、いつも一緒だよ。」

そして、ダイを殺すために持っていたピストルを、自分の頭に押し当てた。

何か暖かなものに包まれているように、不思議とブラッドの気持ちは安らかだった。

ブラッドは少年のように無邪気な笑みを浮かべると、一気に引き金を引いた。

鋭い金属音の後、ブラッドの体は、十字架の上に覆いかぶさるようにして倒れた。

その顔には、迷いも苦しみもない、幸せそうな表情が浮かんでいた。

真っ白な十字架は、ブラッドの血に染まって、美しく光り輝いていたのだった・・・。








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