Japanese andromeda-アセビ
「夏の旅行なのに、本当にオーストラリアで良いのですか?」
私が問うと、主人は少し嬉しそうに答える。
「夏に行く冬のオーストラリアなんて、贅沢だろう」
私達は年に一度、旅行に行く。夏かゴールデンウィークが多い。休みがあまり取れなかった時は国内で。一週間ほど取れた時は海外へ行く。
主人と結婚して数十年、二人で見た景色は今も鮮明に覚えている。旅行から帰ったその日から、次の旅行はどこへ行こうと考えてしまう。二人での旅行は私の人生の楽しみの一つ。主人を何日も独り占めできるのですから。
そんな主人が今年、定年退職した。
「34年間、お勤めご苦労様でした」
会社で貰ったのであろう花束を抱え帰宅した主人に言葉をかける。
「ただいま」
いつものその言葉が、今までで一番優しい響きのような気がした。ほっとしたような、そんな感情が混じっていた。
「次の旅行はどこへ行こうか」
いつものように夕食を食べていると、唐突にそんな事を聞いてきた。
「旅行ですか?そうですね……行ってみたい所はたくさんあるのですが、やっぱり悩みますね……」
うーんと悩む私に主人は笑って言う。
「時間はたっぷりあるんだ、行きたい所を全部行こうじゃないか。スイスでのんびり暮らしてみたいって君の夢も実現しようじゃないか」
「まあ、覚えていたんですか?」
大昔にテレビ番組を見ながらふと言った事を言われ、嬉しさの前に驚きが出る。それから笑みが溢れる。
「ふふ、それはとても楽しみですね」
あまりにも顔が緩んでしまうから照れくさくて熱いお味噌汁を啜る。
「朝は僕より先に目覚め、眠い目をこすりながら朝食とお弁当を作ってくれ、夜は僕がどれだけ遅くても待っていてくれた。自分の時間を犠牲にして僕をずっと支えてきてくれた君にも、たくさん時間をかけてお返しがしたいしな」
目を見てそんな事を言うもんだから、今度は涙が溢れる。自分の時間を犠牲にしたつもりはない。ただ主人を支えようと自分なりに頑張ってきただけだ。だが、今までの人生がちゃんと主人の支えになれていたのだと分かり、何故だか涙が止められない。
涙が落ち波を打つお味噌汁を見ながら思う。
これからは、今まで以上にあなたと二人で旅ができるのですね。あなたと二人でいられるのですね。
花言葉〜犠牲・献身・あなたと二人で旅をしましょう〜
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