Anemone-アネモネ

早春の風が吹き始めた頃、彼女はやって来た。

すっかり夜も更け、もうお客様も来る気配がないので閉店作業をしようとしたその時。


カランコロン


目を惹くような鮮やかな紫色のカーディガンを羽織った小柄な女性が俯き加減でカウンター席に座った。何度か恋人と来ていた女性だった。

我慢していたのだろう。座った途端静かに涙を流し始めた。

内心驚きつつも、このようなお客様はたまにいる。私はそっとハンカチを手渡す。それを受け取った彼女は静かに話し始めた。


「私は頑張るの……彼が帰ってくるまで、日本で頑張るの」


彼女の話によると、恋人が転勤でアメリカに行く事になり、彼女の方も大きな企画を任され仕事にやりがいを感じ始めた頃だった為、別れを告げられたそうだ。

転勤が決まったと聞いた時プロポーズを期待したが、真逆だったのだ。しかし長い期間付き合っていた恋人と別れるということはあまりにも辛いため、待つと決めたそうだ。

恋人が2年間アメリカで頑張っている間、彼女の方も仕事を頑張り、帰ってきた時に結婚すると約束したらしい。


「3年も付き合っていたのよ、別れるなんて、無理に決まってるじゃない……だから私は待つの」


だが、やはり待つとはいっても2年の月日は気が遠くなるほど長いのだろう。恋人に向こうで好きな人ができるかもしれない。逆に自分が待ちきれないかもしれない。そんな葛藤もあるのだろう。

話し終えた彼女はまるで子どものように泣き噦る。

私はグラスを磨きながら彼女が落ち着くのを待った。



「お客様、どうぞ、ルジェカシス・ソーダです」


戸惑ったように目の前に置かれた赤い液体の入ったグラスとバーテンダーの顔を交互に見る。涙は止まったようだ。


「サービスです」


礼を言い一口飲む。好みだったのか、また一口飲む。


「美味しい。数回来ただけなのに好みが分かるなんて、バーテンダーさんってすごいんですね!」


微笑みで応えるが、彼女の好みで間違いないのは知っていた。

数日前に恋人が来店して、彼女が悲しんでいたらこれをあげてくださいと注文されたのだ。

赤いカクテル。

おそらく彼女たちの未来は明るいものだろう。




アネモネ

花言葉〜はかない恋・恋の苦しみ〜


紫のアネモネの花言葉は

あなたを信じて待つ


赤いアネモネの花言葉は

君を愛す

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