第7話 重なる運命

 

「オラァッ!」

「ぐはぁ! ぐぅ、ぅ、てめぇこの野郎……ッ!」


 店内から言い合いながらもみくちゃになって出てくる男たち。

 そのままテラスに設置された椅子やら机をなぎ倒しながら殴り合いをおっぱじめた。


 つまらないものを見るように目で静観するミクルとは違い、俺は馬乗りされて殴られる人物に驚いた。

 理由は単純ーー知り合いだったから。


「おい、エヴァンス大丈夫かよ」


 仰向けに倒れ伏して殴られまくっていたのは唯一の友人エヴァンスだったのだ。


「ぅ、あ、アダム……」

「うぁ? アダムだぁ!?」


 夢中になってエヴァンスを殴っていたマウントボーイがこちらへ振り返る。

 が、その瞬間には、すでにぐったりして抵抗すらできていないエヴァンスを助けるべく蹴りをその人物へぶち込んでしまっていた。

 そして蹴ってから気づいたーー。


 あれ、こいつダリオット少年じゃね?


「うがぁぁぁ!」


 ダリオットは地面と水平に飛び酒場の外壁に衝突、肘を抑えてうめきだす。

 一方で倒れているエヴァンスは肘を強打した程度のダリオットとは比べ物にならない重症だ。

 顔は腫れ上がり、アザだらけの頬は裂けて血が出ている。

 イケメンではあった顔は見る影もなく、明るい茶髪は一部赤く染まっていた。


「あ、アダム……」

「これはまずいな」


 手のひらに付着する粘性の血液を見て胸のうちがざわめき出した。


「がはッ! あ……アダム、まずいぜ……ダリオットのやつ俺たちのことかなり恨んでーー」

「いいから喋るな。ちょっと寝てろ」


 灰色のジャケットを引き裂いてエヴァンスの頭に巻くことで簡単な止血を施す。

 だが、根本的な解決はしていない。


「アダム・ハムスタ、彼、まだやる気があるみたいよ」

「みたいだな」


 背後から聞こえる呑気な声。

 起き上がるダリオットと続々と店内から出てくる、騎士学生たち。


「はぁはぁ、アダムぅう! てめぇ兄貴にまでセコイことしたらしいなぁあ!」


 ダリオットは肘を抑えながら、息も絶え絶えにわめきき散らす。


「うーん、どうだろう、覚えてねぇな。ほら、いちいち道端に落ちてる小石の形覚えてるやつなんていないだろ? それと同じさ」


 憤るダリオットへニヒルに笑ってとぼけて通す。


 どうせやるんだろ?

 だったら存分に神経逆撫でしてやらないとなぁ。


「ッ! あいつはマジでクズ野郎だ!」


 怒鳴るダリオットに続いて、まわりのダリオットパーティもが騒ぎ出す。

 そうしていっそうテラスが騒がしくなったところでダリオットはいよいよ行動に出る。


「頼んだぜ! 殺さなければなんだっていい!」

「おうよ!」

「任せとき、ダリオット!」


 一歩前に出てきた騎士学生たちは得意げに笑った。

 彼らは一様に腰から何やらえだのようなモノを引き抜いていく。

 するとどうだろう、彼らの顔に確信に近いような絶対的な自信が宿っていくではないか。


 なんだ……?

 なぜ、あんな棒っきれを手に持ったからって得意げにしてるってんだ、こいつら……頭おかしいのか。


 俺は彼らの行動の意味がわからず、つい慎重に身構え……その瞬間だったーー。


「死ねぇやッ、<<風刃ふうじん>>!」


 謎の技名とともに騎士学生のひとりが、手首を返すようにしスナップを利かせて枝を振ったのだ。


 ーーヒィリンッ


 途端に枝の先っぽのほうに何やら「力」が収束していくのがわかる。

 いや、わかったーー理解したというそ時には、既に「力」は移動を始めていた。

 涼しげなーーそう、ちょうど薄いガラスを小突いたような清廉せいれんとした音が聞こえたかと思うと、何かが急速に視界の中を横切っていくのが見えた。


 目の前で起こる極小時間内の出来事にめいっぱい刮目するが、それは速すぎるがために呑気に見ていることは出来ない。


 俺は反射的に行動おこす。

 その謎のエネルギーの塊は俺の視界を横切って、俺へは向いていなかったーー。

 それが俺を突き動かしたのかもしれない。


「ミクルッ!」

「あ、私かぁ〜」


 飛来する半透明の波動が灰髪をズタボロにするビジョンが脳裏に浮かぶ。

 その嫌な予想を打ち消すため、謎の飛来物と少女の間に体を挟みミクルを腕の中に包み込んだ。


 ーーギリィリィッ


 背中に走る鋭い感触。


 ふむ、皮が切れたか。


 自覚を伴う確かなダメージ。


「うっへへへへ! ざまぁねぇぜ! うひひひっ! やっぱ転校生狙って正解だった!」

「はは、お前そのオタク女が好きなのかよ! お似合いだな!」


 背中越しに聞こえてくる汚い声に本当の意味で苛立ち覚え始めた時、数秒遅れの熱い痛みが走り出す。

 勢いでテラスに落ちた眼鏡を拾い上げ手に握る。


「ふぅぅ、大丈夫かミクル?」

「ッ、だ、大丈夫に決まってるよ。別に守ってもらわなくたって平気だったのに」


 もしこの子に何かあったら大変だった。

 腕の中で小さく収まっていたミクルは、慌てた様子でもぞもぞと抜け出し服についた埃を払い始める。


「あんた、大丈夫? ずいぶんと血が出てるみたいだけど……」


 ミクルは腰の後ろで手を組み、もごもごはっきりしない口調で聞いてきた。


「大丈夫だ。見た目ほど重傷じゃない」

「軽く言うね」


 感覚的には左肩上から右腰下あたりまで皮一枚切られた程度だろう。大した事はない。

 自身のダメージを客観視するのは得意なのだ。

 いろいろ経験してるからな。


「おい、イチャついてんじゃねぇよドルオタと陰キャ」

「ミクルってドルオタなのか?」

「何か問題でも? 同性だし、あんたには関係ない」


 聞き捨てならないミクルの歪んだ趣味に戦慄せんりつを隠せない。

 なんとか今のうちに道を矯正きょうせいしたい……が、氷のように冷たい緑の瞳が返ってくる。


 どうやら趣味にあれこれ言われたくはないらしい。

 こんなところもヘレンそっくりじゃなーー。


「無視してんじゃねぇよアダムぅッ!」


 騎士学生たちは怒声をあげ、手に持った枝を勢いよく振り抜いてくる。

 俺はその所作しょさから、おおよその謎の攻撃のメカニズムを悟った。


 理屈はわからん。

 が、その小枝をふるモーションが必要なんだろ?

 なら脅威でもなんでもないじゃないか。


 傍らにムッとして佇むミクルをひょいっとお姫様だっこで抱え上げておく。念のためな。


「ふぇ? ちょっと何を!?」

「掴まってろ。話は全部片付けてからだ」


「死ねぇや! <<風刃ふうじん>>!」

「<<風打ふうだ>>ぁぁあ!!」

「<<風刃ふうじん>>!」


 頬を染めて大人しくなったミクル。

 同時に降り注ぐのは不可視の高速エネルギー弾。

 身を左右に振って、ミクルに飛来物が当たらないよう注意して避けていく。


 確かに速い……が、やはりそれだけだ。


「がぁはッ!? 魔法を避けているだと!?」

「ありえねぇ! なんだその反射神経は!」

「人間じゃない!? どんなトリックだ!?」


 取り囲む騎士学生たちは後ずさり、我先にと距離を取ろうとして走り出す。

 が、彼らのその動きはあまりにも無様で、俺に間合いを詰めさせないーー仮にも騎士を目指す者の行動としては三流すらやれないレベルであった。


 結果、謎の攻撃ーー彼らが言うには「魔法」を避けた俺は、たやすく間合いを詰め騎士学生全員の顔面やら腹に蹴りを見舞うことが出来た。


「ぁ、あ、アダム待ってくれ、俺だけはッ!」

「典型的クズ。体で教えんとわからんか、少年」


 テラスの端っこで震えていたダリオットの顔面を蹴り飛ばし意識を刈り取る。

 幼い頃から性根の腐った奴はずっと腐り続けたままだ。俺はそういうやつをよく知っているのだ。

 ゆえにダリオットは典型的にそのタイプなんだと、同種の本能が判断したのだ。


「よし、もう平気だぞ」


 腕の中ですっかり大人しくなっていたミクルをテラスに下ろしてやる。


「うん……ありがと」


 ミクルはジャケットの裾を握りしめ、うつむきながらもお礼を言った。


 親としてはーーじゃないってだから。

 俺として、そう、俺としては素っ気なかった少女が、ちゃんとお礼を言えるようになったことに嬉しさを感じた。本当にそれだけだ、他意はない。

 そうして手に持った眼鏡をかけ直し、俺たちは傷だらけのエヴァンスへ駆け寄った。


 ー


 酒場での喧騒けんそうから一転、俺とミクルは騎士学校の教室棟屋上へやってきていた。

 重傷のエヴァンススはポーションと呼ばれる魔法の薬をぶっかけて寝かしてある。


 この世界の魔法とやらは便利だ。

 本当になんでも出来る。

 元の世界だったら、変な文字を部屋中に書きまくって明日の天気を占ったりするのが関の山だったというのに……世界は広い、ということだろうか。


 ところで大切な友人を一人で置いてくるなんて酷いんだ……と思われたか? 

 もちろんそんな事はしていない。

 酒場の隅で震えていた奴の彼女、チェスカちゃんを置いてきたからあいつも寂しくないはずだ。


 それよりも今は神妙な顔してる目の前の少女だ。


 地味に暑い夏の夜、月の明かりの神秘性を宿す灰神少女に声をかけることにする。

 屋上まで呼び出したくせに、なかなか喋り出さないのだ。恥ずかしがり屋さんかな?


「んっん。それで話ってなんだよ。俺も忙しいんだけどな」

「つまんない嘘つかないで。何もやる事ないでしょ」


 図星を突かれ口笛を吹きたくなる。

 されど出てくるのは掠れた吐息だけ。


「酒場での話の続きよ、あなたがどうしてこの世界に呼ばれたのかっていう」

「あぁそれか。そうだな知っておきたいところだ。ぜひ教えてくれ」


 屋上のすみっこで足を宙に投げだしているミクルのとなりに腰を下ろす。彼女はこちらを見ずに姿を現しだした夜空の輝きに視線を固定してままだ。


「あなたの敵……それはあそこにいるの」


 ミクルは夜空を指差して一言、そう言った。

 俺も暗い空を見上げる。


「ずいぶんと遠いいんだな」

「えぇきっと果てしなくね」


 はかない少女の声音が、本質的にそのものが遠いいのだとしかと伝えてくる。


 物理でも、意味合いでもか。

 一体俺は何と戦わされるんだ?


 意味深な発言に未知への恐怖を禁じ得ない。


「でも残念かな。今のあんたじゃとてもじゃないけど彼らに勝てそうにないよ」

「……へ?」

 

 ミクルに失望されたような眼差しを向けられ、背筋が凍る嫌な感触に全身を支配される。


「は、ぇ……おいおい、待てよ。残念って……そりゃ全盛期に比べれば弱くなった、けどな、この世界の奴らなんて悪いが相手にならないぜ? さっきのダリオットたちだって余裕のよっちゃんーー」

「低次元。比べてる対象がゴミのようにちっぽけな存在」

「ゴミ……言うねぇ〜……」


 果てしなく毒を吐きまくるな、このミクルやつ。


「それで、つまり?」

「戦力外通告ってこと。もっと強い戦士を期待したんだけど、とんだ期待外れだった。これじゃ彼の役には立たない」


 そんな俺弱いかな……?

 一応「拳者けんじゃ」とか呼ばれてたんだけど……。


 あまりにも突然で、酷すぎる言葉の数々ーー。

 強さに誇りを持っていたーーいや、強さ以外何も取り柄のない俺には効きすぎる程に効いてしまった。

 それが亡き娘の生写いきうつしのごとき少女に言われれば尚更なおさらというものだ。


 それに今しがた聞いた「彼」とやらも気になる。

 もしかしたら、そいつはミクルのーー。


「んっん、一応聞くとけどミクルは好きな子いたりするのかな?」

「ねぇ、今すっごく真面目な話してるんだけど? 酒場の時もそうだったけどふざけてるの?」


 そんな、怒らなくたっていいのに……。

 ごめんよ、そんな恐い顔しないでよ。


「まぁ……でも気になる人は最近出来た、かも」

「そっかぁ、ふーん、そっかぁ……」


 関係ないぞ、関係ない。

 うん、この子は別に俺の娘じゃないし関係ないな。


「アダム、ひとつだけ答えてくれない?」


 ミクルは投げ出していた足を引いて、そっと立ち上がった。


「ヘレンって、もしかしてあんたの娘さんだったりする?」


 意外な角度から切り込まれる急な質問。


「…………あぁ」


 数瞬迷い、肯定。


「ふーん、それじゃアダムって見た目ほど若くないのかもね」


 ミクルは夜空を見上げて両手で四角形をかたち作り小さな夜空を切り取った。


宇宙うちゅう内の魂の総量は変わらない」

「は? なんだ、いきなり……?」


 立ち上がり少女の背を追う俺の耳につぶやきが聞こえた。


「私の同僚に別の世界から来た奴がいるんだけどね、そいつが言ってた言葉。まだ仮説らしいんだけど」

「う、ちゅう? なんの話をしてるんだ……?」


 ミクルがまるで別の言語を話しているように、言っていることの意味がわからない。


「わからなくて当然。でも少しだけ聞いてよ? 彼のこの言葉には続きがあってね。んっん……ーー魂は大海たいかいを巡るのさ。ともすれば、時に天文学的数字の上に運命が重なる事もあるかもしれない……ってね」


 一体その言葉が何を意味しているのか、その男には何が見えていて詩人しじんみたいな言葉を紡いだのか。

 そしてミクルは何故俺にこんな事を聞かせたのか。

 何一つ理解の及ばぬまま、俺は置いていかれる。


 少女はそんな俺に構わず、おもむろに灰色ジャケットの内側から羊皮紙を取り出した。


「<<召喚しょうかん>>」

「ッ!」


 --バヂンッ


 ミクルのごくごく小さな声が聞こえた途端、少女の正面にスパークを伴った球体が出現する。


 電熱で膨張した空気が破裂を繰り返し、静かだった屋上を一挙に騒がしく変えたーーかのように思われたが、よく聞いてみると全然うるさくはない。


 まばゆい光も、見た目のエフェクト以上に大して眩しくは感じない。

 なんだかそこに出てきているのがただの演出であるかのように、あたかもその光の玉は目立たないように作られているかのようだった。


 刹那せつなの後に最大光量を迎えた閃光は、そのすぐ後には何事もなかったように霧散してしまった。

 だが、その代わりにフラッシュの起こった場に現れた「馬」が、先ほどの光は幻などではなかったのだと教えてくれる。


 な、なんで馬が……。


 追加で不思議な事が起こりすぎて思考が追いついていかない。


「その馬ってどうやってーー」

「アダム」


 興味本位の質問をさえぎり、短く告げられた言葉。

 名を呼ぶ声に自然と身が引き締まる。


「強くなって。そして彼を助けてあげて。まだ猶予ゆうよがいくらかある」


 ミクルの期待するような瞳。

 そんな眼差しを向けられてしまったら、ミクルの彼氏とやらを助けない訳にはいかない。


「はぁ……わかった。どうせ寄り道さ。俺の進む道に重なるそいつの道。ほんの人助けだ」


 先ほどのポエミーな言葉を思い出す。


「運命が重なり合う、ね。なかなか上手いこと言うもんだな、その彼氏」

「彼氏……? 何言ってるかわからないけど、お願いを聞いてくれてありがとう」


 ニコッと愛らしく笑いミクルは馬に飛び乗った。

 そしてその勢いのまま、馬の手綱を握り発進させる。


「ゴー! ココアちゃん!」

「ヒヒィィィンッ!」


 騎士学校の屋上をえぐるほどの踏切で発進した馬は、屋上の端まで減速することなく駆けていく。

 谷底に面したこんな所で何をするのかと、のんびり小さな背中を眺めていると、馬は躊躇ちゅうちょなく屋上を飛び降りてしまった。


「うぇ!?」


 驚き、慌てて駆け寄って下を覗き見る。

 しかし、すでにそこには何もいなかった。


「ほぉ……魔法ってすげぇな」


 まさか飛び降り自殺したわけじゃないと思うので、魔法でなんかしたのだと勝手に決めつけておく。


 かくして俺が強くなる理由がひとつ増えたのであった。

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